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連載

#44 #やさしい日本語

「弁当ただであげます」中国料理店主が知った日本語「かさ地蔵」

目次

新型(しんがた)コロナウイルスで困(こま)っている人(ひと)のため、中華料理(ちゅうかりょうり)店(てん)「三巴(さんば)湯(たん)火鍋(ひなべ)」(東京(とうきょう)・墨田区(すみだく))は、毎日(まいにち)、お弁当(べんとう)をただで配(くば)りました。すると、店(みせ)を応援(おうえん)したい人(ひと)、感謝(かんしゃ)をしたい人(ひと)が、店(みせ)の前(まえ)に野菜(やさい)を置(お)いて行(い)ったり、お金(かね)を送(おく)ったりしました。「まるで『かさ地蔵じぞう』みたい」。「困こまった人ひとがいたら、また温あたたかい食事しょくじをあげたい」と話はなす店主てんしゅの李りさんと一緒いっしょに「やさしい日本語にほんご」で考かんがえました。

日本語(にほんご)にまだ慣(な)れていない人(ひと)のために、「やさしい日本語(にほんご)」で書(か)きました。

下(した)に「ふりがな」を消(け)した文(ぶん)があります。
 

一橋大学(ひとつばしだいがく)の庵功雄(いおりいさお)教授(きょうじゅ)に監修(かんしゅう)してもらいました。


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きょうのことば

「雪の降る大晦日のことでした」

中華料理(ちゅうかりょうり)店(てん)「三巴(さんば)湯(たん)火鍋(ひなべ)」では、4月(がつ)14日(か)から6月(がつ)2日(か)まで、お弁当(べんとう)をただで配(くば)りました。新型(しんがた)コロナウイルスで働(はたら)くことができない人(ひと)や、困(こま)っている人(ひと)がたくさん来(き)ました。そして、店長(てんちょう)の李(り)さんには、「いつもありがとう」「応援(おうえん)しています」と、たくさんの贈(おく)り物(もの)が届(とど)きました。
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飲食店のパートだという人からは、「先月は今までの2割程度しか稼げませんでしたが、誰かの役に立てたらと思いました」と書いた励ましの手紙と、その人が4月に稼いだ給料の2万円が贈られました
飲食店のパートだという人からは、「先月は今までの2割程度しか稼げませんでしたが、誰かの役に立てたらと思いました」と書いた励ましの手紙と、その人が4月に稼いだ給料の2万円が贈られました

「何もしないで、そこを通ることができませんでした」

ーー李(り)さんのお店(みせ)の話(はなし)を聞(き)いて、日本人(にほんじん)の同僚(どうりょう)が「まるで、かさ地蔵(じぞう)みたいだ」と言(い)いました。李(り)さんは、かさ地蔵(じぞう)という言葉(ことば)を、聞(き)いたことがありますか。



daisan 「私(わたし)ははじめて聞(き)きました」
「かさ地蔵(じぞう)」は、こんなお話(はなし)しです。

むかしむかし、あるところに、貧乏(びんぼう)だけど心(こころ)優(やさ)しい、おじいさんとおばあさんがいました。

ある年(とし)の大晦日(おおみそか)(1年(ねん)の最後(さいご)の日(ひ))。
おじいさんは、自分(じぶん)で作(つく)ったかさを町(まち)へ売(う)りに行(い)きました。
お正月(しょうがつ)に食(た)べるためのおもちを買(か)おうと思(おも)っていました。
イラスト:福娘童話集
イラスト:福娘童話集
おじいさんは、5つのかさを持(も)って出(で)かけました。
家(いえ)を出(で)てすぐに、雪(ゆき)が降(ふ)ってきました。

おじいさんが、村(むら)の一番(いちばん)遠(とお)いところまで来(き)たら、お地蔵(じぞう)さまが6つ、ならんで立(た)っています。お地蔵(じぞう)さまの頭(あたま)にも肩(かた)にも、雪(ゆき)が積(つ)もっていました。 これを見(み)たおじいさんは、何(なに)もしないで、そこを通(とお)ることができませんでした。

「お地蔵(じぞう)さま、雪(ゆき)が降(ふ)って寒(さむ)いだろうな。せめて、このかさをかぶってください」

おじいさんは、売(う)ろうと思(おも)っていたかさを、お地蔵(じぞう)さまの頭(あたま)にかぶせました。
イラスト:福娘童話集
イラスト:福娘童話集
でも、お地蔵(じぞう)さまは6つありましたが、おじいさんは、かさを5つしか持(も)っていませんでした。

だから、おじいさんは自分(じぶん)のかさを脱(ぬ)いで、最後(さいご)のお地蔵(じぞう)さまの頭(あたま)にかぶせました。
イラスト:福娘童話集
イラスト:福娘童話集
家(いえ)へ帰(かえ)って、おじいさんはおばあさんに、お地蔵(じぞう)さまのことを話(はな)しました。おばあさんは、「それは良(よ)い事(こと)をしましたね。おもちは、なくてもいいですよ」と喜(よろこ)んで言(い)いました。

その夜(よる)、おじいさんとおばあさんはふしぎな歌(うた)を聞(き)きました。

「♪じいさんの家(いえ)はどこだ。♪かさのお礼(れい)を、届(とど)けに来(き)たぞ」

おじいさんの家(いえ)の前(まえ)でズシーン!と、何(なに)かを置(お)く音(おと)がして、そのまま音(おと)は消(き)えてしまいました。

おじいさんがそっと戸(と)を開(あ)けたら、おじいさんのあげたかさをかぶったお地蔵(じぞう)さまたちの後(うし)ろ姿(すがた)が見(み)えました。 そして家(いえ)の前(まえ)には、お正月(しょうがつ)用(よう)のおもちやごちそうが山(やま)のようにたくさんありました。

福娘童話集「かさじぞう」
「かさじぞう」を、英語(えいご)、中国語(ちゅうごくご)、台湾語(たいわんご)で読(よ)むことができます。
イラスト:福娘童話集
イラスト:福娘童話集

かさ地蔵の後ろ姿のように見えた八百屋さん


daisan 「『かさ地蔵(じぞう)』はとても温(あたた)かいストーリーですね」


ーー中国(ちゅうごく)にも似(に)た物語(ものがたり)がありますね。「タニシ娘(むすめ)の恩返(おんがえ)し(田螺姑娘)」「白蛇(しろへび)伝(でん)」などがありますね。日本(にほん)では、「良(よ)いことをすると自分(じぶん)に返(かえ)ってくる」という意味(いみ)で「情(なさ)けは人(ひと)のためならず」ということわざもあります。この素朴(そぼく)な感覚(かんかく)は、日本(にほん)にも中国(ちゅうごく)にも、あるようですね。

daisan 「確(たし)かにそう思(おも)います。毎日(まいにち)のように野菜(やさい)を店(みせ)の前(まえ)に置(お)いてくれた八百屋(やおや)さんには、一度(いちど)も会(あ)うことができませんでした。お弁当(べんとう)を配(くば)った最後(さいご)の日(ひ)(6月(がつ)2日(にち))に、私(わたし)は八百屋(やおや)さんを私(わたし)の店(みせ)でずっと待(ま)っていましたが、八百屋(やおや)さんは来(き)ませんでした」

daisan 「でも一回(かい)だけ、野菜(やさい)を届(とど)けてくれた人(ひと)の後(うし)ろ姿(すがた)を見(み)たことがあります。私(わたし)はその人(ひと)をすぐ追(お)いかけましたが、追(お)いつくことができませんでした。『かさ地蔵(じぞう)』の物語(ものがたり)を聞(き)いて、その姿(すがた)が最(さい)後(ご)の部分(ぶぶん)の「お地蔵(じぞう)様(さま)の後(うし)ろ姿(すがた)」と重(かさ)なりました……。八百屋(やおや)さんのことはとてもありがたいと思(おも)っています」
「余った野菜を提供したい。置く場所を教えてほしい」という電話をもらった次の日から、店の前に野菜の箱が置かれるようになりました。ほぼ毎日、野菜は置いてありました。でも、送り主は名前も明かさず、姿を見せたこともありませんでした
「余った野菜を提供したい。置く場所を教えてほしい」という電話をもらった次の日から、店の前に野菜の箱が置かれるようになりました。ほぼ毎日、野菜は置いてありました。でも、送り主は名前も明かさず、姿を見せたこともありませんでした

お弁当をあげて気がついたこと

ーーお店(みせ)をまた始(はじ)めましたね。どうですか。
daisan 「今日(きょう)最初(さいしょ)に来(き)たお客(きゃく)さんは、お弁当(べんとう)をよくもらいに来(き)ていた人(ひと)でした。店(みせ)が始(はじ)まる前(まえ)からお店(みせ)の前(まえ)に来(き)て、待(ま)っていました」

ーー李(り)さんのお店(みせ)の味(あじ)がとても好(す)きになったのでしょうか。それも一(ひと)つの感謝(かんしゃ)の気持(きも)ちの表(あらわ)し方(かた)かもしれませんね。
daisan 「そうですね。無料(むりょう)のお弁当(べんとう)でも、私(わたし)が自慢(じまん)している『店(みせ)の味(あじ)』は変(か)えませんでしたから(笑)。無料(むりょう)でなくなっても、来(き)てくれて、感謝(かんしゃ)しています。 でも、今回(こんかい)ただでお弁当(べんとう)を配(くば)って、『日本(にほん)にも、貧乏(びんぼう)で食事(しょくじ)をほとんどすることができない人(ひと)がいる』ことがわかりました。ゴミ箱(ばこ)から食(た)べ物(もの)を探(さが)していた人(ひと)も見(み)ました……」


daisan 「まだ小(ちい)さい兄弟(きょうだい)が二人(ふたり)でお弁当(べんとう)をもらいに来(き)たこともあったので、子(こ)どもの貧困(ひんこん)問題(もんだい)(貧乏(びんぼう)な子(こ)どもがたくさんいること)もあらためて感(かん)じました」
「新型(しんがた)コロナで生活(せいかつ)に困(こま)っている人(ひと)が増(ふ)えています。私(わたし)たち食(た)べ物(もの)の店(みせ)をやっている人(ひと)たちにできることは、温(あたた)かい食事(しょくじ)をただであげることぐらいです」
 
お弁当をもらおうと、行列ができることもありました
お弁当をもらおうと、行列ができることもありました

本当に困っている人に食事をあげることを続けたい


ーー営業(えいぎょう)をまた始(はじ)めた気持(きも)ちはいかがでしょうか。



daisan 「しばらくの間(あいだ)は、店(みせ)に来(く)るお客(きゃく)さんが少(すく)なくても、仕方(しかた)がない、と思(おも)っています。 お弁当(べんとう)をただであげることはやめましたが、もし本当(ほんとう)にお腹(なか)がすいて困(こま)っている人(ひと)がいれば、三巴(さんば)湯(たん)(私(わたし)の店(みせ))に来(く)れば、その人(ひと)になんとか食(た)べ物(もの)をあげることができるようにしたいです。 食(た)べ物(もの)の店(みせ)をしているほかの人(ひと)にも、お願(ねが)いしたいです」


ーー「困(こま)っている人(ひと)をそのままにすることはできない」という李(り)さん気持(きも)ち。李(り)さんに感謝(かんしゃ)して、李(り)さんのお店(みせ)を助(たす)けようとした人(ひと)たちの気持(きも)ち。「かさ地蔵(じぞう)」のように、善意(ぜんい)(ほかの人(ひと)を助(たす)けたいと思(おも)う気持(きも)ち)と恩返(おんがえ)し(自分(じぶん)が受(う)けた感謝(かんしゃ)を返(かえ)そうとする気持(きも)ち)が、これからもつながっていくといいですね。
 
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【自動翻訳用】ふりがな なし

■きょうのことば
「かさ地蔵」 ……「かさこ地蔵」 とも言います。日本の有名な昔話です。貧乏だけど、心優しい、おじいさんとおばあさんが良いことをしたら、家にたくさんの贈り物が届いた、という物語です。

■雪の降る大晦日のことでした
中華料理店「三巴湯火鍋」では、4月14日から6月2日まで、お弁当をただで配りました。新型コロナウイルスで働くことができない人や、困っている人がたくさん来ました。そして、店長の李さん(45)には、「いつもありがとう」「応援しています」と、たくさんの贈り物が届きました。

――李さんのお店の話を聞いて、日本人の同僚が「まるでかさ地蔵みたいだ」と言いました。李さんは、かさ地蔵という言葉を、聞いたことがありますか。

李さん「私ははじめて聞きました」

――「かさ地蔵」は、こんなお話しです。
むかしむかし、あるところに、貧乏だけど心優しい、おじいさんとおばあさんがいました。 ある年の大晦日(1年の最後の日)。 おじいさんは、自分で作った かさを町へ売りに行きました。お正月に食べるためのおもちを買おうと思っていました。
おじいさんは、5つのかさを持って出かけました。 家を出てすぐに、雪が降ってきました。 おじいさんが、村の一番遠いところまで来たら、お地蔵さま(おじぞうさま)が6つ、ならんで立っています。お地蔵さまの頭にも肩にも、雪が積もっていました。 これを見たおじいさんは、何もしないで、そこを通ることができませんでした 。
「お地蔵さま、雪が降って寒いだろうな。せめて、このかさをかぶってください」
おじいさんは、売ろうと思っていたかさを、お地蔵さんの頭にかぶせました。 でも、お地蔵さまは6つありましたが、おじいさんは、かさを5つしか持っていませんでした。 だから、おじいさんは自分のかさを脱いで、最後のお地蔵さまの頭にかぶせました 。
家へ帰って、おじいさんはおばあさんに、お地蔵さまのことを話しました。おばあさんは、「それは良い事をしましたね。おもちは、なくてもいいですよ」と喜んで言いました。
その夜、おじいさんとおばあさんはふしぎな歌を聞きました 。 「♪じいさんの家はどこだ。♪かさのお礼を、届けに来たぞ。」おじいさんの家の前でズシーン!と、何かを置く音がして、そのまま音は消えてしまいました。
おじいさんがそっと戸を開けたら、おじいさんのあげたかさをかぶったお地蔵さまたちの後ろ姿が見えました。 そして家の前には、お正月用のおもちやごちそうが山のようにたくさんありました。

■かさ地蔵の後ろ姿のように見えた八百屋さん
李さん「『かさ地蔵』はとても温かいストーリーですね」
――中国にも似た物語がありますね。「タニシ娘の恩返し(田螺姑娘)」「白蛇伝」などがありますね。日本では、「良いことをすると自分に返ってくる」という意味で「情けは人のためならず」ということわざもあります。この素朴な感覚は、日本にも中国にも 、あるようですね。
李さん「確かにそう思います。毎日のように野菜を店の前に置いてくれた八百屋さんには、一度も会うことができませんでした。お弁当を配った最後の日(6月2日)に、私は八百屋さんを私の店でずっと待っていましたが、八百屋さんは来ませんでした 。 でも一回だけ、野菜を届けてくれた人の後ろ姿を見たことがあります。私はその人をすぐ追いかけましたが、追いつくことができませんでした。『かさ地蔵』の物語を聞いて、その姿が最後の部分の『お地蔵様の後ろ姿』と重なりました……。八百屋さんのことはとてもありがたいと思っています」 

■お弁当をあげて気がついたこと
――お店をまた始めましたね。どうですか。
李さん「今日最初に来たお客さんは、お弁当をよくもらいに来ていた人でした。店が始まる前からお店の前に来て、待っていました。
――李さんのお店の味がとても好きになったのでしょうか。それも一つの感謝の気持ちの表し方かもしれませんね。
李さん「そうですね。無料のお弁当でも、私が自慢している『店の味』は変えませんでしたから(笑)。無料でなくなっても、来てくれて、感謝しています。 でも、今回ただでお弁当を配って、『日本にも、貧乏で食事をほとんどすることができない人がいる』ことがわかりました。ゴミ箱から食べ物を探していた人も見ました……。 まだ小さい兄弟が二人でお弁当をもらいに来たこともあったので、子どもの貧困問題(貧乏な子どもがたくさんいること)もあらためて感じました。新型コロナで生活に困っている人が増えています。私たち食べ物の店をやっている人たちにできることは、温かい食事をただであげることぐらいです」

■本当に困っている人に食事をあげることを続けたい
――営業をまた始めた気持ちはいかがでしょうか。
李さん「しばらくの間は、店に来るお客さんが少なくても、仕方がない、と思っています。 お弁当をただであげることはやめましたが、もし本当にお腹がすいて困っている人がいれば、三巴湯(私の店)に来れば、その人になんとか食べ物をあげることができるようにしたいです。 食べ物の店をしているほかの人にも、お願いしたいです」
――「困っている人をそのままにすることはできない」という李さん気持ち。李さんに感謝して、李さんのお店を助けようとした人たちの気持ち。「かさ地蔵」のように、善意(ほかの人を助けたいと思う気持ち)と恩返し(自分が受けた感謝を返そうとする気持ち)が、これからもつながっていくといいですね。