連載
#41 「見た目問題」どう向き合う?
「受け口」の見た目、悩み続けた少年 リアルに描いた映画監督の願い
「おまえ、いつも口を隠してるよな」。特徴的な見た目をからかわれ、深い孤独を抱える少年を描いた短編映画があります。映画監督の岡倉光輝さん(32)が制作した「アマノジャク・思春期」です。岡倉さん自らの体験を投影した作品で、岡倉さんは「見た目に悩み、自己肯定感の低いまま十代を過ごした」と言います。映画では、少年と周りの人たちとの断絶が描かれます。少年の未来に希望はあるのか。岡倉さんに尋ねました。(朝日新聞記者・岩井建樹)
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アルビノや顔の変形、アザ、マヒ……。外見に症状がある人たちの人生を追いかけた「この顔と生きるということ」。当事者がジロジロ見られ、学校や恋愛、就職で苦労する「見た目問題」を描き、向き合い方を考えます。
映画の筋書きは、こうです。小学6年生の光は、下あごが前にせりだす「受け口」に悩んでいます。口を隠すため、いつもマスク姿。周りとうまくコミュニケーションがとれず、外見や言動をからかわれ、いじめられます。感情を抑制できない光と、周囲との溝は深まるばかり。光には発達障害がありますが、まだ理解が進んでいない時代でした。光には心が休まる場がありません。
主人公の光のモデルは、岡倉さん自身です。
「小学校時代、受け口を見られないよう、いつもうつむいていました。それでも、笑われたり、口の形をまねされたり。アゴの骨格が原因でくぐもった声になってしまい、『何を言っているの?』と聞き返されることもコンプレックスでした。見た目も、発音も、言動も、周りとは違う自分。クラスでは浮いた存在で、どうすれば自分は他の子と同じように振る舞えるのか、葛藤の日々でした。映画制作は、そうした過去の痛みを掘り起こす作業となりました」
映画では、給食の時間、光が周りから席を離して背を向け、口を隠しながら食べるシーンが描かれます。
「私が小学生のときは、机をぴったり向き合わせて給食を食べるのが決まりだったのですが、自分だけ机を少し離されました。ばい菌扱いされていたんです。口元を冷やかされることもあり、給食は苦痛でした。映画のように周りに背を向け、口元を隠しながら食べたかった。そうした当時の願望がこのシーンに反映されています」
光はクラスメイトの誰からも受け入れられません。
「光が正しいとか被害者とか、そういった一方的な描き方はしたくなかった。光は周りとコミュニケーションがおぼつかない。光は本を読むことで、自分の状況を把握しようとするのですが、どうしていいのかわからない。私の小学校時代も同じでした」
映画は光の少年時代の一時の描写ですが、岡倉さんの孤立は、中学生、高校生になっても続きました。
「私の顔を見て、『キモイ』と言う生徒がいました。視線による嘲笑もつらかった。私を見て、失笑するんです。学校は居心地の悪い場で、高校生のときにマスクを外すことができなくなりました」
「高校2年で中退し、家に引きこもりました。親に怒られましたが、嫌な思いばかりする学校に通うよりはよかった。勉強に集中できるようになり、大学に進学しようと。ようやく自分の人生のために生きられるようになった」
主人公の光にとって唯一の希望は、18歳でアゴの手術をすることです。岡倉さん自身も大学入学前の19歳のとき、矯正手術を受けました。
「受け口を気にしないで、活躍されている方もたくさんいます。でも私は受け口のために恥ずかしい思いをしたし、周囲から仲間外れにされたとの思いがありました。手術さえ受ければ、自分は報われるのではないかと考えていました。術後、鏡の前に立ったとき、安心感を得られました。自分の顔を見ることへの苦痛がなくなりました。アゴの形が矯正されたことで、発音も改善されました」
「手術のおかげで、容貌を中傷されることがなくなり、その分生きやすくなりました。ただ、すべてが解決されたわけではなかった。他者とのコミュニケーションが苦手なところは残っており、努力が必要でした」
21歳で早稲田大学に入学。映画サークルに入ったことが、岡倉さんにとっての救いとなりました。
「受け口に悩んだ過去はサークル仲間にも隠していました。うしろめたさがあり、それが表現欲につながりました。大学の卒業論文で今回の映画の元となった脚本を書くと、仲間から『いい脚本だね』と背中を押されました。映画制作のスタッフに加わってくれた仲間もおり、感謝しかありません」
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