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連載

#29 #まぜこぜ世界へのカケハシ

「袋は不要」伝わらず脳内パニック…耳が聞こえない人の悩みマンガに

コメント欄に広がった「やさしい世界」

聴覚障害がある作者の実体験を描いた漫画が、大きな反響を呼んでいます
聴覚障害がある作者の実体験を描いた漫画が、大きな反響を呼んでいます 出典: うさささんのツイッター(@usasa21)

目次

コンビニやスーパーのレジで、マスクを身につけた店員が、何を言っているのか全くわからない……。新型コロナウイルスが蔓延(まんえん)する今、聴覚障害がある人々が、そんな悩みを抱えています。当事者の一人で、会社員のうさささん(@usasa21)は、実体験を漫画化。ツイッター上で公開すると、幅広い関心を集めました。「私のような人も存在しているのだと知ってほしい」。作品に込められた、切実な思いについて聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)

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マスクにビニールシート、増える「難敵」

「コロナによる耳が聞こえない人への困りごとを漫画にしてみました」。9月19日、そんな一文とともに、4ページの作品がツイートされました。

テーマは、うさささんが経験したことです。冒頭、他人と話すときに、相手の口の形から「あ・い・う・え・お」を読み取りつつ、状況に照らし発言内容を推測していることが紹介されます。

例えばコンビニのレジで、店員さんが手に持ったお弁当を指さしながら「あ・あ・あ・え・あ・う・あ」と言ったとします。その場でかけられる可能性がある言葉のうち、最も適切なのは「あたためますか」。そこで「お願いします」と答える、という具合です。

ただウイルスの出現がきっかけで、店のスタッフは、感染を防ぐためマスクを身につけるように。「口元が見えず、表情も読めなくなってしまいました」という一文とともに、ウサギ姿のうさささんが、戸惑う様子が描かれます。

更に口からの飛沫(ひまつ)を防ぐため、レジ前に取り付けられたビニールシートも「難敵」に。たわむと、レジ画面に表示された金額が見づらくなってしまうからです。「息をとめて(向こう側を)のぞきました……ごめんなさい……」と、うさささんが懺悔(ざんげ)する一幕も登場します。

耳が聞こえない人の困り事を描いた漫画
耳が聞こえない人の困り事を描いた漫画 出典:うさささんのツイッター(@usasa21)

感染対策が、情報を「制限」してしまう

それだけではありません。レジ袋の有料化によって「いりますか」「大・中・小どれですか」「何枚ですか」といった対応事項が増えてしまったのです。

スーパーのレジで会計するシーンでは、エコバッグを片手に「レジ袋いらないです」と店員さんに伝達。しかし相手はマスク越しに何か言うばかりで、うまく意思疎通ができません。同じやり取りを3回繰り返した後、買い物かごを確認すると、なぜかレジ袋が入っていました。

そして、はたと気付きます。「エコバッグはお持ちですか?」と尋ねられたのではないか、と。「もしかして これ?」「新しい予測ワードが増えた……」。そんな言葉と一緒に、青ざめるうさささんの姿が描かれます。

作品は、読者に対する、こんなメッセージで締めくくられました。

「マスクやビニールシートで わたしたち耳が聞こえない人への情報は制限されてしまいましたが これらは全てお互いの命を守るためなので仕方ないと思っています」

「でももし……なかなか伝わらない、なかなか気付かない、そんなお客さんがいましたら それは私と同じ 耳がきこえない方なのかもしれません」

ツイートには20日時点で14万以上の「いいね」がつき、リツイート数も7万回を超えています。

出典:うさささんのツイッター(@usasa21)

「袋は不要」店員に伝わったかがわからない

作者のうさささんは、耳に入ってくる音をうまく聞き取れなかったり、ゆがんでいるように感じられたりする「感音性難聴」の当事者です。生まれつき両耳に重度の障害がある「ろう」として、同じく聴覚障害者の夫、健聴者の娘と暮らしています。

耳が聞こえにくい人と関わる際は手話を、障害がない人に対しては読唇術や単語の予測法を併用しつつ、コミュニケーションを取っている、うさささん。補聴器を使っても音声を判別できないため、後者の場合、必要に応じて筆談も行うそうです。

「私にとっては筆談が一番わかりやすく、かつ情報も伝えやすい。なじみがない言葉が飛び交う場に行ったり、相手の反応を予測できなかったりするときは、あらかじめ周囲の人たちに対応をお願いしています」

「ただやり取りに時間がかかるので、コンビニのレジなどでは、他のお客さんに迷惑をかけてしまう恐れもあります。そのため、基本的に筆談以外の手段を生かすことで、乗り切ってきました」

読唇術を使うときは、作中で描かれているように、相手の口の動きから母音の組み合わせを把握。更に次の文章を予測し、返答を考えます。ところが最近は、マスク姿の人々が増え、難しくなってしまったのです。

「こうした状況は、コンビニ以外のお店でも同じです。店員さんの中には、こちらに目線を向けず接客される方がいます。レジ越しに『商品を入れる袋は不要です』と伝えたものの、うまく理解してもらえたかどうかわからず、困る場面もありました」

出典:うさささんのツイッター(@usasa21)

「落ち着いて接客できた」温かな反応に驚き

耳が聞こえないで直面する課題について、広く知ってもらいたい。そして障害がある人とない人、どちらか一方が頑張るのではなく、互いに助け合える「やさしい世界」の実現につながってほしい――。うさささんは、そう考えて、今回の作品を手がけたそうです。

実際、読者から「私も、音が聞き取りにくい人を接客する際にはマスクを取り、口の動きを見てもらっている」「色んな人の目線で考えるためのきっかけになった」といった感想が上がっています。うさささんは、温かい反応の多さに驚きを隠しません。

「『漫画を読んだ翌日、耳が聞こえない人に落ち着いて接客できた』と、数名の方から連絡をいただきました。想像以上の反響です。描いて良かった、と思えました」

うさささんは今回の作品以外にも、当事者目線から生まれたアイデアの情報を、積極的に発信してきました。その一つが、聴覚障害者向けに自作した「意思表示カード」です。「耳が聞こえません。袋をください」「筆談をお願いします」といった会話に役立つフレーズが、愛らしいウサギのイラストとともにあしらわれています。

「ツイッターのフォロワーさんから『同じようなものはあるが福祉色が強い。ポップな絵柄を採り入れてほしい』と相談されたことが、制作のきっかけです。相手に緊張感を与えず、思いを伝えられるデザインにしたところ、『可愛い』『使いたい』と喜んでもらえました」

感謝の心が「やさしさ」をつなぐ

「聞こえる・聞こえない」という区別にとらわれることなく、人と人はつながれる――。そんな思いは、娘との日々を漫画化した作品「耳がきこえないマッマと耳がきこえるムッスメ。」にも流れています。

擬音語や手話を交えながら交流し、それぞれが住まう世界を結びつける二人。その様子は、誰かと関わりたいという強い願いが、「違い」を軽やかに飛び越える力になると教えてくれるようです。

聴覚障害の有無にかかわらず、コミュニケーションを取る上で、何が大切になるのでしょうか? うさささんに尋ねてみると、こう答えてくれました。

「お互いに助け合い、常に感謝の気持ちを忘れないようすることではないでしょうか。私は、会話するときにゆっくり話してくれたり、筆談してくれたりした人には『ありがとう、助かりました』と、必ず声をかけるようにしています」

「声をかけられた人は、きっと『困っている人がいたら、また次も助けよう』と思ってくれる。そして、その経験が、新たな『やさしさ』につながると信じています」

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