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コロナと大学野球、強豪大学4年エースの今 秋を信じ自炊と自主練習
コロナが狂わす大学アスリート
新型コロナウイルスの感染拡大は、大学生アスリートの将来への不安を大きくしています。史上初となる中止が発表された全日本大学野球選手権。全国の舞台での活躍を夢見て練習を重ねてきた選手たちは、どんな思いでいるのでしょうか? 強豪校の大阪商業大の吉川貴大さんは4年でエース、プロ野球2軍との試合で完封も果たしました。阪神の藤浪晋太郎投手の感染にショックを受けながら、前向きさを失わないよう自主練習を続ける日々。大学アスリートの今を聞きました。
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5月12日、毎年6月に行われていた、大学野球の全日本選手権の中止が発表されました。これは、史上初のことです。
関西六大学野球連盟に所属し、2019年春までの5年間で4度出場している常連校である大阪商業大学の富山陽一監督は電話口で「参っちゃったよ。中止だって」と嘆いていました。
大阪商業大学は2016年に広島カープにドラフト1位指名で入団した岡田明丈投手をはじめ、多くプロ野球選手を輩出していています。
部活動は4月7日に緊急事態宣言が出てから休止しているといいます。
大阪商業大学4年生でエースの吉川貴大さんは、島根の甲子園常連の開星高校から進学しました。1年生から、春と秋にあるリーグ戦で登板。2019年夏には、最速149キロをマークしています。
2020年3月20日にあった、プロ野球オリックスの2軍との試合では、6安打完封と快投。勢いが出ていました。
「まだまだなんです。制球力が足りない。これからもっと練習しなくちゃいけないと思っていました」
コロナによる部活動が休止されたのは、4年生になり、エースとしてチームを引っ張ろうと気合を入れていた矢先のことでした。関西六大学連盟の春季リーグ戦も延期に(5月17日、7月に無観客での開催を目指していると発表されました)。奈良にあるグラウンドは閉鎖されました。
そして、とうとう全日本の中止も発表されました。「日本一を目指していたのに。まだ僕が入学してから優勝経験がないので、今度こそはと思っていました」
コロナが深刻化する前の野球部の練習は、授業がある日は1日3時間程度。授業のない日は約8時間というスケジュールでした。部活が中止されてからは、毎日2~3時間程度しか自主練習をすることができません。これまでの約3分の1に減ってしまいました。
吉川さんも、自宅近くで走ったり、公園で筋力トレーニングをしたり。近くに住む同級生とキャッチボールをする程度しか体を動かすことができないといいます。
吉川さんが衝撃を受けたのは、3月26日に判明したプロ野球阪神の藤浪晋太郎投手の感染でした。ニュースは部内でも話題になったといいます。
「あらためてコロナは怖いなと、実感したのはこのときです。野球はチームスポーツでみんなで集まります。仲間ともやばいね、と話していました」
部では早くから感染対策として毎日の検温と、手洗いが徹底されていました。吉川さん自身、もともと冬は風邪をひかないよう気を付けており、手洗いとうがいは意識していたそうです。
今も、マスクの着用は部で徹底されており、練習のとき以外、移動中の電車も含め欠かしていません。マスクが近くでは手に入らなかった吉川さんは、実家の島根から送ってもらってもらったそうです。
大学も休校になり、新年度になってからまだ1度も登校できていません。5月11日からオンライン授業に参加しているといいます。4年生になり、単位をほとんど取り終えているため週1日だけ受講していますが、外出の機会は、自主練習のときだけ。あとはほとんど自宅にいるそうです。
故郷の島根から大阪に来て初めての一人暮らし。大学の近くの東大阪市の7畳ワンルームで過ごしています。
「お昼ごはんはお弁当を買うことも多いですが、健康管理には気をつけています。夕ご飯は必ず毎食自炊しています。得意料理は、肉じゃがですかね。牛でも豚でも美味しいです。あと、唐揚げも自分でやります。味噌汁だけはインスタントになっちゃいますけど。あとはたんぱく質をきちんと取ろうとしているので、納豆は欠かせません」
スーパーマーケットには、3日に1回と、感染防止のためなるべく頻繁に行かないようにしているといいます。
一人でいる時間が増えた分、空いた時間にそれまであまりできなかった映画やアニメ鑑賞をしています。洋画や邦画など幅広く観ていますが最近はアニメで、バレーボールの人気漫画が原作の「ハイキュー!!」にはまっているそうです。
それでも、頭をよぎるのは野球のこと。YouTubeで、大リーグの前田健太投手や、ダルビッシュ有投手の試合を見て、体の使い方を研究しています。
「前もたくさん動画を見ていましたけれど、今はもっと見る時間が増えました。やっぱり、野球をやりたいとうずうずしてしまいます」
「今ごろ春のリーグ戦をやっていたら、優勝が決まっていたころかな、とかは考えてしまいます。でも、そんなことを考えてもしかたない。リーグ戦が再開したときに、全力で投げられるように、準備する大切な時間」
全国への道はまだあきらめていません。秋には、毎年11月に全国大会の明治神宮大会があります。新型コロナの影響がなければまだ開催の可能性は残されています。
秋のリーグ戦、関西地区大会を勝ち抜けば明治神宮大会に行けます。3年生だった昨年、先輩の活躍を見て「負けたくない。来年こそは自分がチームを勝たせたい、と悔しい思いをしてきました。とにかく全国で優勝することしか考えていません」。
スポーツで身を立てたいと思う学生には、注目の集まる試合、特に全国大会で実績を残すことが重要です。コロナによって大会が中止になるということは、将来にもつながる大切な機会を失うことでもあるのです。
大学野球の全国大会は春と秋の2度あります。春の全日本選手権が初の中止になったことで4年生にとっては、全国でのアピール場が事実上、なくなってしまったことになります。なぜなら、秋の明治神宮大会は、プロ野球のドラフト会議がある10月の後である毎年11月に開催されるからです。
大学野球の選手たちは、即戦力としてプロ野球での活躍が期待されています。これまでにも、大阪体育大出身の上原浩治さんや、早稲田大学出身の青木宣親さんなど、大リーグでも活躍した球史に残る選手を生み出してきました。
コロナによって、スカウトが選手を見極める大会がリーグ戦だけになってしまいました。また、春のリーグ戦が中止になった連盟もあり、秋もどうなるか分かりません。プロを目指す大学生の不安を少しでも減らすため、ドラフト会議だけでなく、トライアウトなど、選考方法をあらためてなどを考える時かもしれません。
練習も試合もできないもどかしさの中、吉川さんは「全然大丈夫です」と強い口調で話してくれました。それは、自分に言い聞かせているようにも感じました。吉川さんのような前向きなアスリートの姿こそが、スポーツの魅力なんだと、あらためて教えてもらった気がしています。
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