地元
樹木に囲まれた「トヨタ未来都市」 どんな場所?予定地を歩いてみた
「未来都市」とか「スマートシティ」って、興味ありますか? 「ドラえもん」が大好きだった私は、もう興味津々です。そこで、トヨタ自動車が今年1月に発表した、自動運転や人工知能(AI)の実証都市「Woven City(ウーブンシティ)」を取材しました。建設予定地の工場は、富士山の近くにある静岡県裾野市にあります。世界が注目する「未来都市」はどんな場所にできるのか、静岡県を担当する記者として、現地を歩いて考えてみました。(朝日新聞静岡総局記者・矢吹孝文)
東京都心から東名高速で約1時間半。裾野インターチェンジで降りると、目の前にトヨタ自動車の子会社「トヨタ自動車東日本」の東富士工場があります。ここが閉鎖してウーブンシティになり、将来的には隣にあるトヨタの東富士研究所の敷地と合わせて約70ヘクタールが新しい街として開発されるそうです。これは東京ディズニーランドの1.5倍くらいで、明治神宮と同じくらい。なるほど、けっこう広そうですね。
東富士工場と東富士研究所がつながった三角形の敷地を、歩いて1周することにしました。結果からいうと、富士山の裾野にある敷地なのでかなり高低差があり、2時間以上かかりました。「けっこう広い」ではなく、「ものすごく広い」でした。
歩いていれば見晴らしのいい場所から工場の建物が見えるかと思ったら、敷地は道路より高い場所にあり、樹木に囲まれているため内部はほとんど見えません。道路をまたぐ歩道橋にも、工場と研究所の側にはボードで目隠しがされています。やはり、トヨタの開発拠点はガードが堅いようです。
工場の正門だけは、出入りする車両や中にある建物がよく見えました。建物の壁には、ここでつくっているワゴン型のタクシー車両「JPN TAXI(ジャパンタクシー)」の写真が大きく掲げられています。天皇陛下の即位パレードでも使われたトヨタの最高級車「センチュリー」も1967年の発売以来、ずっとこの工場だけで作られてきました。
地元には、東富士工場を「カンジさん」や「カンジコー」と呼ぶ人がいます。この工場が設立された1967年、トヨタ自動車東日本は前身の「関東自動車工業」で、2012年の企業合併により現在の社名になりました。半世紀近く操業してきた「関自」の愛称が、今も印象に残っている人が多いようです。ちなみに関東自動車工業の創業者は、旧陸軍の戦闘機「隼」で知られる「中島飛行機」の技術者だったそうです。
周囲を歩いていると、工場や倉庫、駐車場などが多いことに気がつきました。このあたりは1960年代から田畑を開発した、いわゆる企業団地。トヨタ輸送などのグループ企業に加え、自動車部品の矢崎総業やヤクルトの工場、物流倉庫などが多く集まっています。トヨタ従業員が通勤に使う車をとめる駐車場や、住む人が減った社宅もたくさんあるので、工場跡地を中心とした再開発の余地はたくさんありそうです。
住宅地では、70代の女性に会いました。長男が東富士工場で働いていたそうで、「このへんはトヨタや取引企業の社員がたくさんいるから、工場がなくなると生活が変わる人も多い」と教えてくれました。
2018年7月に東富士工場の閉鎖が発表されたとき、工場従業員は約1100人いました。それから、岩手県や宮城県などにある別の工場に少しずつ転勤しています。土地を売って転居した人や単身赴任を選んだ人、家族のために退職を選んだ人もいるとのこと。女性の長男も、裾野市のとなりにある御殿場市から東北の工場に転勤していったそうです。
近所の不動産業者に聞いてみると、やはりトヨタ従業員は地域の中では所得が多いようで、「地域で一番高いランクの住宅を買うのはトヨタの人」とのことです。工場閉鎖の発表後は転勤のため土地を売る人が多く、買い手が付かずに困っていたそうです。しかし今は「ウーブンシティができれば、近所に住みたい人が増えるかもしれない」と期待しています。
工場をぐるりと周回する歩道では、天井にカメラやセンサーのような機材を設置したトヨタ車とよくすれ違いました。工場に隣接する東富士研究所は自動運転車の開発拠点なので、すでに実証実験は始まっているのかもしれません。耳を澄ますと、大きいエンジン音が聞こえます。ここには1周3.7キロのサーキットコースがあり、レース用車両の開発も行われています。
この場所が、世界中の企業関係者や研究者が集まり、最先端の実証実験を繰り返すウーブンシティになります。しかし、現状では「未来都市」とは縁遠い場所に思えました。
最寄り駅はJR御殿場線の岩波駅なのですが、この駅に止まる列車は上下線ともに1時間に2本ほど。1日の平均乗車人数は約2千人で、ほとんどが近くの工場の従業員です。
駅前には商店街がありますが、シャッターが閉まっている店もチラホラ。工場従業員を除けば高齢化率も高く、トヨタの敷地から一番近い小学校は子どもの脚で40分ほどかかるそうです。ここにスマートシティができたら、世界から集まる住民たちはどこで買い物をして、どこに出かけるのでしょう。
ウーブンシティの発表後、地元の裾野市役所は、駅前を含めた周辺を再開発し、トヨタの敷地外にも自動運転車を走らせるなどの規制緩和を目指す計画を立てました。ウーブンシティと地域の相乗効果を狙ったものですが、市の担当者はトヨタの計画の詳細について、「まだトヨタから知らされていない」とのこと。
トヨタは、この地域をどのように開発していくつもりなのでしょう。広報部に取材すると「今のところ、1月に発表した内容がすべてです」との回答。追加の発表があるまで、ウーブンシティに関する取材には一切応じられないのだそうです。
トヨタの関係者に取材しても「社員でもまったくわからない」「詳細は社長の頭の中にしかないのでは」といった声が聞かれました。ウーブンシティに関する続報が少ないのは、このあたりに理由がありそうです。
公式発表がないので、地元の住民や自治体の反応を調べ、発表された内容をしっかり分析することにしました。その内容は、朝日新聞デジタルの連載「トヨタの未来都市」に5回に渡って書いています。
新型コロナウイルスの影響は自動車業界の全体に及んでいます。将来を見通すのは難しいですが、現在の予定では2020年末までに東富士工場は閉鎖し、ウーブンシティは2021年初頭に着工。20年代半ばには稼働するとみられます。
街が本格的に完成して実証実験の成果が出るには、もっと時間がかかるでしょう。企業や地元に取材網を持つ新聞社として、継続的に取材していく予定です。
アメリカや中国、カナダや中東でつくられているスマートシティに関心を持つ人が多いように、トヨタのウーブンシティも海外から関心を集めています。
「こんな話が読みたい」「ここが知りたい」という意見があったら、ぜひ教えてください。日本の未来都市について、一緒に調べていきましょう。
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