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「ミナミの魔窟」味園ビルからの卒業式 愛しすぎて本籍地にした人も
「クズ」な自分を見せ合えた、大切な居場所に別れを

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「クズ」な自分を見せ合えた、大切な居場所に別れを
安心して「クズ」な自分を見せ合えた――。常連客やスタッフたちにとって「特別な居場所」だったという「味園(みその)ビル」。大阪ミナミを象徴する老舗ビルでしたが、閉鎖される見通しで、2階の飲食店もすべて今年2月に営業を終えています。そんな味園ビルに別れを告げる「大宴会」が開かれました。どんな思いで開かれたのか、その日に密着しました。(朝日新聞・魚住あかり)
味園ビルは、1955年に建てられたレジャー施設です。キャバレーのほか、かつてはサウナや宴会場もあったといいます。
2階飲食店街には個性的なスナックやバーが集まり、ビルは「魔窟」とも称されました。しかし賃貸借契約の終了で、今年2月までに2階の全店が営業を終えました。
現在も、地下1階にある貸しホール「ユニバース」は営業を続けていますが、老朽化したビルは今後、閉鎖される見通しです。
記者の私はこの4月、広島から大阪へ異動してきました。音楽ライブの会場として使われることも多いユニバース。好きなアーティストが何度も公演を開いていて、いつか訪れてみたい場所でした。
異動してさっそく、飲食店主らが「味園サヨナラ大宴会」を開くと聞いて、現地に向かいました。
5月21日の夕方、少し早めに会場のユニバースに到着しました。宇宙の星々を模した大きなライトがゆっくりと回り、ステージ上ではカラフルなネオンが光り輝いています。夜の部に先立って、会場内では撮影会が開かれていました。
最後にホール「ユニバース」をカメラにおさめようと、バニーガールのコスプレをする人、昭和レトロな衣装に身を包んだモデルたちがたくさんいました。現実感のない景色が広がっていました。
この「大宴会」を主催したB・カシワギさん(45)は、「なんば白鯨」というバーを営業してきた店主です。
「味園ビルは半分現実、半分ファンタジーのような場所」と話します。
店やビルに集まるのは、どこか生きづらさを抱えた人たち。コミュニケーションが苦手だったり、前科があったりする一方で、ものすごく絵が上手だったり、仕事ができたりする人も。凸凹なお客さん、スタッフが交わる、みんなの「居場所」でした。
今回のイベントは、そんな味園ビルからの「卒業式」のつもりで開いたといいます。メインに据えたのは、2階の飲食店街の店主たちが歌うカラオケ大会です。
カシワギさんは「特別な芸能人を呼ぶのでなく、かつてここで楽しくやっていた、いつも通りの形で終わりたい」と話します。
もちろん歌が上手な店主ばかりではありません。お酒を片手に歌ったり、ぎこちなく踊ったり。それでも常連客らを中心に観客は大盛り上がりでした。
10人以上がステージに上がり、味園ビルへの思いを語り、十八番を披露しました。
ちなみにカシワギさんが歌ったのは松山千春さんの「長い夜」。こういうときはベタなカラオケソングがいいとのことでした。
集まった観客にも話を聞きました。大阪市に住むみっきさん(42)は味園ビルに20年以上通い、そこで出会った男性と結婚しました。
「バーで朝までゲームしている人がいて、私から声をかけたんです」
懐が広く、それぞれが安心して自分の「クズ」な部分を見せ合える場所が味園ビルだったといいます。みっきさんも何度も酔いつぶれ、周囲に助けられました。
愛が高じて、本籍地も味園ビルの住所にしたといい、「この場所からビルがなくなるのが悲しいです」。
ダンサーのマリエ-ヌさんは、初めて立った大きな舞台がユニバースだったと言います。
「昭和レトロなビルで、なかなかここで踊ることはできない。とても緊張しました」
この日は思い出の場所での撮影会に、ランジェリーとシャツ、ハイヒールの「昭和セクシー」な装いで参加しました。
他にも「最初は怖くて、飲食店街のお店に入れず帰ってしまった」と思い出を話す人や、「今まで来たことはなかったが、最後だと思って参加した」という人もいました。
誰もが、味園ビルを「特別な場所」として語っていました。
結局、この日は大宴会の終了まで取材し、気づけば5時間ほどビルに滞在していました。ユニバースの異世界感と、帰りの地下鉄の景色のギャップには目が回りました。
飲食店街のお店の中には、味園ビルの近くに移転して営業を続けているところもあります。
ビルに漂っていたあの「特別感」を味わいに、これから何度も訪れるかもしれません。
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