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連載

#10 WEB編集者の教科書

2000人の記者を抱える新聞社がネットに本気を出すまで

読まれる場所へ狙いを定め、PDCAを回し続ける

朝日新聞社が運営する「withnews」編集長の奥山晶二郎さん=吉田一之撮影
朝日新聞社が運営する「withnews」編集長の奥山晶二郎さん=吉田一之撮影

目次

WEB編集者の教科書
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※Yahoo!ニュース・ノオトとの合同企画『WEB編集者の教科書』作成プロジェクトからお届けします。

情報発信の場が紙からデジタルに移り、「編集者」という仕事も多種多様になっています。新聞社や雑誌社、時にテレビもウェブでテキストによる情報発信をしており、ウェブ発の人気媒体も多数あります。また、プラットフォームやEC企業がオリジナルコンテンツを制作するのも一般的になりました。

情報が読者に届くまでの流れの中、どこに編集者がいて、どんな仕事をしているのでしょうか。withnewsではYahoo!ニュース・ノオトとの合同企画『WEB編集者の教科書』作成プロジェクトをスタート。第10回は、朝日新聞社が運営する「withnews」編集長の奥山晶二郎さんに話を伺いました。(取材・執筆・編集=波多野友子、名久井梨香、鬼頭佳代/ノオト)

取材力を生かし、デジタル領域へ本気で挑む新聞社
・デジタルへ本気で向き合うために、ネット向けの企画をゼロから作る。
・ブランドを確立していないなら、「読まれる場所」へ狙いを定める。
・記者の問題意識を企画へ明確に反映させる。

2007年、記者からデジタル部門への異動を志願

出典:withnews(ウィズニュース) | 気になる話題やネタをフカボリ取材(ウニュ)

2014年に朝日新聞の新規事業としてローンチされたwithnews。2020年5月には月間1億5300万ページビューを達成しています。

編集長・奥山晶二郎さんは、新卒で朝日新聞へ入社後、福岡や佐賀、山口の支局に配属。2007年の社内公募をきっかけに、デジタル部門へ異動し、ネットメディアへ関わりはじめます。

しかし、当時のデジタル部門は記者などの「編集職」ではなく、広告や営業などの「ビジネス職」が担当する領域。編集職として入社し、地方支局で記者として働いていた奥山さんの異動希望は、東京の人事部が本気かどうか確認に九州まで来るほど異例のことだったそう。なぜ、そのような志願をしたのでしょうか?

「新聞記者として現場で取材をしていましたが、福岡では紙面のレイアウトを作る部署に配属されたんです。そうしたら、その仕事が面白かった。私自身も『新聞記者とは人と会って話を聞くものだ』というイメージを持っていたのですが、書いた記事をどのように載せるのかを考える紙面編集は、マニアックだけど重要な仕事なんですよね。ライターは社外にもたくさんいますが、掲載基準や自分たちのメディアで何を伝えるのかを考える『紙面編集の機能』は、新聞社に最後まで残る役割なんじゃないか、と感じるようになったんです」

当然、紙面づくりには多大な時間と労力がかけられています。しかし、当時の赴任先である九州はいわゆる、各県の地方新聞社が強いエリアでした。

「新聞社らしい編集というすごく面白い仕事をしている自覚はあるのに、なかなか読まれていない。その2つの板挟みを感じていた頃、社内で「デジタル部門」を強化すべく、異動希望者の公募が出たんです。もしかしたらデジタル部門の仕事をすれば、この両方の思いがきれいに収まるんじゃないかと思うようになりました」

北海道出身の奥山さん。全国紙に入ったからには、「いつかは東京の仕事をしたい」という気持ちもデジタル部門への公募を後押ししたと言います=吉田一之撮影
北海道出身の奥山さん。全国紙に入ったからには、「いつかは東京の仕事をしたい」という気持ちもデジタル部門への公募を後押ししたと言います=吉田一之撮影

異動後は、1995年開設のニュースサイト「asahi.com」の運営や、過去記事のデジタルを含めた二次・三次利用の管理業務など、新聞記者として珍しいキャリアを重ねていきます。

「デジタル部門で仕事をしていると、徐々に『編集部門から来て、デジタルでいろいろやってる変わり者』というマニアックなポジションになりました。だから、のちにwithnewsへとつながる、若年層向けの新規プロジェクトへ参加しないかと声をかけられたんだと思います」

朝日新聞は、デジタルにまだ本気を出していなかった

2013年当時、新プロジェクトで役員から与えられた指示は、「新聞を読まない若年層にアプローチするために、何か立ち上げてほしい」というざっくりとしたものでした。ここには、新聞社が長く抱えていた大きな課題が反映されていたと言います。

「その頃には新聞を定期購読していないことが当たり前になりつつあったのに、そもそも新聞を読まない人たちとの接点を持つ取り組みが少なかった。つまり、『我々はまだデジタルに本気で対応していないのではないか』という問題意識があったんです。それで、いったん紙面から離れ、デジタルファーストで何ができるのか、構想しはじめました」

新聞を購読していない若年層との接点づくりのため、当初はオンライン会議やECサービスなどのメディアとは全く違うジャンルのサービスも候補にあがったそう。議論の結果、やはり多くの記者を抱える新聞社の強みを生かそうと、ウェブメディアの形式を取ることになりました。

他紙購読者からの乗り換えを促すアプローチに比べると、全く読まない層へはまだまだ手探り状態でした=吉田一之撮影
他紙購読者からの乗り換えを促すアプローチに比べると、全く読まない層へはまだまだ手探り状態でした=吉田一之撮影

「ネット上に新しいメディアを作ったとしても、紙面の記事をそのまま載せる従来の『新聞のデジタル版』では、きっと記事は読んでもらえません。そこで、ネットユーザーのニーズに合わせた企画をゼロから考えるスタイルを取ると決めました。例えば、インターネットでは、ユーザーが面白がることで大きな話題になるネタがあります。メディアとしても、ユーザー発の情報を追いかけて、もっとしっかり取り上げてもいいのではないかな、と」

さまざまな議論を経て決まった「withnews」というメディア名。「ユーザー目線を持って、一緒に企画を作るメディア」という意味を込めてつけたと言います。

読まれる場所へ狙いを定め、PDCAを回し続ける

withnewsの記事は、Yahoo!ニュースやSmartNewsなどのプラットフォームを通して、広く読者に届けられています。

特にYahoo! JAPANトップページのニュース欄は、通称「ヤフトピ砲」とも呼ばれるほど、大きな流入が見込める場所。多くのメディアにとって垂涎のポジションですが、Yahoo!ニュース トピックス編集部が記事の価値をジャッジし、厳選したニュースのみが掲載されています。

現在、withnews全体で月100〜150記事を配信しているなか、週3回程度はYahoo!ニュース トピックスへ記事が掲載されているそうです。ここまで頻繁に、ヤフトピに取り上げられるのは、立ち上げ直後からYahoo!ニュースで読まれることを意識しているからだそう。

=吉田一之撮影
=吉田一之撮影

「朝日新聞デジタルには、朝日新聞に関心がある人が集まりますが、新メディアだったwithnewsにはそんなブランドがありません。そこで、アプローチ方法を変えました。直接withnewsへ人を呼び込むのではなく、すでに人がいる場所へ記事を届け、記事ごとに読者とつながれないか、と。そこで、読者層も踏まえてYahoo!ニュース上で読まれることを一つの目標と決めました」

本来、運営側としては、自分たちのメディアに訪問してほしいもの。実際、withnewsも読者とつながるためにコメント欄や読者投稿企画などにも取り組んだ時期もあったそう。しかし、数カ月の取り組みを経て「かなり時間がかかりそうだと感じた」、と奥山さん。

メディアのブランド作りやSNSなど狙いが増えれば、人手は分散してしまいます。そこで、自分たちにとってのゴールを明確に決め、リソースを集中させ、判断基準を明確にしました。Yahoo!ニュースへの掲載という明確な目標を持ったことが、各企画の細かなPDCAにつながっています。

コンテンツ作りで大切なのは、新しいかどうか

そんなwithnewsが企画づくりで気をつけているのは「新しいかどうか」。企画のテーマからアプローチ、取材先、記者がとってくる一次情報など、あらゆる場面で「新しさ」を問う。これは紙面づくりとは違うアプローチでもありました。

「紙面で発信する場合、情報インフラとしてニュースを確実に伝える役割があります。つまり、他の新聞が掲載しているニュースは一通りきちんと押さえなくてはなりません。しかし、withnewsにはそういう縛りがありません。だったら、どんな記事を作っていくのか? これはwithnewsにとって重要な問いだったんです」

新聞社ならではのネットメディアの作り方を少しずつ模索していきます=吉田一之撮影
新聞社ならではのネットメディアの作り方を少しずつ模索していきます=吉田一之撮影

奥山さんがそのヒントを見出したのが、東京ニュース通信社のテレビ情報誌『テレビブロス』(2020年5月からデジタル版へ移行)でした。

「『テレビブロス』はテレビ雑誌なのに、誌面上に番組表をつけるのをやめたんです。それは、番組表をテレビ画面で見る時代になったから。その分のページを使って、もともとの看板だったサブカル路線の尖った企画やファンの多いコラムを掲載し、読み手を惹きつける方向に舵を切りました。ネットメディアも同様で、ニュースがコモディティ化した現在、情報をそのまま掲載するだけでは足りない。新しいものを見つけた人が勝ちという世界だと感じています」

現在、withnewsは尖った切り口のコラム記事も多数展開しています。なかでも、「報道」や「ニュース」を主とする紙面および朝日新聞デジタルでは扱いにくい一般人のインタビュー記事を掲載しているのが、一つの大きな特徴です。

「これまで新聞の紙面には掲載してこなかったけれど、じっくり話を聞くと、就職や結婚、挫折、成功体験など、読み手にとって、ボディブローのようにじわじわと響くネタは世の中に隠れています。これらの記事のバリューは非常に高い。そもそも新聞を読まない人向けのメディアを作るのが出発点でしたから、withnewsは読者の潜在的な関心を揺さぶる企画を作れればと思っています」

編集記者一人ひとりの問題意識を企画に反映する

現在、withnews編集部に所属するのは8名。「所属記者は、社会に対して課題感を持っている場合がほとんど」と奥山さん。

各メンバーは多岐にわたる専門性、異なるバックグラウンドをもち、追いかけているテーマも「外国人」「宗教」「10代の生きづらさ」……とばらばら。各記者は、そのテーマの記事を週1回は発信しています。

編集部のやりとりはSlackが中心。もともとSNSでバズったネタを取材するときには電話やメールを使っていたため、コロナ禍でも戸惑いは少なかったそう。

withnewsの運営を続けるうちに、Yahoo!ニュースのコメント欄で前向きな議論が起こる企画の特徴も分かってきました。その一つが、「記者の『顔』が見える記事」であること。

「例えば、妊娠中に仕事をしていた女性記者が、電車通勤中にマタニティマークを見た男性から言いがかりをつけられた……というごく個人的な風景がきっかけで生まれた企画があります。彼女は、その場ではやり過ごしたけれど、モヤモヤした気持ちを抱えていた。そこで、産婦人科医への取材やマタニティマークの普及率などを調査し、自分自身が感じた気持ちと合わせて、世の中がこうなったらいいなという提言で締める記事を書いたんです」

あえてネットらしい言葉を取り入れたタイトルで驚かせる一方、本文はかなり読み応えがある……というギャップも、より広く記事を読ませるコツなんだそう
あえてネットらしい言葉を取り入れたタイトルで驚かせる一方、本文はかなり読み応えがある……というギャップも、より広く記事を読ませるコツなんだそう 出典:マタニティマークつけたら…「ただのデブだろ」と言われて考えたこと (withnews)

「新聞記者になると、『客観性が大切』だと叩き込まれるんです。だから、通常の記事作りでは、『マタニティマークがスタートして10年経ち、今の普及率はこのくらいの数字になった』などの全体像から入って、余裕があれば当事者の声を入れる。なので、当事者の経験をきっかけに記事をつくるのは、いわゆる新聞の書き方とは全く逆なんです。けれど、経験が元になっているからこそ、大きな反響を得られたんだと思っています」

公開後はSNSで幅広く拡散されたほか、Yahoo!ニュースのコメント欄にも、「同じような経験がある」や「こうしたほうが正解と分かってるけど、なかなか進まないことってありますよね」など、当事者からもさまざまな意見が寄せられました。

「もちろん記事の中に明確な答えがあるわけではないのですが、記事をきっかけに議論が生まれ、ユーザーが新たな気づきを得たり、自分の考えを整理したりする効果が生まれたのではないかと感じた記事でした」

社内にいる「2000人の新聞記者」の力を借りる方法

一方で、新聞社の力を存分に生かした記事づくりも。日本全国、世界中に取材ネットワークを持つ朝日新聞だからこそ実現したのが、パキスタンのゲーム事情を紹介した「格ゲー業界騒然!パキスタン人が異様に強い理由、現地で確かめてみた」。担当したのは、朝日新聞イスラマバード支局長です。

政治経済を含むパキスタンの社会情勢を紹介しつつ、ゲームセンターに現れる宗教指導者の様子までをリアルに捉えた
政治経済を含むパキスタンの社会情勢を紹介しつつ、ゲームセンターに現れる宗教指導者の様子までをリアルに捉えた 出典:格ゲー業界騒然!パキスタン人が異様に強い理由、現地で確かめてみた(withnews)

しかし、いくら社内とはいえ、新聞記者は多忙な仕事。どうやって協力を取り付けているのかを尋ねると、「結局、お願いする場合は人間関係ですね。でも、記事を書きたい記者へ常に門戸を開くようにしています」と奥山さん。

その一つが、withnewsの状況をメーリングリストで週1回共有すること。現在500名以上の社内記者が購読し、地方支社に配属されていたとしても、withnewsへ気軽にコンタクトがとれる体制を積極的に作っています。

「2000人も記者がいる会社なので、知らない人にはなんとなく連絡を取りにくい雰囲気があるんです。そこで、定期的にメールで状況や考えていることを伝え、メールの最後に編集記者の連絡先も載せています。そうすれば、一人くらいは知り合いがいて、なにか企画が書きたくなった時も連絡がとりやすいんじゃないかなと思うんです」

企画で掲げる目標はPVに限らない

ヒット記事が多いwithnews。各企画を作る時、編集記者はどのような目標を掲げているのでしょうか?

「まず、メディアの売上などの数字を見るのは私の役目だと割り切っています。だから記者は、完全に特ダネを狙うハンターでいい。社内には、『なんでこんな記事を書けるの?』と驚かれるような変人記者が何人かいるんですが、そういう記者はユーザーフレンドリーな記事が書けなくてもいいと思っています。そこは、編集サイドがカバーしますから」

PVだけを一律で追い求めるのではなく、一つひとつの企画に合わせて達成したい目標を考えているそう。例えば、ニッチなテーマを取り上げるときには、どうしてもアクセス数が控えめになり、記者が悩んでしまうことも。そういう場合は、特定の層に届いているか、良い議論が起こっているかなど違うところへ目標を置いたほうがいいとのこと。

「最近では、だいぶwithnewsの世界観もできてきましたし、それぞれの記者のなかにネットで読まれる記事のノウハウも溜まってきました。そこでこの半年ほどは、専門性をもつ外部ライターと一緒に作る連載にも力を入れています。withnewsの記者が、編集者とプロデューサーとディレクターの役割を兼ねることで、外部の方と化学反応を起こせるんじゃないかな、とも期待しています」

withinews編集長・奥山さんの教え
・既存のやり方にとらわれず、「顔」の見える発信をしてみる
・社内の力を借りられるよう、情報をオープンにしておく
・PVだけに留まらず、各企画に適した目標を考える

一つひとつの企画で、丁寧に記者との編集者のコミュニケーションを重ねます=吉田一之撮影
一つひとつの企画で、丁寧に記者との編集者のコミュニケーションを重ねます=吉田一之撮影

もちろんwithnewsにも、収益面の課題もありました。例えば、「朝日新聞デジタル」は1カ月単位で購読できる有料サービス。読者からお金をもらう意味では、紙面と収益構造がほぼ同じです。

一方、withnewsの閲覧は無料。記事の間に表示される広告やタイアップ記事が資金源となるため、新しいマネタイズを模索しなければいけません。

「今は自社媒体に広告枠を出す以外の方法を模索しています。ビジネスにおいて企業が抱える課題を解決するために、広告を作るよりも前の段階からコミットしていければいいな、と。記事広告を作る以外にも、特設サイトの立ち上げやファンイベントをするほうが、相性がいいかもしれないですから」

withnewsを長く運営する中で見えてきたノウハウや気づきは、記事づくりに留まらず、読者や企業とのつながり方、収益面でも生かされています。

「これからは、今までのように単純じゃない、読者との新しい関係があるんじゃないかと思っているんです。それを各企業さんと話しながら模索して、カスタマイズし、フィードバックしていく。そこで根本的な価値提供ができれば、コロナ禍のような変化が起きても、影響を受けにくくなるじゃないかな、と。まだ、ちゃんとできているわけではありませんが、未来の姿としてそんなことを思い描いていたりします」

 

さまざまなジャンルのメディアや会社で活躍する、WEB編集者へのインタビューを通して、WEBメディアをとりまく環境を整理し、現代の“WEB編集者像”やキャリアの可能性を探ります。Yahoo!ニュース、ノオトとの合同企画です。水曜日に配信します。

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