連載
#57 #父親のモヤモヤ
自宅に子ども、テレビ会議は車内で……在宅勤務、父親の生活が一変
【平成のモヤモヤを書籍化!】
結婚、仕事、単身、子育て、食などをテーマに、「昭和」の慣習・制度と新たな価値観の狭間を生きる、平成時代の家族の姿を追ったシリーズ「平成家族」が書籍になりました。橋田寿賀子さんの特別インタビューも収録。
男性は、メーカーの営業企画職です。妻はパート勤務で、小学2年の長女(7)と保育園児3人、4人の子どもの父親でもあります。
在宅勤務が始まる前は、保育園児の子ども3人を送り、早い日で午後7時過ぎに帰宅する生活でした。帰宅すれば、子どもたちをお風呂に入れ、寝かしつけと続きます。「平日のメインは妻ですが、コミュニケーションをとりながら、家事と育児を分担していました」
ところが、在宅勤務が始まり生活が一変しました。
妻は、仕事を休むことができませんでした。在宅勤務の男性も、4人の子どもの面倒をみながらでは仕事ができません。「登園自粛」を求める保育園には事情を説明し、3人の子どもを預かってもらっています。
小学校が休みの長女に課題をやらせる傍らで、テレビ会議や書類づくりなどの業務に取り組みますが、仕事はあまりはかどらないと言います。「長女も親の前だからか、課題に取り組みません。私自身、同じ空間にいるのに、構ってあげられない葛藤やストレスがあります」。男性はそう話します。
お昼休憩をはさみ、午後に少し仕事をすると、夕方前に帰宅する妻と入れ替わるように、3人の子どもを保育園に迎えに行きます。食事や洗濯、お風呂入れ、寝かしつけと続きます。合間に飛び交う業務メールをスマホでチェックし、必要に応じて返信します。
4人の子どもが自宅にそろった後は仕事ができず、やむなくテレビ会議を行う場合も、駐車場まで移動して車内で行うそうです。「ほかのメンバーも子どもの寝かしつけがあるのか、午後9時以降の会議というのが週に数回入るようになりました。業務と子育ての際限がないように感じています」
男性は、在宅勤務の当初、妻からの「期待」もストレスだったと言います。「在宅だと、仕事が少ないとか、休みに近いだとか思われていたようです」。日中の洗濯、皿洗い、夕食の支度に、4人の子どものお風呂、寝かしつけと、それまでシェアしていたものが、すべて降りかかってきたと言います。
「家事、育児をすべて任され、取りこぼしがあると不機嫌な態度をとられ、衝突することもありました」。一般的に母親に負担が偏りがちであることは承知しつつ、新型コロナの休校対応などで母親の苦境ばかりがクローズアップされると、「性別は関係ない」と感じたそうです。
在宅勤務では、仕事と家庭の境界線があいまいになり、頭を悩ませる人は少なくありません。
別の会社員の男性(34)もその一人です。「公私の境目があいまいになり、早朝や深夜業務が増えた」と話します。男性は「チーム内で調整して『半休』を利用することで、作業が止まることへの罪悪感や焦燥感を覚えないようにしています」。
共働きの妻と長女(3)との3人暮らし。ツイッター(たろっくす:@taroxdai)では共働き世帯の家事、育児などをテーマに発信しています。
男性は在宅勤務で、妻は週に数回出勤します。「自粛」要請に伴って長女は保育園を休ませているため、自宅で子どもの面倒をみながら仕事をしています。落ち着いて仕事のできる早朝や深夜業務が増え、危機感を覚えたそうです。
男性が強調するのは、準備の必要性です。もともと男性のチームでは在宅勤務が認められていませんでしたが、小さな子どものいるメンバーも多く、新型コロナの感染拡大前から、システムや設備などの準備を進めてきたそうです。「完全に運が良かったです」と振り返ります。家事や育児も、普段からシェアしており、今回も夫婦で助け合ってきたと話します。
在宅勤務の広がりによって、仕事と、育児や介護など家庭内のケアを両立させる人の負担感が増しています。ジェンダー論が専門で、「揺らぐサラリーマン生活」(ミネルヴァ書房)の編著がある多賀太・関西大教授に、仕事と家庭の両立に今後どんな影響を及ぼすのか尋ねました。
多賀教授はまず、前提として社会には「からくり」があると説明してくれました。「会社勤めの人が増え、仕事と家庭、つまり『公』『私』が時間的、空間的にも分離されました。しかも、『公』が『私』に優先します。その『公』を男性が独占し、『私』の世界のメンテナンスを女性に負わせる。それが近代社会の特徴です」
なぜ、「公」を男性が独占できたのでしょうか。多賀教授は、会社が一般的に「私生活を仕事に従属させること」を求めてきたことに要因をみます。
「長時間労働ができる、出張にも行ける、転勤もする。会社では『態度』が評価されてきました。そこで評価をされるのが、制約の少ない男性だったのです。一方で、女性は、ケアを負わされ私生活を犠牲にできないことが多く、社内で周辺化したり、辞めたりしていきます。これによって、男性優位の社会が形作られるわけです」
そして、在宅勤務の広がりが、長期的には、こうした社会のあり方を変える可能性があると指摘します。
在宅勤務では、出社することや長時間会社にいるような「態度」が評価されにくくなります。かわりに、仕事の成果で評価されるようになると、仕事と「家庭責任」をより柔軟にやりくりでき、男性の家庭参加や女性の職場参画が進みやすくなる、と説きます。「そうなれば、『男は仕事』『女は家庭』のような性別分業意識は緩やかになるかもしれません」
こうした変化に対する男性の受け止め方は、これまでの生活スタイルによって異なるのではないかと指摘します。
以前から仕事と家庭を両立しようとしてきた男性たちは、今回の変化を、その実現に近づくチャンスと感じているとみています。一方、仕事一筋だった男性ほど、当惑しているのではないかと指摘します。
「『男たるもの』と職場が『居場所』になっていた人が、会社に身を捧げる価値観の転換を迫られる。自宅ではこれまでかえりみなかった家事や育児と向き合うことになる。それは、アイデンティティーを揺さぶられる経験になるはずです」
記事に関する感想をお寄せください。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、在宅勤務が広がっています。一方で、休校や休園が続く中、在宅勤務と子育てとの両立に悩む声も聞かれます。「会社の対応」や「パートナーとの関係」「子どもの教育」などで感じていることや体験、ご意見を募ります。
いずれも連絡先を明記のうえ、メール(seikatsu@asahi.com)で、朝日新聞文化くらし報道部「父親のモヤモヤ」係へお寄せください。
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