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「弱いやつでも挽回できる」サル研究者が説く「オタク式学校生存術」
「ニッチ」を極めた先に得た自分の居場所
孤独に自然と向き合う――。そんなイメージが強い動物学者ですが、実は、研究者同士の知られざる人間関係があると言います。サルとシカの専門家が同じ山小屋で寝泊まりし、先輩研究者の酒盛りに付き合う。そんな共同生活は、自分自身を見つめ直す機会にもなるそうです。とあるサル研究者も、その一人。小学校時代は周囲の同調圧力に苦しみつつ、「ニッチ」を突き詰めた末、居場所を見いだしたといいます。夏休み明け、クラスでの人間関係に悩む人向けに、メッセージを語ってもらいました。(withnews編集部・神戸郁人)
今回話を聞いたのは、石巻専修大学准教授(動物生態学)の辻大和さん(42)です。学生時代から20年以上、宮城県石巻市の太平洋に浮かぶ島・金華山に通い、ニホンザルの生態について調べています。
サルたちがどのように行動し、どういったものを食べているか。暮らしぶりを詳しく知るため、ヤマビルに足を吸われつつ群れを追ったり、サルの糞を一つ一つ収集し、中に含まれる木の実や植物を分析したり……といった生活を送ってきたそうです。
そんなエピソードを聞くと「単身で過酷なフィールドワークに挑み、黙々と研究に没頭する孤独な学者」とのイメージが浮かびます。ところが辻さんは「他の人々との結びつきなくして、この仕事はとても成り立ちません」と笑うのです。
一体、どういうことなのでしょう? 詳しく尋ねてみました。
たとえば調査時は、金華山にある山小屋が拠点となります。サル研究者だけではなく、シカといった別の動物の専門家も集い、何日も泊まり込むそうです。そのため一定期間、共同生活を送らなくてはなりません。
研究対象とする動物によって、山に入るタイミングは一人一人異なります。早朝から出掛ける人もいれば、昼過ぎになって動き出す人もいる。そんな状況下で、他の利用者とうまく付き合っていくことの大切さを学んだと、辻さんは語ります。
「サルは朝早くから行動するので、他の人が寝ている時間帯に小屋を後にする日もあります。調査を始めたばかりの頃は、玄関の扉をガンガンと音を立て閉めてしまっていた。全くの無意識ながら、研究者の先輩から『迷惑になるよ』と注意されることもしばしばでした」
「食事にも気を遣います。共用の食器で納豆を食べたら、きちんと器を洗っておく。納豆が嫌いな人もいますから。ささいなことかもしれません。でも、小さなストレスが積もり積もって口論に発展し、それが原因で金華山を離れる人もいるなど、決して侮れないんです」
また、小屋のくみ取り式トイレの掃除を始め、利用者同士で協力しなければいけない場面は少なくありません。一方、研究上の悩みを共有したり、お酒を片手に日々の出来事について語らったりすることを通じ、強い仲間意識も生まれるのだといいます。
辻さんにとって、とりわけ忘れがたい経験があります。10年ほど前に、霊長類調査のため訪れたアフリカでの日々です。
最初の調査地・コンゴで一緒だったのは、類人猿調査歴10年の先輩研究者。現地語が堪能で、初めてアフリカを訪れた辻さんにとっては、頼もしい相手でした。
「早朝4時には起きて出発し、サルを観察し終わって小屋に戻るのが18時。それだけで十分ハードなのですが、拠点の小屋に戻ると、お酒好きな先輩に誘われ、毎日のように深夜まで酒盛りをしていました。正直、ちょっとしんどいな、と思うこともあったかもしれません」
厳しい環境ながら、学びも少なくありませんでした。たった一人で基地に滞在していたときは、現地のアシスタントとの付き合いを通じて、人間観察力が鋭く磨かれていったといいます。
「たとえば、同じアフリカのウガンダに滞在していた際、調査アシスタントの機嫌が悪い場合に、その理由を想像するようにしていました。すると『前日に給料の前借りを断ったのをまだ引きずっているな』などと思い至った。人間の感情が生まれるのにも、きちんと背景があるのだと理解できました」
行動派で、人情の機微にも敏感である――。そんな印象の辻さんですが、実は元々、集団行動が好きではなかったといいます。
富山県で自然に囲まれて育ち、地元の山や森でカブトムシを捕ったり、自宅近くの小川でザリガニを釣ったり。本を読むのも好きで、小学校高学年のときには『ファーブル昆虫記』や、生き物の研究ドキュメント『動物の記録』シリーズに夢中になったそうです。
他方、スポーツは苦手。運動会の棒倒しや徒競走など、協調性が求められる種目は、とりわけ不得手でした。「決まったことを、みんなで一緒にやらなければいけない機会があると、いやいや取り組んでいたように思います」
性格を変えたくて、自己啓発本を手に取った時期もあった、と苦笑する辻さん。「自分の中に、何か取りえがあるんじゃないか」。あるとき思い立って考え抜くと、動物のことなら、いくら勉強しても飽きないことに気付いたといいます。
クラスで「動物博士」のポジションに収まっていたことも踏まえ、中学校卒業後、富山県内の高専で微生物の研究に打ち込み、東京大学農学部に編入します。
上京してからは、学業と並行し、上野動物園でニホンザルの解説ボランティアに明け暮れました。やがて個性豊かなサルの生態に魅せられ、同大大学院へと進み、研究を一生の仕事にすると決意したのです。
人生を引っ張ってくれたものは何ですか――。そう聞くと、辻さんは「『好き』という気持ちと、ひたむきさ」であると答えてくれました。
「金華山の小屋で、先輩たちが色々なことを教えてくれたのは、僕が本気で研究に取り組んでいるのが伝わっていたから。思い返すと、そんな印象を受けます。もしも、その場しのぎの行動を続けるだけであれば、きっと受け入れてはもらえなかったでしょうね」
そして「自分だけの『ニッチ』を大切にしてほしい」とも付け加えます。ニッチとは、一般に「隙間」などと訳されますが、生物学上の意味は「居場所」。その内容を問わず、存在しているだけで、環境全体のバランスを維持するのに貢献しているそうです。
同調圧力が高まりがちな学校生活において、あえて「オタク」的な要素に詳しくなる。そうすることで、自分らしさが形作られ、オリジナルなニッチの獲得につながる。これまでの歩みを踏まえ、若い世代にそう伝えたいのだといいます。
辻さんは最後に、ニホンザルの生涯に触れつつ、次のように語りました。
「ニホンザルの出産ペースは、基本的に2年に一度です。ある年に群れで高順位の個体が子どもを産むと、翌年は繁殖することができません。その間、低順位の個体にも未来を切り開くチャンスが用意されます。強いやつ、弱いやつ、両方とも生き残れる可能性がある」
「サルの世界と同じく、人間の社会でも、諦めなければチャンスは得られるのではないでしょうか。今、自分に力がないと感じていても、いつかは挽回(ばんかい)できるかもしれない。苦しい思いをしている人に、そう考えてもらえたら、とてもうれしいですね」
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