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「申請書、一緒に書こう!」参加者ゼロでも〝成功〟地方の外国人事情
「日本の申請書は細かすぎる!」
1人あたり一律10万円もらうことができる特別定額給付金は国籍などにかかわらず、日本に暮らし、働いたり学校に行ったりしている外国人にも権利があります。しかし手続きは日本語に慣れていないと、大変です。佐賀県内に住むタイ人やタイが好きな人でつくる「サワディー佐賀」は、5月末、ウェブ会議アプリ「Zoom」で「一緒に申請書を書きましょう」と呼びかけました。通訳も準備して待っていたところ参加者はゼロ。それでも「成功」だったと振り返ります。誰も来なかったイベントからは、地方に暮らす外国人の支え合いの姿が見えてきました。
サワディー佐賀では、佐賀県内で新型コロナウイルスの感染が発見された今年3月以降、タイ語でコロナ関連の情報出してきました。
その中でも、関心が高かったのは、特別定額給付金についての情報でした。「外国人でも申請ができる」という情報をタイ語に翻訳して、4月23日にフェイスブックで投稿すると、500回以上もシェアされました。
総務省の「特別定額給付金申請書」の見本ができると、タイ語の記入例をつけて投稿しました。すると、全国のタイ人から「うちの町ではいつ届くのでしょうか?」などの質問がたくさんきました。
その中に「私の家に届いた申請書が少し違うんだけど」という質問がありました。それぞれの区市町村で、少しずつ、申請書が違ったため、混乱してしまったようです。
「タイ語で記入例を書くだけでは伝わらない」。そう考え企画したのが、「オンラインで一緒に申請書を書く会」でした。
タイ人にとっては、申請書のどこが難しかったのでしょうか? タイ語の通訳をした春園カノックワン副代表(ノックさん)に話を聞きました。
フリーランスでタイ語の通訳や翻訳をするノックさんですら、申請書を見て「日本の申請書は細かすぎる!」と感じたそうです。
特に困ったのは「署名捺印」のところ。
「ハンコとサインの両方がいるんでしょうか。ハンコを持っていない人はどうしたらいいのでしょうか」
振込先の口座のところも、普通の銀行と、ゆうちょ銀行に分かれています。どちらか片方を書くように日本語の説明がありますが、見落として「2つとも書いてしまいそう」と心配します。
タイでも、日本と同じように、コロナ感染拡大による経済対策として、1人5000バーツ(約17,000円)を3ヵ月支給することになりました。
ノックさんによると、ノックさんのタイの家族は4月13日に申請しました。5月13日には承認されて、14日に2か月分を受け取ったといいます。
というのも、タイは、一人一人のIDがあって、申請はすべてインターネットで完結します。IDを入力するだけで、後日、国から口座情報を聞かれたのみ。「申請はタイの方が便利。細かく申請書を書かせるのは、日本スタイルですね」とノックさん。
「一緒に申請書を書く会」の当日、事務局では、タイ語でアドバイスできるようメンバーをそろえて待っていました。
でも、参加したタイ人はゼロ。 参加できるのはサワディー佐賀のLINEグループ登録者(56人、8月6日現在)だけに限っていたとはいえ……。
「サワディー佐賀」のメンバーが特に心配だったのは、日本に頼ることができる家族がいない留学生たちでした。佐賀県内には10人程度ですが、タイ人の留学生が暮らします。それでも、誰も参加しなかった理由を留学生の一人に聞いてみました。
佐賀大学院生のピームさんは「私には、そんなに難しくありませんでした」と話します。
留学前は、タイの日系の出版社にいたというピームさん。タイ語と日本語の記入例を参考にして、問題なく申請書を書くことができたそうです。
「唯一迷ったのは、身分証明書のコピーと銀行口座通帳のコピーを貼る欄が小さかったので、『縮小コピーしなければいけないのか』ということでした」
申請書をクリアしたピームさんが、ほかの留学生に書き方を教えてあげました。
留学生の中には英語で研究するため、日本語はほとんど分からない学生も少なくありません。ピームさんは「一部は私が書くのを手伝いました。もし彼らが1人だったら、かなり難しかったと思います」と話します。
日本語が得意な学生が、まだ日本語のできない留学生に教え合って、佐賀の留学生も自分たちだけで、申請書を書くことができました。
「オンラインで一緒に申請書を書く会」の参加者がゼロだったということは、互いに助け合うコミュニティの力がうまく生かされたということ。
ある意味で、「成功」だったと言えます。
ただし、佐賀のケースは、まだ目の届く範囲で、外国人が小さなコミュニティーを作っている地域ならではの成功例だったと思います。
ほかの自治体で、外国人を支援している人たちに聞くと、支援ニーズは、10万円の申請書サポートから、社会福祉協議会の「緊急小口資金」融資の申請方法サポートや食糧支援など次の段階に進んだとのこと。
「留学生では、『1週間(食事を)食べられていない』という声もある」「コロナ対策で、行政がドライブスルー形式で食糧支援をしているけど、外国人の方は車がなくて行けない人もいる」「融資の相談に行っても、外国人への対応は担当者によってまちまちのこともある」などの声も聞きます。
佐賀のタイ人同士の互助を促すために立ち上げた「サワディー佐賀」ですが、Facebookには、佐賀以外の全国からたびたび質問が寄せられていました。コミュニティーが弱い地域で暮らす外国人の存在、困ったことを聞ける人、頼る人が近くにいない人のSOSにも感じられます。
必要な給付金をもらうことができない人が、少しでも減るように願って、佐賀県国際交流協会が作った、定額給付金申請の締め切りの注意喚起文章もタイ語に翻訳し、8月6日にSNSで拡散しました。そのほか、「参加者ゼロ」のまま録画しておいた「オンラインで一緒に申請書を書く会」の動画(タイ語とやさしい日本語で説明)も、希望者に配信しています。
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