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「翔んで」埼玉出身の空自入間基地トップ、コロナ対策とにじむ地元愛

電話で筆者のインタビューを受ける航空自衛隊の津曲明一・入間基地司令。マスクは地元の協力団体から送られたという=2020年5月12日。入間基地提供
電話で筆者のインタビューを受ける航空自衛隊の津曲明一・入間基地司令。マスクは地元の協力団体から送られたという=2020年5月12日。入間基地提供

目次

「翔んで埼玉県出身」というホームページでの紹介がツイッターで反響を呼んだ、埼玉県にある航空自衛隊最大の基地のトップにインタビューしました。自衛隊が緩んでいるとみられてはまずい、と「翔んで」は一転削除し、今はコロナ対策に集中。でも言葉の端々に埼玉愛がにじみました。(朝日新聞編集委員・藤田直央)

空自最多の人員、コロナ対策は?

その空自基地とは、埼玉県南部の狭山市と入間市にまたがる入間基地です。宮城県から兵庫県まで広い範囲の防空を担う中部航空方面隊の司令部があります。

基地トップの津曲明一(つまがりあきひと)司令(53)にインタビューしたのは5月12日。コロナでの非常事態宣言が延長され、残念ながら電話でした。まず、自衛隊の現場を預かる幹部になかなか聞く機会のないコロナ対策について聞きました。

2020年3月に着任し、空自入間基地を巡閲する津曲司令=入間基地提供
2020年3月に着任し、空自入間基地を巡閲する津曲司令=入間基地提供

――入間基地の所在部隊は16、人数は約4200と空自最多です。どんなコロナ対策を心がけていますか。

「国民を守る自衛隊から不用意に感染者を出して防衛や災害派遣に支障が出てはいけないので、徹底しています。規則正しい生活で免疫力を高めるなど、当たり前のことを忍耐強くやっています。初めての事態なので最初から完璧はなく、テレビで皇居前をマスクをしてジョギングをする人を見て基地内でもそうしたり、各部隊が考えた取り組みを共有したりしています」

埼玉県狭山市と入間市にまたがる、空自入間基地の稲荷山門=2017年12月。藤田撮影
埼玉県狭山市と入間市にまたがる、空自入間基地の稲荷山門=2017年12月。藤田撮影

コロナで「全滅せぬよう」

――津曲さんは中部航空警戒管制団司令も兼ねています。隊員の出勤制限もあると思いますが、警戒監視などに支障が出ていませんか。

「防衛省の指示で出勤者を半分以下にしないといけないので、例えば24時間を3~4班の交代でやってきた業務は班をさらに分け、ある班で感染者が出たら濃厚接触で全滅ということがないようにしています。防衛や災害派遣など優先度の高いものに人を割くので、滑走路周辺の雑草刈りなどは後回しになります。この事態が長引くと、仕事がたまってくるので大変ですね」

空自入間基地の滑走路から離陸する自衛隊最大の航空機、C2輸送機=2018年1月。藤田撮影
空自入間基地の滑走路から離陸する自衛隊最大の航空機、C2輸送機=2018年1月。藤田撮影

――コロナ感染拡大防止のため自衛隊の災害派遣も続いています。

「航空自衛隊は帰国者の検疫や輸送、宿泊の支援をしています。入間基地でも私の前任者の時から対応が続いています。出ていく部隊の輸送、防疫ガウンやマスクの供給といった支援も必要になります」

埼玉県が県内のコロナ軽症者のホテル移送を始めるにあたり、県職員に防護服の着け方を教える陸上自衛官ら=2020年4月、さいたま市。朝日新聞社
埼玉県が県内のコロナ軽症者のホテル移送を始めるにあたり、県職員に防護服の着け方を教える陸上自衛官ら=2020年4月、さいたま市。朝日新聞社

「翔んで」が消えたわけ

津曲司令はこうした災害派遣のさ中の3月下旬に着任。その際にツイッターで盛り上がったのが、入間基地ホームページで更新された「基地司令挨拶」のコーナーです。津曲司令の写真の脇にプロフィールで「埼玉県出身」とあるのですが、その左にうっすらと「翔んで」の文字が浮かんでいたのです。

今年4月1日午前、津曲司令を紹介する空自入間基地のホームページより。
今年4月1日午前、津曲司令を紹介する空自入間基地のホームページより。

昨年映画化された人気漫画のタイトルや、飛ぶのが仕事の空自に引っかけたセンスに、各層のファンが反応。それを知った私は、この「自己紹介」は津曲司令の並々ならぬ埼玉愛の表れと思い、4月初めにインタビューを申し込みました。

ところがその時は断られ、何とホームページから「翔んで」の文字も消えてしまいました。

今年4月1日午後、津曲司令を紹介する空自入間基地のホームページより。
今年4月1日午後、津曲司令を紹介する空自入間基地のホームページより。

その経緯を当時、withnewsにこの通り書いたうえで、改めて津曲司令への取材を申し込んでいたのです。

【関連記事】
「翔んで埼玉県出身」消えた理由 空自基地トップ紹介、本人知らず?(2020年4月3日公開)

そして、就任早々で忙しい津曲司令が落ち着くのを待って今回のインタビューとなりました。本人は4月にwithnewsに書かれた経緯を認めたうえで、てんまつをこう説明しました。

電話で筆者のインタビューを受ける津曲司令=2020年5月12日。空自入間基地提供
電話で筆者のインタビューを受ける津曲司令=2020年5月12日。空自入間基地提供

「確認していませんでした」

「私はホームページでの自身の挨拶文は事前に確認しましたが、部下が作ったプロフィールのところは確認していませんでした。それで基地から出張先に『ツイッターで炎上してまして……』と電話連絡が入り、プロフィールに『翔んで』とあることを知りました」

「『炎上といっても多くは好感を示す反応です』という説明はありましたが、やはりコロナの影響が深刻な時に『翔んで』と入れて、自衛隊が弛緩しているとみられては申し訳ないので、消させていただきました」

それでもなお、「基地司令挨拶」のコーナーには埼玉愛がにじんでいます。「小学4年生まで(入間市立)豊岡小に通学していた 津曲明一」という挨拶文の締め。この10年で東京・市ケ谷の防衛省と交互に3度目となる入間基地勤務……。

空自入間基地ホームページより、津曲司令の挨拶文の締め
空自入間基地ホームページより、津曲司令の挨拶文の締め

そこで津曲司令に生い立ちを聞いてみると、まさに埼玉と空自のタペストリーといった趣でした。

空自入間基地の場所には戦前、陸軍航空士官学校がありました。戦後に米軍に接収され「ジョンソン基地」となり、そこに1958年に入間基地もできて滑走路などが徐々に移管され、88年に「ジョンソン基地」はなくなります。67年生まれの津曲司令は、日米共存の基地のそばで子供の頃を過ごしていました。

空自入間基地の場所にかつてあった米軍ジョンソン基地。日本敗戦後の1946年2月に米軍が進駐した=入間基地ホームページより
空自入間基地の場所にかつてあった米軍ジョンソン基地。日本敗戦後の1946年2月に米軍が進駐した=入間基地ホームページより

「ここはアメリカかな」

「幼稚園の頃に基地のそばへ遊びに行くと米兵がいて、ここはアメリカかなと思いました。その後いまの日高市へ引っ越して、高校は川越市へ通いました。入間基地では航空祭もあって自衛隊の飛行機がよく飛び、それで防衛大学校から航空自衛隊に進みました。熊谷基地にも務め、自宅は富士見市で……ちょっとわかんないですかね(笑)」

今は入間基地司令として、基地がある狭山市、入間市だけでなく、飛行経路周辺の自治体との関係を保つ役割を担います。「飯能、川越、所沢、日高、東松山、鶴ケ島、坂戸……意図せずして埼玉で勤務が重なったので、何かの縁があったところばかりです」

これだけ埼玉県の地名を立て続けに耳にしたのは、私は生まれて初めてでした。生まれは京都府、今は千葉県に住んでいるもので。

津曲司令が地元愛を語るのは、上記のように航空機を運用する空自基地の性格上、首都圏で人口が多い埼玉県内で広く理解を得ないといけないからでもあります。入間基地は「アメリカ」でなくなって久しいですが、県境を越え東京都に入ればすぐ米空軍横田基地の滑走路も広がっており、飛行の安全や騒音に対する周辺自治体の関心は本土では有数といえるでしょう。

「埼玉県、特に地元出身ということで、基地と地域のつながりを大事にしたい。陸軍航空士官学校の頃から歴代基地司令が地域の方々と築いてきた良好な関係を保ちたい」と津曲司令は強調しました。後で入間基地から提供されたインタビュー中の写真数枚には、地元の協力団体から贈られたという2種類のマスクを着け替えては受話器を握る姿がありました。

埼玉県所沢市の中学校上空を飛ぶ自衛隊機。窓を閉めないと授業に支障が出る=2015年2月。朝日新聞社
埼玉県所沢市の中学校上空を飛ぶ自衛隊機。窓を閉めないと授業に支障が出る=2015年2月。朝日新聞社

パイロットも埼玉ポーズ

最後に津曲司令に、「翔んで埼玉」の漫画を知っていますかと聞いてみました。

「映画は見ました。あの埼玉ポーズを考えた人は素晴らしいですよね。OKマークとシラコバトで」

考案者の手話ダンサー、早藤真紀さんによる埼玉ポーズ=2020年1月、東京都新宿区。朝日新聞社
考案者の手話ダンサー、早藤真紀さんによる埼玉ポーズ=2020年1月、東京都新宿区。朝日新聞社

付け焼き刃で補足すると、埼玉ポーズというのは映画で何度も出てくる、埼玉県民同士が連帯を示すしぐさです。

まず両手とも人さし指と親指で輪を作り、この「OKマーク」が埼玉の「玉」にあたります。その輪を上に向けながら両腕を胸の前で交差させると、残り6本の左右の指が鳥が羽を広げたような形になり、これが「埼玉県民の鳥」シラコバトを表します。

埼玉県民の鳥、シラコバト。「越ヶ谷のシラコバト」として国の天然記念物にも指定されている=2008年、埼玉県越谷市。朝日新聞社
埼玉県民の鳥、シラコバト。「越ヶ谷のシラコバト」として国の天然記念物にも指定されている=2008年、埼玉県越谷市。朝日新聞社

「出張先とか、帰りの空自の飛行機でもパイロットに『私も埼玉出身です』と埼玉ポーズをされました。ずいぶんはやってしまった」と津曲司令は笑い、「コロナが収束して、また入間基地でいろんな行事ができるようになればいいですね」と話しました。

津曲司令が子供の頃に見た入間基地航空祭は今も毎年恒例で、昨年は11月3日の祝日に約12万5千人が訪れました。今年も安全と騒音に配慮しつつ開かれれば、埼玉ポーズがあちこちで見られるかもしれません。

空自入間基地航空祭でのブルーインパルスの編隊飛行=2014年11月。朝日新聞社
空自入間基地航空祭でのブルーインパルスの編隊飛行=2014年11月。朝日新聞社

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