連載
#23 ○○の世論
買い占め、オイルショックの時は? 47年前の世論調査が示す「乱れ」
マスクを求めて朝からドラッグストアにできる長蛇の列。これと似たような光景が、半世紀ほど前の日本にありました。1973年の第1次オイルショックの時です。物価が激しく上がるとともに、トイレットペーパーなどが品薄になり、日本の社会が混乱に陥りました。当時の世相を、世論調査からのぞいてみます。(朝日新聞記者・植木映子)
1973年、第4次中東戦争をきっかけに石油価格が急に上がり、世界経済が大きな打撃を受けました。
日本でも物価が上がり、モノ不足に。特にトイレットペーパーの買い占めが社会問題となりました。
今回、新型コロナウイルスの感染拡大によるマスクの品薄を受けて政府はマスクの転売を禁止しましたが、この転売禁止の根拠となった法律が作られたのも、このオイルショックがきっかけです。
「『先行き不安』が75%」、「モノ不足におびえ」、「列島おおう不安感」――。1973年11月末に行った世論調査を報じる紙面(1973年12月20日朝刊)では、どんよりした見出しが続きます。
今の生活に「不満」と答えた人は35%で、「満足」の26%を上回りました。中間的な「まあまあ」は35%。同じ年の7月の調査では「満足」37%、「不満」23%だったのが、4カ月で逆転し、暮らしの実感が急激に悪化していることがわかります。
先行きの見通しの暗さも顕著です。暮らし向きの見通しが「苦しくなる」が62%に対し、「楽になる」はわずか4%。「苦しくなる」という人は、職業別では自営業者や商工業者で高かったようです。調査結果を紹介した1973年12月20日朝刊の1面には「石油危機 倒産・失業救済へ特別法 助成資金を拡充」の記事。経済対策に注目が集まっていました。
この国民の不安やいらだちはどこに向けられているのか。当時の世論調査では、こんな質問もしています。
一番腹立たしく思うものでは、「買い占め業者」が38%で圧倒的に多く、「利権政治家」13%、「公害企業」12%を引き離しました。
「家族や仲間の人たちと、世の中のことを話し合って、最近、とくに話題になったのはどんなことでしょうか。何でも結構ですから、聞かせてください」(自由回答)
この質問の回答は、「物価高」60%、「石油不足」25%、「モノ不足」19%がトップ3でした。
いかに当時の人々が物価高やモノ不足に悩み、買い占め業者に強い怒りを抱いていたかがうかがえます。
当時の田中角栄内閣の支持率は22%と低迷し、不支持率は60%でした。
田中内閣発足直後(1972年8月)の調査での支持62%、不支持10%でしたが、わずか1年半で急落しています。不支持の理由を自由に回答してもらった結果でも「物価高と生活不安」が3割を占めて最も高く、生活の不安が内閣への不信感につながっていたことがわかります。
「この調査にあらわれた庶民感覚をどうみるか」。当時の紙面で、社会学者の加藤秀俊さんの分析を紹介しています。
加藤さんが注目したのは、「世の中、間違っていると思うこと」と、「これからの世の中で一番大切なものは何か」の二つの質問の答えです。
「世の中、間違ってると思うこと」では、「買い占め、モノ不足」は4%と意外に低く、1番多かったのは「人の心と風俗の乱れ」17%でした。
一方、「これからの世の中で一番大切なもの」では、「人の和、友情、信頼」が25%で最も多く、これに「心、道徳」を上げた人を加えると、35%に達しています。
加藤さんは「モノ不足、インフレ社会への不安感はたしかに大きいが、庶民がいま真に恐れているのは、モノ不足そのものよりも、それにともなう人の心の荒廃なのではないか。つまり、モノより人の心が心配だ、という庶民の気持ちが調査ににじみ出ているように思う」と指摘していました。
「トイレットペーパーが買えなくなる」。業者の買い占めや、不安にかられた人々の買いだめによって、当時のモノ不足は加速し、パニックが拡大しまいました。そんな時だからこそ、人の和や信頼を求めていたのかもしれません。
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〈1973年世論調査の調査方法〉全国約7500万人の有権者を対象に、層化無作為二段抽出法で333調査地点、回答者3千人を選び出した。この人たちに、1973年11月27、28日の両日、学生調査員が個別に面接して回答を得た。有効回答者の比率は男性47%、女性53%。有効回答率は85%。
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