連載
#46 ○○の世論
歴代首相の評価、何で決まる? 在職日数じゃない圧倒的存在感の人
強引・金権でも「個人としては好き」
7年半におよぶ長期政権を築いた安倍晋三首相が8月28日、辞意を表明しました。連続在職日数は佐藤栄作元首相を抜いて歴代トップを記録しましたが、最近の支持率は低迷していました。一方、世論調査で、いまなお圧倒的な存在感を示す政治家がいます。首相に就任した時は「今太閤」ともてはやされ、ロッキード事件で逮捕されて刑事被告人にもなった田中角栄・元首相です。時代の象徴にもなった田中元首相を振り返りながら、首相の評価について考えます。(朝日新聞記者・藤方聡)
田中内閣の発足は1972年。就任の翌8月に実施した世論調査の内閣支持率は62%で、不支持はわずか10%でした。それ以前の内閣で支持率が最も高かったのは、サンフランシスコ平和条約締結直後(1951年9月調査)の吉田茂内閣の支持率58%。これを上回る過去最高の支持率でした。
地方出身で、高等小学校の学歴だったのに、大卒のライバルを押しのけて54歳で首相になった若い政治家への期待の大きさだったのでしょう。田中内閣を支持する理由(自由回答)では「庶民的」と、人柄を評価する声が目立ちました。
ただ、支持率は翌1973年4月調査で27%に急落。不支持の理由は、物価高騰への不満が主なものでした。74年の退陣まで人気が回復することはありませんでした。
田中元首相は1976年にロッキード事件で逮捕され、自民党を離党した後も、キングメーカーとして君臨し続けます。裁判中の1983年8月調査で、元首相の無実主張を「信じない」は81%にのぼりました。
一方で、同じ調査で、「田中角栄元首相が好きですか」と聞くと、「好き」が22%、「きらい」50%。刑事被告人でありながら一定のファンがいました。「その他・答えない」に分類された28%の中にも「個人としては好きだが、政治家としてはよくない」といった中間的な回答がかなりあったそうです。
さらに、元首相に対して「どんな感じを持っていますか」と印象を7択で聞くと、「実力者」24%、「金権体質」22%、「強引」18%が上位に挙がりました。調査結果を紹介する紙面では、「国民の意識の中には元首相の『金権体質』や『強引さ』に対する反感がある半面、『実力者』としての力は一目おかざるをえないといった好悪ないまぜの複雑な心情がうかがえる」と分析しています。
田中元首相は、最高裁に上告中の1993年に亡くなりますが、その存在感は、薄れません。1998年5月調査で、「これまでの日本の政治家の中で、だれか好きな人はいますか」と聞くと、名前を挙げた1008人のうち202人が田中元首相を選び、続く吉田茂元首相の115人を抑えてトップでした。
田中元首相の存在感は、政治にとどまりません。2009年2~3月の郵送調査で、「昭和といえば思い浮かぶ人物」(自由回答)を聞くと、21%が田中元首相を挙げ、全体の2位でした。
ちなみに、1位は昭和天皇、3位は美空ひばりでした。同じ調査で、「昭和と聞いて最初に思い浮かぶこと」(9項目から選択)では、36%が「高度成長」を選びトップでしたので、日本列島改造論を唱えた田中元首相と、昭和の右肩上がりのイメージとが重なって印象づけられたのかもしれません。
2015年3~4月の郵送調査で「戦後の日本を代表する人物」を3人まで挙げてもらった時にも、回答者の3割を超える人が田中元首相を選び、トップでした。
全有権者を対象にした世論調査ではありませんが、2015年11月には、自民党員と党友を対象にした調査(電話)も実施しています。「歴代の自民党総裁の中で最も評価する総裁」(自由回答)を聞くと、16%が田中元首相を挙げ、安倍晋三首相19%、小泉純一郎元首相17%に次ぐ3位でした。
記者が小学生の時に田中内閣の発足と退陣、そしてロッキード事件がありました。田中元首相に対するマスコミの論調の厳しさは、今でも皮膚感覚で覚えています。「角さん」の決断力、金銭感覚、庶民性は、今の政治家に比べて桁違いなものがありました。個人的には渥美清の「寅さん」にも相通ずる、懐かしい昭和の郷愁を角さんに感じます。
2012年12月の政権交代で第2次政権を発足させた安倍首相は、7年8カ月の長期政権を維持し、連続在職日数は佐藤栄作元首相を抜いて歴代トップを記録しました。対する田中内閣は2年5カ月。辞意を表明した安倍さんの評価は、むしろ退陣後に定まるのかもしれません。
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