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ムーミンの世界に衝撃…移住して26年 原作者に学んだ「柔軟な人生」

ムーミンたちは、これまでになかった事態に直面するたびに、自分で考え、動き、悩んだり自信をつけたりしながら、前へ進んでいきます

トーベ・ヤンソンの原画などが展示されているムーミン美術館=フィンランド・タンペレ 、小川尭洋撮影
トーベ・ヤンソンの原画などが展示されているムーミン美術館=フィンランド・タンペレ 、小川尭洋撮影

目次

世界中の人々に愛され続けているムーミンシリーズ。日本でも、再ブームが巻き起こっています。フィンランド在住の翻訳家、森下圭子さん(51)は、ムーミンを愛するあまり、現地に移住してしまったほどの大ファン。「今にしがみつく必要はない」。現地で知った原作者トーベ・ヤンソンの生き方は、現代にも通じるヒントにあふれています。誰よりもムーミンにはまった森下さんに、ムーミンから学んだ「柔軟な人生」について聞きました。(朝日新聞記者・小川尭洋)

※森下さんが語るムーミン谷のお話。インタビューを前編と後編の2回でお届けします
【「ムーミン」シリーズ】
色のついたムーミンが消えた なぜ日本で人気?市場規模は北欧と同じ(8日配信)
ムーミン「ダメな部分」も魅力 ニョロニョロ・おさびし山…名訳も(9日配信)
ムーミンの世界に衝撃…移住して26年 原作者に学んだ「柔軟な人生」(10日配信)
トイレで生まれた「ムーミンの原型」誕生の島に残る作者トーベの面影(11日配信)

何の生き物か分からないけど

フィンランドは、森と湖の国です。特に森はフィンランド人の生活の一部で、季節を問わずよく森に出かけます。特に目的やゴールが決まっているわけではなく、虫を捕まえる人もいれば、鳥を観察したり、草花の香りを楽しんだりする人も。森を歩くと、人って好きなものが全然違うんだなとあらためて気づかされます。私は木が好きですね。まっすぐに伸びているわけではないけれど、それぞれ個性的で美しいんです。

そんな多様性を尊重する世界観にあふれているのが、ムーミン谷のお話です。登場するキャラはいろいろな見た目をしていて、何の生き物なのかもよく分からない。でも自由に、お互いを尊重し合いながら助け合って生きていく。みんな完璧ではなくてどこか欠けているけれど、未熟な自分をありのまま受け入れ、人生を全うしようとしています。

<もりした・けいこ>
1969年、三重県生まれ、ヘルシンキ在住。日大芸術学部卒業後、1994年にフィンランドへ渡り、ヘルシンキ大学で舞台芸術などを学ぶ。主な著書に「フィンランドのおじさんになる方法。」(KADOKAWA)、訳書に「ミイのおはなしえほん」シリーズ(徳間書店)など。フィンランドを舞台にした2006年の映画「かもめ食堂」のアソシエイトプロデューサーも務めた。

フィンランドの森=森下圭子さん撮影・提供
フィンランドの森=森下圭子さん撮影・提供

「模範的」よりも「自分らしく」生きる

日本では「模範的な良い大人になれ」というプレッシャーがありますが、あいまいな「良い大人」よりも、自分らしく生きている人の方が魅力的だとフィンランドに来て実感しました。

たとえば、ある地元食堂では、工事現場の作業員さんがおなかをすかせてそうだなと思ったら、ジャガイモを多めに盛っていました。限定グッズを売るお店で長蛇の列ができた時は、責任者が、歩行器を持ったおじいさんや小さな子連れの家族などを優先して案内していました。

責任はともなうけど、自分は「これでいい」と思うから、そうする。紋切り型の対応ではなく、それぞれの良識で判断しているんです。

内定断りバイトで貯金、1人でフィンランドへ

ムーミンの原作である小説を初めて読んだのは小学生のときでしたが、大学卒業前に偶然読み直して衝撃を受けました。こんなにも自由で多様性に満ちた世界があったんだと。

ムーミンと原作者トーベ・ヤンソンの研究をするため、ヘルシンキ大学への留学を決意。内定先への就職を断り、バイトをかけ持ちして貯金しました。フィンランドは初めてでしたが、「合わなかったら、2週間で戻ってくればいいや」と。自分でためたお金だったので、責任は自分にある。迷いはありませんでした。

ムーミンやトーベ・ヤンソンに関して、翻訳や研究を手がける森下圭子さん=2018年2月18日、フィンランド・ヘルシンキ、小川尭洋撮影
ムーミンやトーベ・ヤンソンに関して、翻訳や研究を手がける森下圭子さん=2018年2月18日、フィンランド・ヘルシンキ、小川尭洋撮影

「今にしがみつく必要はない」 トーベの人生がヒントに

ただ当初は今のように自由に生きられず、苦しい時期もありました。環境になじめなかったり、研究がうまくいかなかったり。そんな時にヒントになったのが、トーベの人生やムーミンのお話でした。

芸術家の両親のもとに生まれたトーベは小さな頃からものづくりが大好きでした。子どもの頃から当たり前のように画家になることを考えていましたが、風刺画や挿絵、児童文学にコミックス、小説、作詞……など様々な分野で活躍します。ムーミンの大ヒットで疲弊しながらも亡くなる直前まで創作を続けたそうです。70年以上にわたって創作活動を続けられたのは、「今の職業にしがみつく必要はない」という柔軟性があったからだと思います。

私自身、固定の場所にこだわらず、転々としてきました。音楽会社の起業、フリーの翻訳家、ムーミンツアーの現地ガイド、取材コーディネーター、自殺予防対策の活動……。むやみに投げ出したわけではなく、今でもどの仕事も続けていて、ただ常に自分の幸せを考え続けた結果です。

ムーミン原作者のトーベ・ヤンソン(1914~2001年)
ムーミン原作者のトーベ・ヤンソン(1914~2001年)

「彗星を知りたい」ムーミンも自分で考え動く

森には、決まった「ゴール」がないんですよね。人が歩く理由はまちまち。人生もゴールばかりにとらわれる必要はなく、寄り道も悪くないはずです。

ムーミンのお話も同じです。ムーミンたちは、これまでになかった事態に直面するたびに、自分で考え、動き、悩んだり自信をつけたりしながら、前へ進んでいきます。
たとえば、「ムーミン谷の彗星」。多くの人たちが彗星から避難していく中で、ムーミンたちは彗星のことが知りたいと、天文台へ向かいます。ムーミンのママは、彼らを心配するどころか、サンドイッチを持たせて見送ります。

「自分の道を自由に歩き、幸せを見つけられればいい」。トーベの人生とムーミンの世界は、そんなふうに語りかけてくれているようです。

(8月11日に配信予定の後編は、トーベ・ヤンソンが毎年夏に過ごしたフィンランドのペッリンゲ諸島について。この7月上旬から1カ月間、滞在した森下さんの視点から、ムーミンの世界に迫ります)

「ムーミン谷の彗星」(講談社) 著:トーベ・ヤンソン/訳:下村隆一
「ムーミン谷の彗星」(講談社) 著:トーベ・ヤンソン/訳:下村隆一 出典:講談社
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