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大島優子の困り顔「すごくいい」 藤原新也が忘れられないアイドル

写真家の藤原新也さん
写真家の藤原新也さん

目次

細分化された趣味趣向を満たしやすくなった現代。多くの人にとって共通の憧れとして存在してきたアイドルも、AKB48のように集団化し、「握手会」をするなど身近な存在へと変化しました。
 
「時代の顔」としてアイドルを撮り続けてきた写真家の藤原新也さんに、その変遷とそんな時代にあっても「魅力ある個」とは何かを聞きました。
(執筆=谷口 陽・撮影=佐藤新也)
※この記事は2020年3月10日に取材・撮影したものです。

 

アイドルは時代を表す“事件”だ

――藤原さんは1970年代には山口百恵、80年代には松田聖子、2000年代に浜崎あゆみ、そしてAKB48と時代を象徴する女性たちを撮り続けてきました。かつて共通の憧れとして存在したアイドルとしては、どんな方、グループを思い浮かべますか。
 
アイドルは個の時代とグループの時代で分かれると思う。
 
今は個人ではなく、AKB48に象徴されるようなグループ、群れが顔となる時代だね。俺はアイドルについては時代を表す一つの“事件”という捉え方をしている。
 
群れの時代になった大きなきっかけは、2001年の9・11同時多発テロだったと思う。あれから世界は安定から不安の時代に変化した。日本では東日本大震災から原発事故が起こるとその不安が大きく広がった。そんな時代にあってAKB48は危機回避のシェルターとしての機能を果たしているように見える。アイドルの歌と踊りの熱気と無邪気なトークセッションの渦の中に身を浸せばすべてが忘れられるからね。
 
一方で、70年代は個の時代だった。その象徴は(山口)百恵だよね。

「聴き手に迎合しない」70年代の象徴・山口百恵の魅力

――百恵さんはどんなアイドルだと藤原さんは見ていますか。
 
百恵は極めて70年代的な人だね。彼女の歌い方は聴き手に迎合していない。歌い出しなんかは、コンマ何秒か遅れたりする。絶対にバックミュージックに合わせないんだよ。プロとしては合わせられるんだけど、根本的に乗ろうとしない。それが百恵の歌の魅力になっている。楽曲や歌詞を作っているのは別の人だけど、個をずっと保っているんだよね。
 
80年代的なのは(松田)聖子で、完璧にバックミュージックに合わせて歌っている。70年代と80年代の風景で変わったのはそこだな。
 
――今の時代、個があると感じるアイドルはいますか。
 
さっき言ったように今は群れの時代で、もう個が立ち上がれなくなってきている。今の社会には、自分を表現することの辛さみたいなことがあるんだ。

「すごくいい表情だった」大島優子の困り顔

――AKB48の柏木由紀さんはCRAFTWORKSの取材で、「自分の中のアイドルに縛られていて個性を出すタイミングがない」と話していました。群れには同調圧力が働くものでしょうか。
 
そもそも今の時代、社会において同調圧力はずっと働いているよ。群れに入ったら当然、それが強まる。ただ、群れになって個性がなくなったというわけではない。その子に(個性を出せないという)意識が立ち上がったというのは、群れの中にいるからこそ生まれた考え方や感性でしょう。それはひとつの個性だと思う。そういう意識を持てた子は、群れの中でなんでもやっていけるよ。
 
――個性があっても群れだから見えづらいんですね。そんな時代の中で藤原さんにとって印象に残っているアイドルはいますか。
 
大島優子の撮影で、彼女の生まれた栃木から渋谷のセンター街まで、一日中ロケバスに乗って一緒に回ったことがある。途中、駅から電車に乗ってその中で彼女を撮った。次の駅で降りてホームで撮りはじめるといきなり雨が降ってきた。それでホームの一番端っこのほうに立ってもらって撮り続けると、彼女、困り顔になったんだ。でもすごくいい表情したんだよね。
 
撮影中、マネージャーはずっとヤキモキしていた。AKB48のセンターが雨の中で風邪を引いたらまずいじゃない。でも彼女は雨の中でじっと耐えていた。
 

過去がないアイドルは金太郎飴みたいだ

――いい表情とはどうすれば生まれるのでしょうか。
 
トラウマ的なものがあることによって表情が多様化すると思ってる。アイドルでも金太郎飴みたいな表情の子はたくさんいる。どこを撮ってもぜんぶ同じ。それは、過去がないから。大島の場合は実際話してみるとどこかに傷があるとわかった。ふとした瞬間、そういうのが出てくる。俺が魅力を感じるのは、「こんな顔するんだ」という表情と芯のある目だからね。
 
――先日出版された書籍『日々の一滴』にも、カメラのほうを向いた女性モデルの写真があります。どんな状況でこの表情が出てきたのでしょう。
これはアンリアレイジの「2019年春夏パリコレクション」のバックステージを撮影した時の写真だね。現場はガサガサと慌ただしくて戦争状態だった。そんな中で、この子は、真っ直ぐ突き通すような目線を投げかけてきた。俺というカメラマンの存在を認めて高い集中力をもって見てきた。ゾクッとしたよ。目鼻立ちがいいから綺麗、という以前に、この芯のある目が綺麗なんだ。ゆっくり近づきながらパチパチパチッとシャッターを切った。全部で6カットくらい。
 
その後、日本に帰ってきてそのブランドの同じコレクションを撮影しようと、コレクションのショーに行った。バックステージには日本人の女性モデルが20人くらいいた。でもシャッターを押したのは、彼女たちの顔ではなく身体に纏っていた衣装だけだった。表面的にはものすごく綺麗だけど、俺が惹きつけられるような芯のある目をした子が一人もいなかった。俺は彼女たちの顔を1カットも撮らなかったんだ。
 

なぜパリと日本のモデルはこんなにも目が違うのか

――パリと日本のステージで、どんな違いを感じましたか?

いろんな国のモデルに会うと感じるのは、その国の環境、風土を強く反映しているということ。とくにその心と体をつくりあげる要素として、食は大きく関わっていると思う。3回目となる今回のパリの滞在が俺にそう思わせた。
 
――パリではどういった気づきがあったんですか。
 
パリの撮影ではホテルに泊まらず10日間のアパート暮らしをした。それまでこの町をあまり好きとは思えなかった。だけど生活者として町に入って食材を買い歩くと、パリのそれが魅力的だと気づいたんだ。肉や野菜に個性があって撮影したくなるような美しい色艶がある。実際、食べると美味しい。それをパリのモデルたちは日常的に食べているのだから、日本人とはまったく違うわけだ。パリの食材のイメージを持って帰国すると、日本の店頭に並ぶそれは大量生産でどれも同じような色艶をしていて、スカスカに見えた。
 
日本人のモデルたちは、大量生産的日本の風土を反映しているともいえる。そこには芯のない目が浮遊している。ただそれは、今の日本における一つの女性の姿であることはたしか。その意味では時代を映すのが写真だから、肯定しなければいけない。俺がそれに魅力を感じるかどうかは別問題だからね。


【プロフィール】
藤原新也(ふじわら・しんや)
写真家、作家。1944年福岡県北九州市門司区生まれ。東京藝術大学油科中退。インドを振り出しに、アジア各地を放浪。1972年『印度放浪』で作家デビュー。1977年『逍遙游記』ほかで木村伊兵衛写真賞受賞。1981年『全東洋街道』で毎日芸術賞受賞。そのほか『メメント・モリ』『東京漂流』『渋谷』など著書多数。最新刊は『日々の一滴』。2011年より定員2000名限定の有料ウェブマガジン「CATWALK」を主宰。
 
『日々の一滴』発行:トゥーヴァージンズ本体価格:1,800円(+税)
『日々の一滴』
発行:トゥーヴァージンズ
本体価格:1,800円(+税)
▼「インスタグラムの女王に俺はなれない」 藤原新也が考える写真のリアリティ
http://craft-asahi.adlay.co.jp/article/2020/04/fujiwara-photo/

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