連載
#82 #父親のモヤモヤ
嫌われる「イクメン」という言葉、提唱者の1人がいま伝えたいこと
【#父親のモヤモヤが書籍に】
多くの父親の葛藤に耳を傾けてきた連載「#父親のモヤモヤ」が『妻に言えない夫の本音 仕事と子育てをめぐる葛藤の正体』というタイトルで、朝日新書(朝日新聞出版)から10月13日に発売されます。
「イクメン」の誕生から10年。男性の育児が促される一方、葛藤を打ち明けられずに孤立する父親たち。直面する困難を検証し、子育てがしやすい社会のあり方を考える一冊です。詳細はコチラから。
10月19日は、10(トウサン=父さん)、19(イクジ=育児)の語呂合わせで、「イクメンの日」とされます。『妻に言えない夫の本音』刊行にあわせ、「イクメン」を通じて、父親の子育ての現在地を考えます。
高橋:「イクメン」という言葉の提唱者の1人とされています。2010年には『イクメンで行こう!』(日本経済新聞出版社)を出版されました。
渥美:子育てをする男性と言えば、かつては「恐妻家」などと言われていました。僕は二児の父親です。育休中、息子と公園に行くと、「失業中ですか?」と聞かれたこともあります。男性育児に対するネガティブな見方を変えなければと思っていました。
ポジティブな言い方として、2006年から講演などで、本格的に使い始めました。当時の厚生労働省調査によると、若年独身女性が結婚相手に求める条件は、「家事・育児に対する能力・姿勢」が「容姿・容貌(ようぼう)」よりも4倍以上高かったので、「『イケメン』より『イクメン』」と言ってきました。
この10年で子育てをする男性が増えたのは確かで、基本的にはポジティブな変化が大きいと思っています。
高橋:朝日新聞の「フォーラム」という企画で、2019年9~10月にアンケートしましたが、言葉に対する受け止めは非常に否定的でした。
「イクメン」という言葉をどう感じるか尋ねたところ、「嫌い」と「どちらかといえば嫌い」が7割超を占めました。男性からは「仕事に縛られざるを得ない自分からすれば、家庭に対する義務感が際立つ、非常に迷惑な言葉」「育児というものは、女性だけでなく男性も関わるのが当たり前」といった意見が目立ちました。女性からは「育児は母親っていう固定観念が根底にある」という意見が寄せられています。
『妻に言えない夫の本音』では、「『イクメン』ぎらい」の父親たちについて、「両立疲れ群」「特別視への違和感群」と便宜的に分けた上で背景を考えました。
前者には、「男は仕事」という意識が残る中、家庭責任が増えることの戸惑いがあります。ただ、この主張には、当然に反発もあります。後者は、子育ては当然という中での違和感です。「ワーママ」に対する女性の違和感に近いのかもしれません。
渥美:言葉が広まれば、批判はあります。それは受け止めます。批判も踏まえて、三つのことを申し上げたいと思います。
ひとつめは、「イクメン」は自己アピールのための言葉ではないということです。インスタやツイッターなどのSNSでアピールすれば、鼻につく。当然です。あくまで、男性の子育てに対する社会の見方を変える役割を期待して提唱しました。
ふたつめは、女性側の不快感も当然だということです。個別のケースはさまざまでしょうが、社会的には、女性に家事や育児の負担が大きく偏っています。「イクメン」という言葉が死語になるように、子育てする男性が増え、社会が変わっていくしかないと思います。
高橋:確かに、いまの2点は、著書の中で、10年前にすでに指摘されていますね。みっつめは何でしょうか。
渥美:「揺り戻し」です。仕事と子育てを両立するためには、どちらも100%ではできません。ここに葛藤があります。そうすると、「ワーカホリックが格好いい」みたいな誘惑も出てくると思います。現にそう明言する経営者もいます。
高橋:私は一児の父です。仕事と家庭との両立に「低空飛行」だと感じ、葛藤しています。「全力疾走したい」という誘惑は分かります。どうすれば?
渥美:仕事と家庭以外の側面にも価値を見いだすことではないでしょうか。地域活動かもしれないし、ボランティアかもしれません。自分のスキルや活動を世の中に還元することに重きを置くことで、揺り戻しに対抗できると考えています。葛藤しながらでもやりがいを感じることはできるはずです。
ただ、生きることに精いっぱいとなれば、「そういう理想的なことは余裕のある人に任せておけ。仕事だけに集中すればいい」となってしまいます。そこは懸念しています。そうならないための社会づくりも必要と思います。
高橋:若い世代のことも触れたいと思います。仕事と家庭との両立を考えた時、会社への「帰属意識」みたいなものも関係するのだと思います。会社に縛られざるを得ないから、苦しみがある。その観点から言うと、そうした感覚が薄れている若い世代は、いっそう自然に家庭に関われるのではないかと期待もしています。
渥美:大学での講演もしています。そこで出会う若い人たちは、いわば「イクメン・ネイティブ」ですね。
共働きが主流で「父親が専業主夫だった」というケースもあります。固定化された性別役割分担の意識とは、縁遠いと感じます。「男は仕事」のような旧来の価値観に対しては、「なんですか、それ?」とびっくりした反応をします。そういう意味では、家庭に重きを置く流れは、加速していくと思います。
それでも、社会の同調圧力は強いですから、古い価値観の社会に染められてしまわないかも懸念しています。
「イクメン・ネイティブ」の感覚を維持する人と、二極化してしまわないかと心配もしています。ですから、仕事と家庭をめぐる価値観の対立について、「世代間対立」だけでなく、「世代内対立」にも目を配る必要があると思います。いっそう深刻な社会の分断を招きかねません。そういう意味では、仕事と家庭の両立に向かってきた流れを後退させてはいけないし、いっそう進めていくべき時期だと思います。
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