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連載

#55 #となりの外国人

ジャングルの町から生まれた「歌姫」の正体 耳で覚えた日本語カバー

「きれいで、美しい響き」

「私の生まれ故郷の写真です。ジャングルがあって、家からは山が見えます」とレイニッチさんが写真を送ってくれました
「私の生まれ故郷の写真です。ジャングルがあって、家からは山が見えます」とレイニッチさんが写真を送ってくれました

目次

アメリカ出身の人気女性ラッパー、ドージャ・キャット(Doja Cat)のヒット曲「say so」を日本語でカバーした動画が、注目を集めています。「夜、朝までずっとそばにいて……♪」。耳に残る無垢な声。日本語で歌う童顔のシンガーは、イスラム女性のヒジャブをかぶっています。この動画は、ドージャさん本人の目に留まり、「激アツ!」と大絶賛された、この歌手は一体、誰なのか。たどってみると、アメリカからも、日本からも遠く離れた、南国の小さな町につながっていました。

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日本から遠く離れた南国の小さな町から、世界に向けて、大好きな日本語の歌を発信を続けているRainychさんの歌声です。記事を読みながら聴くと、世界が少しつながるかもしれません。
 

She is fire!

日本語でカバーされたドージャさんのヒット曲「say so」は、動画投稿サービス「TikTok」でダンス動画としても大人気になりました。

4月、ドージャさんが、インスタライブ中に「日本語バージョン?」と、ある動画を視聴している様子が配信されました。

日本語の「Say So」が流れ始めると、ドージャさんは両手で顔を押さえ、「信じられない!」という表情を作りました。そして、曲に合わせて踊りながら、呆然としたり、頭を抱えたり、泣きそうに顔を崩しながら「What!?」と絶叫。そして「She is fire!(やばい!激アツ!)」と称賛を繰り返しました。

その率直過ぎるリアクションも相まって、「歌っているのは何者だ?」と注目が集まりました。

レイニッチさんの歌声に歓声を上げたドージャ・キャットさんのインスタライブ(左)
レイニッチさんの歌声に歓声を上げたドージャ・キャットさんのインスタライブ(左) 出典:Say So - Doja Cat Reacts To Rainych Japanese Cover Side By Side

謎の歌手、「Rainych」さんのYouTubeチャンネルを見てみると、登録者数は72万人超。でも、基本情報はほとんどありません。「インドネシア」のアカウントらしいことが分かり、英語とインドネシア語、日本語で取材申し込みを送ってみました。

返事はインドネシア語で、すぐに返って来ました。「評価頂き、うれしいです。でも、私、残念ながら東京に住んでいないのですが、オンライン取材で大丈夫ですか……」

近くにはジャングルも

SNSのビデオ通話で「Rainych」さんと話すことができました。
「こんにちは~!」と自宅から気さくな笑顔で答えてくれました。

まず、ドージャさんも戸惑っていたお名前の発音を伺いました。

「レイニッチと読みます。私の『ステージネーム』です」。コロコロと笑いながら話す様子は、画面越しでも、小柄でかわいい女の子、という雰囲気です。

失礼を承知で年齢を聞くと「27歳です」。「中学生くらいかと思いました!」と驚くと、またコロコロと笑いました。

YouTubeに投稿されている動画の多くは、日本語の歌だったので、日本在住ではとも思っていましたが、日本にはまだ来たこともないと言います。
現在のお住まいは、インドネシア西部のスマトラ島にあるリアウ州。「小さな町に住んでいます。大きな町までは、車で3時間。近くにはジャングルもありますよ」

なぜ、そんな町から、世界から注目される日本語動画が投稿されたのでしょう?

「私の故郷がある、西スマトラの自然豊かな風景です」とレイニッチさんが送ってくれた写真
「私の故郷がある、西スマトラの自然豊かな風景です」とレイニッチさんが送ってくれた写真

1000円のマイクから広がった世界

レイニッチさんは「私はプロの『YouTuber』ではないんです。YouTubeだけでは生活できないので、フリーランスのお仕事をしています」と言います。

レイニッチさんが、歌う動画を投稿したのは、約5年前でした。
「当時は、仕事と家の往復で、ストレスがたまっていました」

何か気晴らしをしたいと、思いついたのが歌を歌うことでした。
「でも、歌は独学なんです。ステージに立って人前で歌ったことはありません」

最初にカバーしたのは、日本のアニメ「NARUTO(ナルト)」の曲でした。
「『名探偵コナン』も『ナルト』も、小さな頃からずっと身近にあったんです。テレビでも放映されていたし、マンガは貸本屋でいつも読んでいました」

「日本」は小さいころから身近に感じていたというレイニッチさん=本人提供
「日本」は小さいころから身近に感じていたというレイニッチさん=本人提供

日本語も勉強したことはありませんでした。すべて耳で聞いて覚えたと言います。

町の市場にある小さな店で、配信用に12万ルピア(約1000円)のマイクを買いました。
「ほかの音楽YouTuberが聞いたら、笑っちゃうような普通のマイクです」

それでも見よう見まねで、動画の投稿を始めました。

カメラを買ったのは、昨年、チャンネル登録者が1万人になったときだったそうです。

ネット上には、日本語の歌を愛する人のコミュニティーもあります。レイニッチさんの世界は広がっていきました。

アメリカ、ヨーロッパ、世界各国からの視聴者が訪れるようになりました。

「日本語はきれい」

これまでは原曲が日本語のものをカバーしてきましたが、「ドージャの歌をYouTubeで見たときから、『すごくかわいい』ってずっと頭に残っていたんです」。

どうしても「Say So」を歌ってみたい。ならば、日本語訳を作ってしまおう!と思いたち、頼ったのは、日本語の歌を愛する人のコミュニティーでした。
そこで知り合った、東京に留学中のインドネシア人に日本語訳をお願いしました。
音楽もオリジナルミックスを依頼しました。

「だから、私が作ったわけではないんです」

実はレイニッチさんは、日本語は勉強したことがないと言います。どうして日本語の歌にこだわるのでしょうか。

「日本語はきれいで、美しいです。発音も、聴き心地が良い。初めて聞いたときから、日本語の『音』がとても好きでした。それが、Say Soの曲にもとても合っているんじゃないでしょうか。インドネシア語訳だったら、こんな響きにはならないでしょう」

日本人歌手も、歌詞に英語を織り交ぜることがあります。
さまざまな言語の中で、レイニッチさんは日本語の響きを「きれいで、美しい」と表現しました。その感性は、ドージャさん本人を始め、世界中の人に共有されたようです。動画は再生回数が1000万回超となり、今も広がっています。

「日本語が好き。この歌が好き」

「ドージャが、インスタライブで、歌を褒めているよ!」と友人から教えてもらったとき、最初は、レイニッチさんは「どうせ、びっくり用の合成だろう」と信じられませんでした。

まさか、あの「インターネットの歌姫」が見るはずがない……

ところが、インスタライブ中にドージャが歌手の名前を連呼しています。「彼女の名前は……レイニ……?レインチ……?」

「私だ!」感激のあまり、声がしばらく出ませんでした。

この影響で、レイニッチさんのYouTubeチャンネルの登録者も一気に増えました。アルゼンチンやフィリピンや韓国からも、コメントが寄せられました。「まさに天使の歌声」「なんか泣ける」「インドネシアの人が、英語の歌を、日本語で歌うなんて、すごすぎる」などといった反響が並んでいます。

ネットをざわつかせたこの動画、撮影場所は「自分の部屋でした」
ネットをざわつかせたこの動画、撮影場所は「自分の部屋でした」

コメントには一部で、「日本語が間違っている」という指摘もありました。一方で、レイニッチさんは「日本の人は褒めてくれることが多かったです」と感謝します。

レイニッチさんは、謙虚です。「もちろん、日本人より日本語がうまく歌えるわけないと思っています。今回の反響は、偶然の産物です」

それでも、日本語の歌は歌っていきたいと言います。
「私は日本語が好きで、この歌が好き。だからやってみたい。それだけです。もっと良くするためにアドバイスがあったら、ぜひお願いします」


マイクは新調しました。初代のマイクの10倍するマイクを買いました。「それでもまだ他のYouTuberから見たら安いぐらいですけどね」

「日本にはまだ行ったことがありません。いつか行ってみたい」と話したレイニッチさん=本人提供
「日本にはまだ行ったことがありません。いつか行ってみたい」と話したレイニッチさん=本人提供

最近は、80年代にリリースされた竹内まりあさんの「プラスティック・ラブ」をカバーしました。「プラスティック・ラブ」は、動画投稿がきっかけで改めて世界で注目を集め、多くの海外の歌い手にカバーされているそうです。

インターネットでは、時代も、国境も、言語も、軽々と飛び越えて、「良いものは良い」と評価され、広がっていく。そのエネルギーを感じました。


インタビューの後、レイニッチさんがメールで故郷の写真などを送ってくれました。そのメールはこう締めくくられていました。

「私のコンテンツがさまざまな人種や国籍の違う人たちをつないで、インドネシアと日本のことを世界にポジティブに広げていくことができたら、こんなにうれしいことはありません」

 

 日本で働き、学ぶ「外国人」は増えています。でも、その暮らしぶりや本音はなかなか見えません。近くにいるのに、よくわからない。そんな思いに応えたくて、この企画は始まりました。あなたの「#となりの外国人」のこと、教えて下さい。

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