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連載

#12 WEB編集者の教科書

目標は「続けること」 デイリーポータルZが貫く「好き」の法則

フィードバックに感想文「うれしがらせてやりたい」

「デイリーポータルZ」編集部の古賀及子さん=栃久保誠撮影
「デイリーポータルZ」編集部の古賀及子さん=栃久保誠撮影

目次

WEB編集者の教科書
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情報発信の場が紙からデジタルに移り、「編集者」という仕事も多種多様になっています。新聞社や出版社、時にテレビもウェブでテキストによる情報発信をしており、ウェブ発の人気媒体も多数あります。また、プラットフォームやEC企業がオリジナルコンテンツを制作するのも一般的になりました。

情報が読者に届くまでの流れの中、どこに編集者がいて、どんな仕事をしているのでしょうか。withnewsではYahoo!ニュース・ノオトとの合同企画『WEB編集者の教科書』作成プロジェクトをスタート。第12回は「デイリーポータルZ」編集部の古賀及子さんです。ライターの「好き」があふれる記事や独創的な実験・工作、思わず「へぇ~」と口に出るようなニッチな情報など、ここに来れば面白いものに出会えるメディアとして多くの読者に愛されています。ライターとしても、編集者としても多くの記事に関わってきた古賀さんに、長年愛されるメディア運営や、「好き」をアウトプットする方法について聞きました。(withnews編集部・野口みな子)

「デイリーポータルZ」がつくる「ライターの顔が見えるメディア」
・「顔を覚えてもらえる」ライターが、ファンを呼ぶ
・ライターの「好き」を大切に、ライター自身を深掘りする
・メディアを続けるためのルールをつくる

「建前」から生まれたデイリーポータルZ

「デイリーポータルZ(DPZ)」が生まれたのは、ブロードバンド回線が普及し始めた2002年。インターネットプロバイダの「ニフティ」によって立ち上げられました(*)。当時ニフティは車や不動産などさまざまなジャンルのウェブサイトを運営しており、これらをまとめるポータルサイトとして現編集長の林雄司さんが提案し、実現したのが始まりです。

「とはいえ、林がやりたかったのは、実はポータルサイトではなかったんです」。そう語るのは、編集部の古賀及子さんです。

「当時のインターネットの魅力のひとつが、発信のハードルが低いことでした。『多摩川にボラが大量発生している』とかっていう、すごくピンポイントな話題も、自分の目で見て伝えたいと思っていたようです」

(*)2017年よりイッツ・コミュニケーションズが運営。
15年以上DPZに関わり続けている古賀さん=栃久保誠撮影
15年以上DPZに関わり続けている古賀さん=栃久保誠撮影
「建前」としてのポータルサイトを続けながらも、1日1本程度の独自記事を掲載していると、これが読者にうけてPV(ページビュー)が増加。もっと記事を出そうと外部ライターを巻き込んで、どんどんサイトは大きくなっていきました。

古賀さんは2004年に、DPZのライターとして働き始めました。それまではベンチャー系のホームページ制作会社でアルバイトをしていたそうです。自由な雰囲気の会社で、「暇な時間はネットを見ていてもいい」という環境の中で、古賀さんが見つけて、大好きになったのがDPZでした。ライターを募集しているのを知り、ウェブメディアの世界に飛び込みました。
デイリーポータルZのトップページ。毎日編集部が「今日のみどころ」を紹介している
デイリーポータルZのトップページ。毎日編集部が「今日のみどころ」を紹介している 出典:デイリーポータルZ
古賀さんが入った頃は2人体制だった編集部も、古賀さんを含め今は6人に。抱えるライターは50人ほどにまで広がりました。入れ替わりの多いウェブメディアの世界の中で、18年続く老舗サイトとして存在感を示しています。

「なんか気になる」を必ずメモ

街を歩いて豆知識で相手に「へぇ」と言わせたら勝ちのゲーム「ストへぇ」や「斜にかまえる、かまえないを1分ごとに切り替えるとどうなるか」など、ライター独自の発想が光る記事が魅力のDPZ。古賀さん自身もライターとして「納豆を一万回混ぜる」「ハリウッドセレブのプライベートショット風の写真を撮る」などの記事を執筆してきました。こうしたユニークはネタはどのように考えられているのでしょうか。

「普段から気になったことを、すかさずメモに残すようにしています。『なんか気になる』くらいのことって、だいたい忘れちゃうんですよね。こうしたメモから、膨らませることが多いですね」
古賀さんが1時間40分かけて納豆を一万回混ぜる記事。納豆の「ネクストステージ」が見える。
古賀さんが1時間40分かけて納豆を一万回混ぜる記事。納豆の「ネクストステージ」が見える。 出典:デイリーポータルZ「納豆を一万回混ぜる(デジタルリマスター版)」
「ありそうでなかった」記事を生むのは、生活の中にある小さな視点。また、これまで気にも留めていなかったことも、DPZの記事をきっかけに「見える」ようになることもあります。

たとえば、古賀さんが得意としているのが、食品パッケージにまつわる記事です。「この商品はかっこいい名前の製法で作っていますという売り方」という記事では、商品のアピールポイントとして表記している「製法」のバリエーションの豊かさや、その個性を比較しています。筆者はこの記事に出会ってから、それまでCMなどでも何げなく聞き流していた「○○製法でつくった~」というフレーズが、どうにも引っかかるようになりました。
栃久保誠撮影
栃久保誠撮影
こうした記事について、「私自身が、食品パッケージを見るのがすごく好きなんです」という古賀さん。「好きな気持ちから始まって、『これは何だろう』とか『どうなっているんだろう』って、思いを及ばしていく。DPZの他のライターの方も、『好き』という気持ちから広がっている人が多いですね」

「好き」を並べると見えてくる法則

また、「好き」を起点に生まれたネタを記事に変換するコツとして、古賀さんは「法則をイジる」ということを挙げます。

「そのジャンルのものを並べてみると、違いや『あるある』のような共通点が見えてくるんですよね。その法則を整理してイジる、もしくはそのフォーマットを別のものに使うっていうのは結構定番のやり方ですね」

「製法」や「ハリウッドセレブ」の記事もまさに「法則をイジる」方法。好きなものをまず集めて眺めてみることで、また新たな視点が生まれるかもしれません。
「ハリウッドセレブ」っぽい写真を再現するとともに、「ハリウッドセレブ」っぽい写真にある要素を検証した記事
「ハリウッドセレブ」っぽい写真を再現するとともに、「ハリウッドセレブ」っぽい写真にある要素を検証した記事 出典:デイリーポータルZ「セレブが来た!」
ちなみに、「没」になるネタは「もうDPZでやっていた企画」。面白いネタを思いつき、念のため検索してみると、DPZがすでに記事にしていた、というのがライター・編集者が経験する「あるある」でしょう。18年という歴史の長さを痛感する瞬間です。しかし、古賀さんも「たまにうっかりやってしまって、タイトルに『2020』とつけてごまかすこともあります」。
歴史の長いメディア、ネタがかぶることもある=栃久保誠撮影
歴史の長いメディア、ネタがかぶることもある=栃久保誠撮影

編集のポイントは「わかりやすく」「ライターの色」

DPZには現在約50人ほどのライターが記事を書いており、それぞれに編集部の担当者がついています。多い人だと、1人で10人ほどのライターを担当しているといいます。

担当編集者は、ライターの持ち込みもしくは編集部で依頼したネタをもとに、ライターと方向性を相談し、時には撮影など協力しながら、掲載まですすめていきます。入稿された記事を編集する上で、古賀さんが気をつけているというのが「わかりやすく」と「ライターの色を出す」ということです。

「マニアックなテーマもあるのですが、『誰でもわかりやすく読める』ことを大切にしています。つまり、排他的にならないということです。昔から林が『(世代が違う)自分のおじいさんにもわかってもらえるものにしよう』といつも言っていて、専門用語もできる限り使わないようにしています」
栃久保誠撮影
栃久保誠撮影
ニッチな話題であっても楽しく読めるDPZの工夫がここにありました。また、「ライターの色を出す」ことについては、「圧倒的に『私が描いています』っていうのが全面に出るのが『DPZらしさ』」と話します。

「読者の方の体験として、単に記事を読むっていうよりは、この人が書いた記事を読んでるっていう体験になっていてほしいんですよね。共感がファンを呼ぶということを昔から意識していて、顔を覚えてもらえるライターさんを増やしたいと思っています」

「なので、編集する時も、ライターさんに『もう少し自分の話を書いてください』とお願いすることもあります。子どもの頃のエピソードを入れてもらうこともありますね」

「自分の得意分野がない」悩み

2004年、古賀さんがDPZに入って最初に関わっていた仕事は「リンク集」でした。面白い外部のサイトを見つけて、100字程度の紹介文を書くというもの。その後、企画記事も手がけるようになり、2005年に編集部所属の社員となりました。

これまでもライターとしてヒット作を多数輩出している古賀さんですが、意外にも「自分の得意分野がわかってきたのは結構最近」と話します。

「他のライターさんは強いジャンルを持っているのに、私にはそういうのがなくて。だから割と自分の半径5m以内でネタを探して、『しのいできた』っていう感覚が強いですね。『何か見つけなくては』とは思っていました」
栃久保誠撮影
栃久保誠撮影
同じ状況に立っていたはずのライターの同期が、得意分野を見つけていくのを見て、「上がったな、って思いましたね」と振り返る古賀さん。しかし、焦燥感を抱きながらも、しのぎ続けることで見えてきたこともあったといいます。

「折り合いがつかぬまま、まさにしのげてしまったというか。それでも身の回りにあるもので、書くことがなくならなかったんですよね」

食品パッケージなど「半径5m以内」に対する解像度を上げ、記事を書き続けたことで「ある程度語れることがある」という自信にもつながり、「好き」を語る背中を押しました。

「他のライターさんを見ていても思うんですが、ライターって自分の好きなものが好きで、誰かと比べるっていう視点がないんですよ。好きがあふれて記事になってるんだと思います。相対じゃなくて絶対の中で生きている、絶対愛なんですよね」
栃久保誠撮影
栃久保誠撮影

ライターに愛される記事「絶対になくしたくない」

ライターが持つ「愛」を大切にするのも、編集者の大切な心がけのひとつです。記事の評価について、「PVやUU(訪問者数)などのデータはもちろん見ますが、あまりそれには足を引っ張られないようにと思っている」と古賀さんは話します。

「たとえPVやUUが低くても、『ミュージシャンズ・ミュージシャン』のような、ライターに愛されるライターや記事っていうのはあるんですよね。『バズっていなくても良い記事』というか、長くDPZを読んでいる人にとってもそういう記事があると思いますし、それは絶対になくしたくないんです」
栃久保誠撮影
栃久保誠撮影
こうした思いからも、記事の「定性的な価値」を伝えるために、古賀さんは担当するライターに意識して行っていることがあります。

「記事が入稿されたら、フィードバックとしてライターに感想文を送っています。こんなところが面白かったとか、500字くらいでしょうか。嬉しがらせてやりたいって思ってますね」

ネットの世界では数字やSNSの反応を見ても、「自分の記事が読まれている」という実感は持ちにくいもの。編集者が1人のファンとして存在してくれることは、ライターとしても心強いのではないでしょうか。

編集部、ファンの願いはひとつ「続けること」

競争の激しいウェブメディア業界の中で、DPZは18年続いてきました。サイトを運営していく上で、古賀さんが重要だというのが「1日に更新する本数を決めること」。DPZでは、平日は必ず3本は更新するルールを設け、これをベースに配信計画が立てられています。

「私たちがやることってDPZしかなくて、編集部6人の目標は『続けること』なんです。もしもDPZがつまらなくなっても、もっとおもしろいものを考えるだけ。人生がかかってるんで、続けていくしか道がないんです」
読者コミュニティ「デイリーポータルZをはげます会」
読者コミュニティ「デイリーポータルZをはげます会」 出典:デイリーポータルZ
また、DPZを支えているのが、長年愛読している読者の「濃さ」です。2012年には限定グッズやコンテンツが届く有料サービス「友の会」が始まり、2017年には「デイリーポータルZ友の会」を引き継いだコミュニティ「デイリーポータルZをはげます会」が立ち上がりました。

「はげます会」では編集部との交流のほか、読者が参加できる企画や会員限定イベントなども開催。DPZを隅々まで読み込んでいる読者に圧倒されることも。古賀さんも「読者という『実体』があるんだ、というのをすごく感じます」。

「DPZはずっと無料記事でやってきたので、『課金できるようになったから課金します』という動機で入会する人が多いんですよね。なので、会員の方が喜ぶことは何かっていうのはずっと考えています。『DPZがなくなったら嫌だ』という人が入ってくださっているので、存続することが大事で、毎日面白い記事を出すことが会員の方への貢献なのかなと感じています」
栃久保誠撮影
栃久保誠撮影

「デイリーポータルZ」古賀及子さんの教え
・「なんか気になる」は必ずメモ、好きなものは並べて「法則をイジる」
・編集のポイントは「わかりやすく」と「ライターの色を出す」
・ライターのモチベーションを上げるフィードバックを

毎年話題となる「地味ハロウィン」や、ウェブメディアの即売会「ウェブメディアびっくりセール」など、独自のイベントも開催してきたDPZ。他団体主催のさまざまなイベントにも、積極的に出展しています。限られたリソースの中でイベントを行うことについて、古賀さんは「準備の工数が、実際にお客さんへのリーチに見合うかは悩ましい」と話します。
 
DPZが主催する「地味ハロウィン」は毎年Twitterでもトレンド入りしている
DPZが主催する「地味ハロウィン」は毎年Twitterでもトレンド入りしている 出典:withnews「『地味ハロウィン』に参加したら、毎日を楽しむヒントが詰まってた」

来場したお客さんの満足度は高いですが、ネットの記事に比べると届く人数は限定的です。それでも「しばらくは続けたい」という理由が、「ライターや関係者の肌がつやつやするから」。読者の生の反応を見たときの喜びが、また次のコンテンツへのポジティブなフィードバックになっているのです。

近年、さまざまなウェブメディアが立ち上がり、そこでライターとしてたくさんの人たちが働いています。ネットに漂う無数の記事の中で、読者にライターの名前を印象づけることは簡単なことではありません。こうした中でも、人気ライターたちを多数抱え、輩出しているDPZ。古賀さんの話を聞いて、「DPZらしさ」とは、個々のライターのモチベーションを資本とする考え方にこそあるのだと感じました。

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