連載
#9 ネットのよこみち
「倍速再生」が変えたもの、“情報消化”に追われ…ついにTVerまで
「話題にしているからといって、全部見ることはない」
9月2日、テレビ局の公式インターネットの番組配信サービス「TVer(ティーバー)」が倍速再生機能の追加を発表した。これによって、ブラウザーでもアプリでも、最大1.75倍速で番組を見ることができるようになった。作り手であるテレビ局が、自分の「作品」ともいえる番組の速度をユーザーに委ねたともいえるこの決断。「いま話題」「おすすめ」「名作」などが押し寄せる中、ユーザーの「消化スタンス」はどこに向かっているのか。チェックしたいものだらけの時代について考える。(吉河未布)
動画配信サービスにおいて、再生速度を変えられる機能は標準装備になりつつある。YouTubeではすでに0.25倍~2倍まで、U-NEXTも0.6倍~1.8倍までの速度に対応している。
さらに今年になってからは、2月にHuluがモバイルアプリで0.8倍〜1.8倍までの再生速度を可能にしたほか、Netflixでも1カ月ほど前から、Android版アプリで0.5倍~1.5倍までの再生速度が選べるようになっている。
大手のなかで、Amazonプライムビデオには(まだ)そういった機能の装備はない。しかし、そもそものサービスに倍速再生機能がなくても、Google Chromeの拡張機能「Video Speed Controller」があれば大丈夫。
PCのみの対応にはなるが、HTML5形式の動画ならどんなものでも再生速度を変更でき、しかも16倍速まで対応。1.5倍速や2倍速でも物足りないような、さっさと見終わりたい人にとっても神機能といえるだろう。
VHSテープ時代には到底考えられなかったテレビ番組の「全録」が普通にできるようになった今。当たり前だが、時間が過ぎれば過ぎるほど、情報は溜まっていく。動画配信サービスから生まれた作品が映画賞を取るようになり、ドラマ、アニメといった作品も加速度的に増えていく。
昔のものも、今のものも、気になるものがどんどん積み重なっていくうえに、SNSで流れてきた動画やYouTubeもチェックしたい。しかし、1日の時間は24時間のままで、視聴できる時間には限界があるのだ。たくさん見たいのに!
限りある時間のなかで、どうやってなるべく多くの作品を自分にインプットするか考えると、「ながら」視聴をするか、再生速度をアップして視聴することになる。
「Video Speed Controller」の説明には、こうある――倍速再生は、多くの人にとって集中力の維持につながり、2倍以上の速度で視聴することにもすぐ慣れる。しかも倍速再生の習慣がつくと、通常速度での再生がツラくなるという研究もある、と。
確かに、一度速いものに慣れると、遅いことにストレスを感じがちだ。例えば、Googleは2018年、モバイル端末からページ表示したとき、3秒かかると離脱率が32%、5秒だと90%にまで増加すると公表。サクサク表示されるのが当たり前になると、3秒以上は耐えられない人が多いことがうかがえる。
イントロもエンディングもスキップし、本編を2倍速で再生すれば、半分以下の視聴時間で済む。作品のトータル世界観はたしかに大事だが、時間が足りない欲張り現代人にとっては、ピンポイントで「話題」になっている部分、「キーワード」こそが優先なのだ。
そして、トレンドワードや、SNSで話題にしている人のコメントなどを見ていると、もはや見なくても「見た気になる」。
「『半沢直樹』、ちゃんと見てないけど、なんとなく知ってる。顔芸がすごいんでしょ?」といった具合に。
歌でもそうだ。カラオケではサビだけ歌ったら満足して強制終了するという人は少なくない。元の歌を全部知らなくても、『香水』という歌が流行っていることや、どうやら「ドルチェ&ガッバーナ」というブランドが歌詞に含まれていることは知っている。ドラマを見ていなくても、歌を聴いたことがなくても、ネットにあがる内容であらすじはつかむことができるのだ。
20代の女子大生・栗山さん(仮名)は、「SNSで話題になっているものは、友人との会話のために一応ワードだけは知っておくようにしています。でも、みんなが話題にしているからといって、必ずしもそのドラマや映画を全部見る、ということはない」と言い、自分は見なくていいや、と割り切っているものも多いという。「全部見ているヒマはないし、話題になっている事実だけ知っておけばいいかな」。
情報をザッピングし、「要点」と「結末」だけをつかむことに慣れると、それ以外は「余分」に感じてしまいがちだ。
前出・栗山さんは、「YouTubeで、集中して見ていられるのは10分。頑張って15分。長いものは早送りしながら見る」と言った。歌謡曲も、全体の時間が短くなってきているばかりか、イントロも短めになっていることが指摘されている。さっさとメインをちょうだい、といわんばかりのニーズに応えた形なのだろう。
一日の時間は決まっているし、目玉は2個しかない。コンテンツがどんどん生み出され、いやが応でもそれにさらされる今、どうしても気になる作品は、倍速にしてでも見ないとキャッチアップできない。
しかし、だ。筆者は以前、DVDを倍速で見たことがある。TSUTAYAの「1週間旧作レンタルで3本借りるくらいだったら5本借りたほうが安い」というマジックにまんまとかかり、5本借りたものの、返却前日になっても未視聴が2本。見ないまま返すのも悔しいので、倍速視聴に挑戦したのだ。
しかし映画の展開が倍の速度になっても、脳の処理速度が上がったわけではない。2本見終わるとヘトヘトに疲れ、しかも内容もあまり覚えていない始末だった。これは脳が倍速に慣れていないだけなのか、疲れるものなのか……。
コンテンツの早食い、あるいはメインのつまみ食いをする生活。料理だって、早食いだったりつまみ食いだったりすると、総合的な満足度(満腹度ではない)は低くなりがちで、健康にだってあまり良くなさそうだ。
普段、ウェブサイトの編集というコンテンツに関わる立場としては、全体のバランスを考えて箸休めとしての「余白」を入れることもある。ドラマや映画の制作者なら、なおさら、自分の世界観へのこだわりは強いだろう。
これは早食い、これはつまみ食い、そしてこれはちゃんと食べる……というように、自分が「きちんと知りたいこと」を知る。「倍速」社会になりつつあるからこそ、自分の「消化スタンス」を大事にすることが、充実した情報ライフを送るうえで大切になっていきそうだ。
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