バブル~平成初期に、全国の観光地で売られていた懐かしい「ファンシー絵みやげ」を集める「平成文化研究家」山下メロさん。今はもうほとんど売られていないこの「文化遺産」を保護する活動をしています。今回は2018年に訪れた、三重県・赤目四十八滝での出来事です。旅程の限られた時間で「ファンシー絵みやげ」を探していた山下さんに、店員さんが取った意外な行動とは……。
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「ファンシー絵みやげ」とは、1980年代から1990年代かけて日本中の観光地で売られていた子ども向け雑貨みやげの総称です。地名やキャラクターのセリフをローマ字で記し、人間も動物も二頭身のデフォルメのイラストで描かれているのが特徴です。
写真を見れば、実家や親戚の家にあったこのお土産にピンと来る人も多いのではないでしょうか。
バブル~平成初期に全国の土産店で販売されていた「ファンシー絵みやげ」たち
バブル時代がピークで、「つくれば売れる」と言われたほど、修学旅行の子どもたちを中心に買われていきました。バブル崩壊とともに段々と姿を消し、今では探してもなかなか見つからない絶滅危惧種となっています。
しかし、限定的な期間で作られていたからこそ、当時の時代の空気感を色濃く残した「文化遺産」でもあります。私はファンシー絵みやげの実態を調査し、その生存個体を「保護」するため、全国を飛び回っているのです。
「メロさん、ファンシー忍者を見つけました。保護しましょうか?」
2015年12月。イラストレーターのべつやくれいさんからメッセージが届きました。ファンシー絵みやげを集め、その発信を続けていると、こうした「情報提供」が寄せられることもよくあります。
べつやくれいさんからの送られてきた写真。忍者モチーフのファンシー絵みやげが確認できる
べつやくさんから送られてきた写真には、「AKAME」と書かれた忍者のキーホルダー、そして鏡がありました。
これまでたくさんの「ファンシー絵みやげ」を集めてきた私でしたが、地名と思われる「AKAME」の表記は初めて見ました。まだ個体を保護したことがないのは明白です。べつやくさんにすぐに保護をお願いしました。
「AKAME」とはは三重県名張市にある赤目町。観光地・赤目四十八滝のファンシー絵みやげだったのです。
2015年当時の私は、あまり赤目四十八滝について詳しく知りませんでしたが、調べてみると、ファンシー絵みやげがありそうな、とても有力な観光スポットであることが分かりました。
赤目四十八滝は、実際に48本あるわけではありませんが、その名の通りたくさんの滝を有する渓谷で、伊賀忍者が修行した里ともいわれています。
更には滝へ向かう道沿いには土産店が軒を連ねていて、訪れる観光客の多さを物語っています。渓谷はオオサンショウウオの生息地で、日本サンショウウオセンターという飼育・展示施設まであります。
ファンシー絵みやげは、主にその地域固有の人物や生物をデフォルメしてキャラクター化したイラストを使いますので、忍者、そしてオオサンショウウオと、赤目四十八滝には役者が揃っています。しかも忍者ということは、他の地域で使うイラストを流用しつつ、背景に滝を描くことで、赤目四十八滝ならではの商品を作りやすい観光地なのです。
翌2016年1月にデイリーポータルZの新年会にて、無事にべつやくさんから保護品を引き継ぎました。
べつやくさんによると、ちょうど冬だったので赤目四十八滝にいくつもある土産店はほぼ閉まっていて、営業しているお店にこれがあったそうです。夏なら他の店も開いているから、もしかしたら見つかるかも……というお話でした。
ファンシー絵みやげが1つ見つかれば、さらに他にも色々と商品を作っていた可能性が高い。そしてオフシーズンゆえに調査できていない店がいくつもある。これは、ハイシーズンである夏、または紅葉の秋に自分の目で確かめに行かなくてはなりません。
なかなかハイシーズンに行く機会が作れず、少し忘れかけていた2年後の2018年8月3日。
私は名古屋から近鉄特急で奈良へ向かっていました。
車中で何気なく路線図を見ていると、途中に赤目口という駅があるのを目にしました。赤目四十八滝の最寄り駅です。
次の予定まで少し時間に余裕があったので、赤目口で降りて、バスで滝まで行って戻ってくることができないかとすぐに調べ始めました。すると、鉄道もバスも本数は少ないものの、なんと数時間は調査できるプランが見つかったのです。
しかも、今は夏休みの週末。完全なハイシーズンです。幸運に感謝しつつウキウキしながら急遽途中下車しました。
しかし赤目口駅で降り、バス停へ向かったところ、貼り紙がありました。
要約すると、台風により道路が陥没したためバスが終日運休ということでした。
愕然としましたが、落ち込んでいる時間はありません。次の列車まで時間がありますので、即座にスマホで徒歩のルートを検索しました。片道1時間。これならギリギリ現地で数十分は調査できるので行くことに。
しかし、そもそもこの状況で店が営業しているのか気になり、途中で会った人に聞くと「工事してるから歩行者も通れないかも」と言われました。
炎天下に片道1時間歩いて通れなかったら、何の成果もなく1時間引き返さなくてはなりません。歩を進めつつ逡巡しましたが、これは機転を効かせたギリギリのルートで調査できるはずが叶わず、ムキになっているだけだ……と自分の執着心を戒め、引き返すことに。別の場所の調査を優先し、残念ながら今回の調査は断念しました。
翌月、2018年9月21日。またチャンスが訪れました。
その日は和歌山県東部から三重県を経て名古屋へ向かう予定でした。しかしどうしてもリベンジしたかったので、赤目四十八滝に近い名張駅で宿泊。翌日の午前中に1時間ほど調査して、すぐに名古屋へ移動しようと考えたのです。
早朝から鉄道で赤目口駅へ。前回とは異なり、駅からのバスも動いているので乗車して赤目四十八滝に到着。しかし天気は雨で、立ち並ぶ土産店はシャッターがおりています。
話を聞けば、繁忙期の夏と秋のちょうど間とも言える9月は観光客も少なく、雨だと土日でも店の方は店を開けにいらっしゃらないことが多いそうです。
数店舗は営業されていましたが、全部の土産店を調査しようと思って来たので肩透かし感が拭いきれません。しかし、時間もないので数店舗を足早に調査していると、最後の最後に、べつやくさんが調査された店にたどり着きました。
店の方が出してきてくださったのは、壺のような形をした鈴のキーホルダーです。ファンシーな忍者のイラストが描かれています。
即座に他の店員さんにも情報が共有されましたが、なかなか見つかりません。
なぜ私がここまで「地名入り」にこわだっているかというと、2つの理由があります。
第一に、「地名」は「観光地から持ち帰ってきた記念品」の証拠となるため、一般的な「お土産品」としても重要な要素だからです。
逆に言えば、地名がなければ、どこでも買えるものと変わりません。私の「研究」としての観点からも、単なる忍者のキャラクターイラストだけの商品を買って帰っても、それが赤目四十八滝で保護したものであるという客観的な根拠にはならないのです。
第二に、「地名の入れ方」が当時の観光地の規模を示すケースもあります。たくさん観光スポットや土産店を抱える大規模な観光地の場合、オリジナル商品を大量生産することができます。こうした商品は地域限定で販売できるため、製造する際に、地名が書き込まれたイラストをプリントすることができるのです。
イラストとともに地名がプリントされている。左はどこででも使えるイラストだが、右は滝と紅葉が描かれており、赤目のみで使えるイラストとなっている。AKB48より早くAKAME48が存在したのだ。
対して小規模な観光地の場合は、販売できる店舗の数が少なかったり、購入される数も少なかったりするため、地域限定のオリジナル商品をなかなか作ることができません。そのため、地名を入れずに大量生産された商品に、地名を上からプリントしたり、地名入りのタグを後から縫いつけたりして販売することが往々にしてあります。
裏側を見ると、「伊賀上野」「MATSUMOTO(松本)」。全く別の場所のお土産だ。左はシール、右はプリントと、後から地名を入れる方法にも種類がある。
地名の有無やその印字方法が当時の観光地の規模を示す要素であるため、「地名入り」が見つかると「ここも地域固有の商品作ってたんだ!」と嬉しくなりますし、なるべくなら「地名入り」の商品を探し出して、保護して帰りたいという気持ちがあるのです。
ここで見ている忍者イラストの商品自体は、伊賀など忍者の里はもちろんですが、他にも城や城下町、そして京都や金沢といった古都などでもよく使われます。
忍者イラストは、歴史的な場所であれば、そんなに的外れな商品にならない便利なモチーフであり、しかも忍者は子どもに人気です。そのため、地名が入っていない、どこでも売ることができる商品がたくさんあったのです。
冒頭で触れたとおり、忍者の里と言われる赤目四十八滝では「AKAME」とプリントされた地域限定のキーホルダーが作られていましたが、地名がない忍者イラストの商品も売られていたということが、今回の調査でわかりました。
その後もこの店内を探していると、まだファンシー絵みやげが少し残されていました。しかし帰りのバスの時間も迫ってたので、私はとりあえずここまでで見つけたものを保護することにしました。
親切心か、お客さんが少ない時期だからか、店員さんも積極的です。公共交通機関まで止めようとする店員さんのアグレッシブさに驚きました。
しかし、もし店員さんがバスを止めるのを失敗したり、そもそも運転手さんが対応してくれなかったりしたら、3時間待ちになってしまいます……。ここでの判断は重要です。
急いで代金を支払っていると、他の店員さんが出てきました。
ギリギリでの出来事に、私は驚きました。見てみると、それは先ほど「地名が入ってない」と私が言った忍者のイラスト入りの鈴でした。
私は、地名がプリントされたバージョンがあったのかと思って裏返しました。
見ると……そこには明らかにマジックで手書きされた「赤目」「四十八滝」の文字が……。
ほとんど書く余白がないのに、無理やり書いてあります。
なるほど。確かに地名が入っています。
「もしや」と思い、鈴が元あった場所に目をやると、先ほどそこにあったはずの商品がありません。これはおそらくさっきの商品を店の奥へ持って行ってマジックで書いたのでは……。
私が欲しいのは、80~90年代に製造され売られていた、地名がプリントされた商品であって、手書きでも地名があれば良いという訳ではありません……。ちょっとしたミスマッチが起こってしまっていました。
「ファンシー絵みやげ」の保護活動の趣旨からすれば、「いらないもの」なのですが、バスの時間ギリギリだったので細かい話をしている時間もなく、もどかしさを抱きつつも「そうです!こういう感じです!」と言ってその鈴を保護してバスに乗り込みました。
帰りの車中で、その鈴を見ると「そういうことじゃないんだよなぁ」という気持ちが湧いてきます。しかし、突然店を訪れて、時間がないと言いながら大慌てでモノ探しする自分に対して「よく分かっていない」ながらも、即座にマジックで「赤目」と書いてくれた。商魂たくましいだけかもしれませんが、自分の願いを叶えてくれるために、わざわざ手間をかけてくれたのです。
……もはやこれは「プリントじゃないと意味がない」という次元を遥かに超えています。保護活動や資料的価値などとは関係がありません。
「いらないもの」と思って梱包もせず手でもってきた鈴ですが、なんだか愛着が湧いてきて、バスの中で丁寧にティッシュでくるんで持ち帰りました。店員さんから手書きのラブレターをもらったような気持ちになったのです。自分にしか分からない、世界で唯一の宝物になりました。
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山下メロさんが「ファンシー絵みやげ」を保護する旅はまだまだ続きます。withnewsでは原則隔週月曜日、山下さんのルポを配信していきます。