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連載

#7 withコロナの時代

N高がアプリ無料にした理由「オンライン万歳じゃない」からの気づき

オンライン授業サポートから見えてきた、教員の悩みとは

N高の学習アプリ「N予備校」授業配信の様子
N高の学習アプリ「N予備校」授業配信の様子 出典: 角川ドワンゴ学園「N高等学校」提供

目次

withコロナの時代
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新型コロナウイルスによって、当たり前だった学校の授業にも変化が求められています。政府が休校要請を表明した2月末、混乱が広がる中で、学習アプリを無料開放した角川ドワンゴ学園「N高等学校」(N高)。同時に教員向けのオンライン授業配信のサポートを始めると、500件近くの問い合わせが集まりました。無料公開から2カ月、教員から寄せられた悩みや、オンライン授業で今求められていることについて聞きました。

休校要請、すぐに無料開放を決定

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、安倍晋三首相が全国の小中高校と特別支援学校に臨時休校を要請したのが2月27日夜でした。授業を受ける機会が突然なくなり、戸惑いの声が飛び交う中、翌日の28日、サービスの無料開放を発表したのがN高でした。

N高とは、「ニコニコ動画」を運営するドワンゴを傘下に持つカドカワが2016年に開校した広域通信制高校。「ネットコース」と「通学コース」から選べ、約1万4千人が在籍しています(2020年4月現在)。

ドワンゴの教育事業本部コンテンツ開発部の甲野純正(こうの・よしまさ)さんは「休校によって、学習の機会がなくなり困っている生徒がいるだろうと判断し、公開させていただいた」と話します。
2月28日にN高が発表したプレスリリース
2月28日にN高が発表したプレスリリース 出典:N高ホームページ
無料開放されたのは、N高で導入しているオンライン学習アプリ「N予備校」です。教材や収録動画、生配信の授業やQ&A、生徒同士のコミュニケーションの場もセットになっており、無料登録をすれば、すぐに利用することができます。

自身もN予備校で地理を教える甲野さんは「『予備校』という名前から誤解されやすいのですが、『ネット上に学びの場をつくる』というコンセプトで提供している、オールインのアプリです」と説明します。

今回の公開対象には高校卒業資格取得のための授業は含まれていませんが、英語や数学などの大学受験コースや中学復習コースから、プログラミングやウェブデザインなど実践的なものまで、幅広いジャンルの授業を受けることができます。
「N予備校」の画面。教材を見ながら授業を受けられる
「N予備校」の画面。教材を見ながら授業を受けられる 出典: 角川ドワンゴ学園「N高等学校」提供提供
無料公開して1カ月以上が経ち、利用が圧倒的に集中したのは「プログラミング」のプログラムでした。甲野さんによると、IT企業のドワンゴの現役エンジニアなどが行う授業ということで、もともと関心が高かったといいます。その他にもアニメや小説などに共通する物語について学ぶ「ものがたり創作」やウェブデザインも人気とのことでした。

もしも自然災害、学びを継続する選択肢に

アプリの無料公開と同時に発表したのが、教員向けのサポート。オンライン授業配信のレクチャーやアドバイスを、教員向けに無償で行うというものです。甲野さんは「N高で初めて行う取り組み」だと話します。

サポートを始めたことについて、「学校現場で授業されている先生たちにとっては上から目線のようで申し訳ない話なのですが」と恐縮する甲野さんですが、オンラインへの手応えについて次のように語ります。

「『オンラインの方がすごい』ということは毛頭なくて、こういった状況以外にも、例えば今後の大きな自然災害が起こったときも、学びを継続するための選択肢を持っていただければという思いです。生配信のオンライン授業を大量にやってきた経験から、お伝えできることがあるのではないかと始めました」
甲野純正さん
甲野純正さん 出典: 角川ドワンゴ学園「N高等学校」提供
サポートには高校の教員を中心に、500件近くの問い合わせが寄せられました。申込があった人を対象に、配信サービスの使い方やオンライン授業ならではのコツをレクチャー。これまで、180人以上が参加しました。

そこで紹介したのは、YouTubeやZOOMなど手軽に始められるサービスばかり。N高の「利益」となるものはありません。甲野さんは、「これは経営陣とも意見が一致していて、オンラインを選択肢のひとつとして考えてもらうことが我々の使命です。この状況で、N高の営業になってはならないのだと」と振り返ります。

オンライン、話し手が気をつける3つのポイント

では、ツールの使い方がわかった上で、オンライン授業ではどんな点に気をつけるべきなのでしょうか。甲野さんは、これまでの経験から3つのポイントを教えてくれました。実は、取材や会議などでZOOMなどを使う私にとっても、気付きが多い内容でした。
まず1つ目は「ゆっくり話すこと」。

リアルな授業に比べて、相手のうなずきや相づちなどの反応が見えづらいオンラインの場。甲野さんは、「反応を求めて声が大きくなり、早口になりやすい」と話します。また、話すときに「あー」や「えー」などを口癖にしている人は、オンラインだと特に気になるようです。ゆっくり、沈黙を恐れず話すことが大事だといいます。
学習アプリ「N予備校」による教材や授業の様子
学習アプリ「N予備校」による教材や授業の様子 出典: 角川ドワンゴ学園「N高等学校」提供
2つ目は、「表情を意識すること」。

反応がないことによって、表情は険しくなりやすいことも指摘します。「笑顔をつくることは大変ですが、より意識していただいた方がいいと思います」

そして3つ目は「必要以上に動かないこと」。

「これも不安から来ることなのですが、話しながら細かく揺れてしまうことがあります」。画面上で話し手が動いていると、酔って内容に集中しづらくなります。
他にも、画面の背景は白ではなくクリーム色などにした方が長時間見ていてもつらくなりにくいことや、画面越しだと色の識別がしにくくなるため、黒板でポイントを強調する際には色だけではなくマークを使うのが望ましいことなど、実践的な内容も伝えていったといます。

教員たちの不安「授業、荒れないか」

そんな中でも、特に教員の方から問い合わせが多かったのは、「オンライン授業は荒れないか」という質問でした。匿名で参加できたり、チャットに書き込んだりできることから、そういった不安の声が聞かれたと言います。

しかし、甲野さんは「すごく心配されている方が多いようですが、実は教室でやる授業とほとんど変わらないんです」と話します。

「よくない行動をする生徒がいたら、本気で叱るということです。私の経験からも、注意してもなかなか聞かない生徒もいたのですが、他の生徒が収めてくれるという場面もありました。学びに対して真剣になればなるほど、自浄作用が働いていくんです」
授業を行う甲野さん
授業を行う甲野さん 出典: 角川ドワンゴ学園「N高等学校」提供
もちろん、N高でのノウハウだけでは答えきれない疑問もありました。例えば、美術系の学校など、N高にない、専門性の高い実技の指導が求められる授業、またネットワーク環境の整備など、それぞれの学校現場ならではの課題を感じたといいます。

オンラインとリアル「両方あってこそ」

オンラインで授業を行うことで、今までの「当たり前」も変わっていきます。授業中に体調が悪くなっても、オンラインであれば後からアーカイブで振り返ることもできます。N高では、生徒はノートを取る代わりに画面の「スクリーンショット」を活用。授業中にスクリーンショットを撮る時間も設けられているそうです。

甲野さんは、「最初は私も自分でノートに書くことが大事だと思っていたのですが、生徒に言われて始めてみると、圧倒的に効率が良かったのです」。
新型コロナウイルスの影響で、オンラインで行われた卒業式。生徒はインターネット越しに出席した。
新型コロナウイルスの影響で、オンラインで行われた卒業式。生徒はインターネット越しに出席した。 出典: 角川ドワンゴ学園「N高等学校」提供
しかし、「『オンライン万歳』ということではない」と甲野さんは繰り返します。「N高を運営する中でも、オンラインがあるからこそ、リアルな世界で会えた時に生まれる感動があり、これらは決してカニバることはないという発見がありました。きっと先生方もオンラインの授業をやることで、これまでの先生方が続けていた授業の素晴らしさを感じることがあるのではないでしょうか」

ネットを活用するN高自体も、新型コロナウイルスの感染拡大によって卒業式や入学式をオンラインに変更し、通学コースもオンライン授業に切り替えました。甲野さんも「影響がまったくなかったとは言えない」と話します。

「しかしこういった状況を経たことで、オンラインとリアル、それぞれの役割がより際立つようになったのだと思います」
オンライン卒業式で、画面の向こうの生徒に卒業証書を授与している様子
オンライン卒業式で、画面の向こうの生徒に卒業証書を授与している様子 出典: 角川ドワンゴ学園「N高等学校」提供

【記者の気づき】

■教育への意識、まだ最適化できる

2016年の開校当初から、大きな注目を浴びてきたN高。この春卒業した2期生からは、東京大学や京都大学など難関大学の合格者も輩出しており、進学校としても頭角を現しています。

オンライン授業を前提とした柔軟なコース設定に、幅広いプログラムを用意。以前、不登校を経験した子どもを取材したとき、「N高に入学して初めて、学校が楽しいと思えている」という言葉を聞き、これまでの学校のあり方を変える存在なのかもしれないと気になっていました。

オンライン授業に対するイメージはざっくり持っていたものの、今回取材して「板書を写す代わりにスクショが当たり前」という点には隔世の感を禁じ得ませんでした。しかしノートに板書を写す時間を教師への質問や、問題集を解く時間にあてられたら――? そう考えると、授業内容を振り返られれば、その役割は十分なのではと感じます。私たちが持っている「学校教育」に対する意識は、まだまだ最適化される余地があるのだと実感しました。

■「ひとつしかない」のいびつさ

休校要請が発表された2月末、当たり前だった学校が休みになるという喪失感が際立たせたのは、学校が「ひとつしかない、大きすぎるシステム」だということでした。「通学し、教室で授業を受ける」以外の、教育を受ける選択肢があまりにも少ないということです。

しかしそれは病院で長期入院している子どもや、不登校の子どもたちが感じる壁と少なからず重なる部分があります。新型コロナウイルスによって影響を受けた人が爆発的に増えただけで、今に始まった課題ではないのです。

これまで「オンラインかリアルか」という論争になりがちだった部分を、「カニバることはない」と話す甲野さんが印象的でした。ひとつしかなかった選択肢を増やすことで、リアルな授業にも還元できることが、きっとあるはずなのです。

既に一部の学校では、オンライン授業を取り入れています。待ち望んだ状況では全くありませんが、これを機に抜本的な改革が進むことを願います。
 

 

新型コロナウイルスによって、私たちの生活や経済は大きく変わろうとしています。未曽有の事態は、コロナウイルスが消えた後も、変化を受け入れ続けなければいけないことを刻み込みました。守るべきもの、変えるべきものは何か。かつてない状況から「withコロナの時代」に求められる価値について考えます。

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