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通い慣れた書店「最後の日」そっと置いたレモンが生んだ「奇跡」

気づいた書店員のつぶやき、直木賞作家の思わぬ反応

閉店の日、書店員が見つけたレモン。感動をツイッターで伝えたところ、思わぬ反応が……
閉店の日、書店員が見つけたレモン。感動をツイッターで伝えたところ、思わぬ反応が…… 出典: 戸田書店静岡本店のツイッターから

目次

4歳の時に絵本を買った。小学校に入ってからは児童書を買い、中学生の時には専門書を買いにきた。「成長に寄り添ってくれているように感じていた」。静岡県内最大級の書店、戸田書店静岡本店(静岡市葵区)が閉店した日、平積みの本に置かれたひとつのレモンがあった。本好きなら分かる名作のオマージュに、直木賞作家も反応し、温かな輪が広がった。大好きだった本屋の最後の日に起きた「ささやかな奇跡」を追った。

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閉店の日、いてもたってもいられず

閉店日の7月26日。戸田書店静岡本店のツイッターが本の上に置かれたレモンの写真をあげ、「いつの間に。素敵なお客様がご来店されたようです」とつぶやいた。

レモンを置いたのは市内に住む15歳の女子高生。物心つくころから通っていた。書店が閉店すると知り、いてもたってもいられなかった。

借金を背負い、病にむしばまれる主人公は、八百屋でレモンを買い、幸せだった頃によく通った書店「丸善」へ。積んだ画集の上に、爆弾に見立てたレモンを置いて店を立ち去る……。再現したのは、作家、梶井基次郎(1901~32)の代表作「檸檬」のラストシーンだ。本が好きな人なら分かるネタで笑顔になってもらおうと思った。

「迷惑ではないか、忘れ物と間違えられて捨てられないか心配だったが、つぶやきを見てほっとした」。店はフェアが頻繁に開催されていて、行くたびに楽しかった。4歳の時に絵本を買った。小学校に入ってからは児童書を買い、中学生の時には専門書を買いにきた。「成長に寄り添ってくれているように感じていた。本当に寂しい」。

閉店した戸田書店静岡本店=静岡市葵区、和田翔太撮影
閉店した戸田書店静岡本店=静岡市葵区、和田翔太撮影 出典: 朝日新聞

直木賞作家の思わぬ反応

JR静岡駅北口前の複合ビル「葵タワー」に店舗を構えていた戸田書店静岡本店は2002年に開業。雑誌、文芸、専門署など約60万の在庫冊数をそろえ、企画展が開催されるなど地元文化の発信拠点だったが、近年はインターネット通販や電子書籍に押され、売り上げが減少した。

閉店日に店に立った書店員の奥山由子さん(36)はレモンを見つけたとき、「そんなことがリアルに起こるなんて」と同僚たちと顔を見合わせた。長年店を愛してくれた客の愛を感じ、発見したことの報告とお礼をかねて、ツイッターをあげた。

つぶやきに対して思わぬ反応もあった。レモンが置かれていたのは川越宗一氏の直木賞受賞作「熱源」の上。これを受け、川越氏から返信があった。「書店さまとお客さまの素敵な交流のお写真、心が洗われるような思いで拝見し、またなんだかとても光栄でした」。

書店にレモンは本好きの憧れ

実は、書店にレモンを置くことは本好きの間ではよく知られた憧れの行為。

小説の舞台であり、実在する書店である「丸善京都本店」はその聖地で、店内にはレモンを置くために専用のかごが設置されているほど。

かごが設置されたのは2015年。2005年に一度閉店した店が、ジュンク堂との合併などを経てこの年再オープンした。待ちわびた文学ファンは新店に押し寄せ、こぞってレモンを置いていった。

多くのレモンは当時の書店員たちが分け合って食べたが、店内の至る所に置かれたため、中には気付かれず傷んでしまうものも。これを受け、新店舗のレジ付近に専用のカゴが設置された。マジックで爆弾のイラストが描かれたレモンなど、今でも週に1、2個は置かれていくという。

副店長の中津川淳は「書店の歴史が広く知られていることを誇りに思う。本屋に来なくても本が読める時代に、直接足を運んでもらい特別な体験をしてもらうのも、書店の重要な役割」と話す。

丸善京都本店にレモンを置く子どもたちもいた=2015年8月21日、京都市中京区、戸村登撮影
丸善京都本店にレモンを置く子どもたちもいた=2015年8月21日、京都市中京区、戸村登撮影 出典: 朝日新聞

「森で生き物を探すように書店で本を」

取材に応じてくれた少女は高校生になったばかりとは思えないほど落ち着いていた。よく年上に間違われるという。こちらの質問に答える言葉選びが冷静で的確なことが印象的だった。

棚に並べられた本の背表紙を眺めて歩く時間が好きだった。という言葉から、書店への愛情が伝わる。

今回のツイッターでの出来事について「川越さんから返信がきたり取材を受けたり、おおごとになってしまって驚いた。レモンのネタを分かってくれる人が多くてうれしい気持ち」と話した。

戸田書店静岡本店の閉店を惜しみ、想定されたスペースをはみ出してメッセージが寄せられた=2020年7月26日午前10時37分、静岡市葵区紺屋町、宮川純一撮影
戸田書店静岡本店の閉店を惜しみ、想定されたスペースをはみ出してメッセージが寄せられた=2020年7月26日午前10時37分、静岡市葵区紺屋町、宮川純一撮影 出典: 朝日新聞

書店の苦境が伝えられる中、人口減少などに悩まされる地方の書店は特に経営が難しくなっている。

その一方で、地方で暮らしてみて感じるのは、少女のような文化の担い手を育む場所として書店の存在はけっして小さくないということだ。

奥山さんは、同書店員になって10年。好きな本に囲まれ、ポップやパネルを作って売り場を彩ってきた。地域に根ざした書店が次々と閉店する時代に一抹の寂しさを覚えるという。

「インターネットで本が買える時代に、街の本屋が生き残るのはすごく大変なこと。森で生き物を探すように書店で本を探す楽しさを知ってほしい」

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