連載
#7 withコロナの時代
N高がアプリ無料にした理由「オンライン万歳じゃない」からの気づき
オンライン授業サポートから見えてきた、教員の悩みとは

休校要請、すぐに無料開放を決定
N高とは、「ニコニコ動画」を運営するドワンゴを傘下に持つカドカワが2016年に開校した広域通信制高校。「ネットコース」と「通学コース」から選べ、約1万4千人が在籍しています(2020年4月現在)。
ドワンゴの教育事業本部コンテンツ開発部の甲野純正(こうの・よしまさ)さんは「休校によって、学習の機会がなくなり困っている生徒がいるだろうと判断し、公開させていただいた」と話します。

自身もN予備校で地理を教える甲野さんは「『予備校』という名前から誤解されやすいのですが、『ネット上に学びの場をつくる』というコンセプトで提供している、オールインのアプリです」と説明します。
今回の公開対象には高校卒業資格取得のための授業は含まれていませんが、英語や数学などの大学受験コースや中学復習コースから、プログラミングやウェブデザインなど実践的なものまで、幅広いジャンルの授業を受けることができます。

もしも自然災害、学びを継続する選択肢に
サポートを始めたことについて、「学校現場で授業されている先生たちにとっては上から目線のようで申し訳ない話なのですが」と恐縮する甲野さんですが、オンラインへの手応えについて次のように語ります。
「『オンラインの方がすごい』ということは毛頭なくて、こういった状況以外にも、例えば今後の大きな自然災害が起こったときも、学びを継続するための選択肢を持っていただければという思いです。生配信のオンライン授業を大量にやってきた経験から、お伝えできることがあるのではないかと始めました」

そこで紹介したのは、YouTubeやZOOMなど手軽に始められるサービスばかり。N高の「利益」となるものはありません。甲野さんは、「これは経営陣とも意見が一致していて、オンラインを選択肢のひとつとして考えてもらうことが我々の使命です。この状況で、N高の営業になってはならないのだと」と振り返ります。
オンライン、話し手が気をつける3つのポイント
リアルな授業に比べて、相手のうなずきや相づちなどの反応が見えづらいオンラインの場。甲野さんは、「反応を求めて声が大きくなり、早口になりやすい」と話します。また、話すときに「あー」や「えー」などを口癖にしている人は、オンラインだと特に気になるようです。ゆっくり、沈黙を恐れず話すことが大事だといいます。

反応がないことによって、表情は険しくなりやすいことも指摘します。「笑顔をつくることは大変ですが、より意識していただいた方がいいと思います」
そして3つ目は「必要以上に動かないこと」。
「これも不安から来ることなのですが、話しながら細かく揺れてしまうことがあります」。画面上で話し手が動いていると、酔って内容に集中しづらくなります。
教員たちの不安「授業、荒れないか」
しかし、甲野さんは「すごく心配されている方が多いようですが、実は教室でやる授業とほとんど変わらないんです」と話します。
「よくない行動をする生徒がいたら、本気で叱るということです。私の経験からも、注意してもなかなか聞かない生徒もいたのですが、他の生徒が収めてくれるという場面もありました。学びに対して真剣になればなるほど、自浄作用が働いていくんです」

オンラインとリアル「両方あってこそ」
甲野さんは、「最初は私も自分でノートに書くことが大事だと思っていたのですが、生徒に言われて始めてみると、圧倒的に効率が良かったのです」。

ネットを活用するN高自体も、新型コロナウイルスの感染拡大によって卒業式や入学式をオンラインに変更し、通学コースもオンライン授業に切り替えました。甲野さんも「影響がまったくなかったとは言えない」と話します。
「しかしこういった状況を経たことで、オンラインとリアル、それぞれの役割がより際立つようになったのだと思います」

【記者の気づき】
■教育への意識、まだ最適化できる
2016年の開校当初から、大きな注目を浴びてきたN高。この春卒業した2期生からは、東京大学や京都大学など難関大学の合格者も輩出しており、進学校としても頭角を現しています。
オンライン授業を前提とした柔軟なコース設定に、幅広いプログラムを用意。以前、不登校を経験した子どもを取材したとき、「N高に入学して初めて、学校が楽しいと思えている」という言葉を聞き、これまでの学校のあり方を変える存在なのかもしれないと気になっていました。
オンライン授業に対するイメージはざっくり持っていたものの、今回取材して「板書を写す代わりにスクショが当たり前」という点には隔世の感を禁じ得ませんでした。しかしノートに板書を写す時間を教師への質問や、問題集を解く時間にあてられたら――? そう考えると、授業内容を振り返られれば、その役割は十分なのではと感じます。私たちが持っている「学校教育」に対する意識は、まだまだ最適化される余地があるのだと実感しました。
■「ひとつしかない」のいびつさ
休校要請が発表された2月末、当たり前だった学校が休みになるという喪失感が際立たせたのは、学校が「ひとつしかない、大きすぎるシステム」だということでした。「通学し、教室で授業を受ける」以外の、教育を受ける選択肢があまりにも少ないということです。
しかしそれは病院で長期入院している子どもや、不登校の子どもたちが感じる壁と少なからず重なる部分があります。新型コロナウイルスによって影響を受けた人が爆発的に増えただけで、今に始まった課題ではないのです。
これまで「オンラインかリアルか」という論争になりがちだった部分を、「カニバることはない」と話す甲野さんが印象的でした。ひとつしかなかった選択肢を増やすことで、リアルな授業にも還元できることが、きっとあるはずなのです。
既に一部の学校では、オンライン授業を取り入れています。待ち望んだ状況では全くありませんが、これを機に抜本的な改革が進むことを願います。