連載
#19 withコロナの時代
バズり過ぎた世界史授業、アラブの民族衣装で登場「なんだあれ!」
恩師が教えてくれた「いつも通り」の大切さ ビフォーコロナからの積み重ね
「佐野先生の世界史がオンラインで受けられるよ」。同級生からの連絡で見たYouTubeには、アラブの民族衣装に身を包み、黒板にアラビア文字を書く恩師の姿が……。新型コロナウイルスによる休校で、学校の授業もリモートを余儀なくされています。思わぬところで再会した恩師の取り組みから、「いつも通り」の授業を模索する中で生まれた教育現場のイノベーションについて考えます。
埼玉県東松山市の東京農業大学第三高校。筆者の母校で、在学中は弓道部や陸上部からインターハイ優勝者が出るなど、スポーツに力を入れている学校でした。
政府からの全国一斉休校の要請を受け、3月、我が母校も全校で休校期間に入りました。休校中は、各科目の教員が授業の映像を撮影し、動画投稿サイト・ユーチューブで生徒向けに配信。体育や美術なども含め、これまでに1600本以上を撮影してきたそうです。
ユーチューブの動画が軌道に乗り始めた4月上旬、在校生や卒業生を中心に、世界史の佐野浩先生(41)が配信した「イスラーム史」の講義が話題になりました。佐野先生は全身真っ白のアラブの民族衣装で登場。黒板にアラビア文字を書き始めたのです。
スマートフォンの画面越しに見ていた生徒たちは「なんだあれ!」と大受け。同級生のSNSで拡散され、ツイッターで初めてその動画を知った生徒もいたそうです。
実は、私にとって、この授業は見慣れたもので、これまでもイスラーム史の冒頭に披露されてきた「定番」でした。
佐野先生は、現在のトルコにあたるオスマン帝国史が専門で、トルコ語やアラビア文字に精通。アラブの民族衣装も、自身がシリアで買ったものだそうです。
生徒にとって想像しにくいアラブ世界の雰囲気を感じて欲しいと、毎年、イスラーム史ではアラブの民族衣装を着たり、アラビア文字を紹介したりしてきました。
10年前、私が教室で佐野先生の「定番授業」を初めて受けたときも、驚きでクラスが盛り上がった記憶があります。「へぇ~」とか「すげぇ」とか、最初はみんなぽかんと見ていましたが、すらすらとアラビア文字を書く先生をまねて、ぐんぐん引き込まれていきました。
動画となって配信された授業を後輩はどう受け止めたのでしょう?
4月から初めて佐野先生の授業を受けた2年の中川紗和さん(16)は「初めてだったけど、雰囲気があって引き込まれた」。3年の荒川奏真さん(17)は、「休校でモチベーションが下がっていたけど、ユーチューブでテンションが上がった」と振り返ります。
やっぱり、思春期の生徒にとって、そのインパクトの強さは変わらないようです……。
今回、動画という形に残る授業だったため、広く話題になった佐野先生の授業。
当初、ユーチューブは公開配信でしたが、イスラーム史を公開してからチャンネル登録者数が急増。4月末には2千件ほどになったため、現在は在校生のみの公開に切り替えたそうです。
6月から、徐々に学校は再開。しかし飛沫感染を防ぐため、生徒が向かい合って発言するグループワークが難しい。そこで佐野先生は、担当するクラスでLINE上でグループワークをしようと提案しました。学校から許可を得て、生徒がLINEアカウントを持っていることを確認すると、4~5人のグループに分けます。
「十字軍の成り立ちについて、宗教・政治・経済的側面から論じよ」という論述問題を出し、LINEの各グループで文字で議論し、最後に各グループの答えをまとめるというものです。
各グループには先生もメンバーとして加わり、アドバイスします。コメントのやりとりは全員が目にするので、1人の疑問を共有することもできます。
「生徒の入力が早すぎて、ついていくのが大変だった」と佐野先生は苦笑するほど、活発な議論になったようです。
普段学校で開いてはいけないLINEを、授業に使うことが生徒には新鮮でした。2年の石澤温さん(16)は「これでいいかなと、送信する前に2~3度見返すので、頭を整理できた」と話します。
佐野先生の「イノベーション」は、これで終わりません。
休校期間が終わっても、分散登校をしたりマスクが必須になったり、生徒にとって、学校は以前と違う環境になりました。そこで佐野先生は、世界史で習う絵画を生徒たちで再現するという企画も提案します。
レオナルド・ダビンチの「最後の晩餐」や、レンブラントの「夜警」、ミレーの「落ち穂拾い」――。
生徒たちは、資料集に載っている絵になりきって写真を撮りました。コロナ以前にも、ときどき息抜きとして催してきましたが、今回はマスクをつけて無言で、という条件で開催したといいます。
「最後の晩餐」は、死の前日、キリストと12人の弟子との晩餐の様子を描いたもの。3年の馬場祐理さん(17)は弟子の一人で、キリストを裏切ったユダの役を選びました。絵画のユダは、イエスを売って得た銀貨を手に握りしめています。「自分の小物袋を持ってきて、細かいところを再現した」と馬場さん。描かれた背景を考えながら体も動かすので、記憶に残るといいます。
筆者が在籍していたころも、佐野先生の授業は創意工夫にあふれていました。古代ギリシャ史では、先生が集めた古代の銀貨が座席に回ってきました。エジプト史ではヒエログリフで自分の名前を書いたり、イスラーム史が始まればアラブ特産のナツメヤシを試食したりしました。
佐野先生が世界史に関する映画を紹介する冊子を作り、生徒に配ったこともあります。近年も、生徒に自ら授業をさせて理解を深めさせたり、夏休みにイスラーム教のモスクやギリシア正教会の教会に生徒を連れて行ったり、座学とは角度を変えた授業を展開しているそうです。
切羽詰まった受験勉強の中で、世界史はある種の息抜きのように感じていました。教室から、行ったことのない国や時代に興味を膨らませていたのです。
ただ、そうした授業は、教員と生徒が対面することで成り立っていました。コロナ禍では、その前提が崩れてしまいました。どこかに足を運んだり、何かものを食べたりすることができなくなりました。その状況で、新たに生徒の興味を引き寄せたのが今回の試みでした。
これまでと違う環境で、どのようにいつも通りの授業をするか。さぞかし悩んだだろうと思いきや、佐野先生の答えは、あっさりしたものでした。
「アラブの民族衣装は例年の授業のままだし、LINEは教室のグループワークを置き換えただけ。特殊な機械がなくてもできる」
LINEでの議論には、当日欠席した生徒が自宅から参加していたそうです。教室にいながら、その日休んだ生徒や、ほかの学校の生徒とも議論することができます。映像で、海外留学している教え子と教室をつないだり、海外旅行に行った自分が現地から動画を配信したりすることもできると分かりました。
歴史好きで、世界史の授業に強い関心を示す生徒がいる一方で、多くの子は授業の一つとして世界史に触れます。そこで体験した小さな気づきから、高校卒業後に学問として世界史を学ぶ生徒を育てたいと、佐野先生は話します。
「フランス革命が起こってルイ16世が処刑された。それだけ言うより、ルイ16世はこんなものを食べていたと、チーズを出してみる方が楽しいし、印象に残るでしょう」
休校中に模索した「いつも通り」の授業が、普段と形を変えてユーチューブ授業やLINEの議論につながっていました。休校を逆手に取った試みです。
コロナ収束後にもつながる授業の可能性を感じた佐野先生の授業。
アフターコロナとか、withコロナとか言われている昨今ですが、問われているのは、ビフォーコロナからの積み重ね、だったのかもしれません。
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