連載
「夏目友人帳」の聖地・熊本 アニメが記録する「失われた景色」
その景色は、アニメの中に永遠に残されています。
連載
その景色は、アニメの中に永遠に残されています。
アニメ「夏目友人帳」の舞台として知られる熊本県球磨地方。令和2年7月豪雨では市街地の大部分が浸水するなど、未曾有の被害が出ています。「夏目友人帳」が地域やファンにどれだけ愛されていたのかについて振り返ります。
熊本県を中心に80人以上の死者・行方不明者を出した令和2年7月豪雨。特に被害が多かった熊本県球磨村と人吉市は、アニメ「夏目友人帳」の舞台としても知られています。「夏目友人帳」は熊本県出身の漫画家、緑川ゆきさんによって2003年から白泉社の雑誌「LaLa」などで連載中の漫画が原作で、08年からこれまで6期にもわたってアニメ化されている人気作です。
アニメでは熊本県の球磨地方を主な舞台として描かれています。肥薩線の人吉駅や大畑駅、人吉市内にある田町菅原天満宮や、相良村にある雨宮神社をはじめとする神社、そして今回氾濫(はんらん)した球磨川上流の市房ダムや、人吉市内にかかる西瀬橋や天狗橋などが「聖地」となり大勢のファンが訪れています。
地域とのタイアップが幾度ともなくなされており、2011年にアニメ3期が放送されて以降は、毎年8月に開かれる「人吉花火大会」のポスターに「夏目友人帳」のキャラクターが起用されています。地元を走る「くま川鉄道」でも13年以降、キャラクターが描かれた記念乗車券が毎年のように販売されており、地域を代表する作品へと成長しています。
ところが先日の豪雨で西瀬橋や天狗橋は橋りょうの一部が流出し、くま川鉄道は全ての車輌が浸水するなど長期運休を余儀なくされています。また、「聖地巡礼」に訪れるファンでなじみの宿となっていた「人吉旅館」も宿泊施設も水に浸かり、ファンの寄せ書きのノートやグッズが流失する被害に遭っています。
「聖地」が一変してしまった様子に、Twitter上のファンの間では悲しみの声が相次いでいるほか、一日も早く復興させようと寄付をする動きが盛んに見られます。自分の中の第2、第3のふるさとと言える場所のために、進んで何かしようという思いが感じられます。
「夏目友人帳」や、人吉市舞台のゲーム「まいてつ」などの作品の巡礼に、人吉市を何度も訪れたことがある花羅さんもこう残念がります。
「『聖地』として訪れていた場所が『落橋』などという被害を耳にすると、悲しい思いと同時に、復興に向かい協力したいという思いが交錯します。既に人吉市にはふるさと納税をさせていただきました。災害だけでなくコロナでもまだまだ大変ですが、落ち着いたら必ずまた足を運びたいと思います」
「聖地」として自分が大切にしている風景が失われてしまうことは、とても耐えがたいことです。しかし、別の考え方をすれば、アニメの中にその景色は永遠に残されている、という見方もできます。
アニメの中にある景色が過去のものになっているケースは、実は少なくありません。例えば、2008年放送のアニメ「かんなぎ」では、宮城県七ヶ浜町にある「鼻節神社」やその周辺の景色が作中に登場します。ところが、2011年に発生した東日本大震災の大津波によって、その景色は一変してしまっています。
他にも、2007年放送のアニメ「らき☆すた」のオープニングに登場する鷲宮神社の鳥居も今はありません。18年8月に老朽化が原因で倒壊し、現在再建が進められています。また、19年のアニメ映画「天気の子」に登場した東京都渋谷区のビル「代々木会館」も、現在では老朽化により取り壊されています。言うなれば、アニメの舞台になることは、その風景の記録でもあるのです。
そして、新たに「記録」は残されようとしています。2020年10月から、人吉市などを舞台のイメージにしたアニメ「レヱル・ロマネスク」の放送が始まります。この作品は16年に発売されたゲーム「まいてつ」をもとにしたアニメで、アニメの製作委員会からくま川鉄道の災害寄付金口座に100万円を寄付するなど、復興に取り組む動きを見せています。
ファンのTwitterなどでは、「また『聖地巡礼』したい」という声も少なくありません。筆者も、復興やコロナが落ち着けば、再び人吉市を訪れたいと思う一人です。被害に遭われた方々には心よりお見舞い申し上げるとともに、一日も早い復興をお祈り申し上げます。
河嶌 太郎
「聖地巡礼」と呼ばれるアニメなどのコンテンツを用いた地域振興事例の研究に学生時代から携わり、10以上の媒体で記事を執筆する。「聖地巡礼」に関する情報は「Yahoo!ニュース個人」でも発信中。共著に「コンテンツツーリズム研究」(福村出版)など。コンテンツビジネスから地域振興、アニメ・ゲームなどのポップカルチャー、IT、鉄道など幅広いテーマを扱う。
1/7枚