連載
#1 withコロナの時代
「お笑いを届け続ける」、そのための「有料配信」 笑いのプロの決断
新型コロナウイルス感染収束の兆しが見えないなか、「長期化」すると捉えて動き出している人たちがいます。お笑いライブを主催するプロモーターの片山勝三さん(46)は、3月30日~4月5日に予定していた興行を「無観客・有料配信」に切り替えて開催中です。劇場公演と遜色ないクオリティーを届けるため、文字どおり「赤字覚悟」で配信機材に投資をしました。「こんな時だからこそ、みなさんにお笑いを届け続けていきたい。そのためにも、芸人さんやスタッフにはしっかり対価を払っていきます」。思いを聞きました。
都内の小さな劇場で2日夜、麒麟の川島明さんがMC、フルーツポンチの村上健志さんやジャルジャルの後藤淳平さんたち5人が出演するトークライブ「未完結の会」が行われました。まだ完成していないゲームを試したり、印象に残っている未完結のスピーチをプレゼンしたり。ゲーム中には、ライブならではの「奇跡」も起き、ステージは笑いに包まれていました。
しかし、客席に目を向けると、120人が座っていたはずの空間はがらんとしています。代わりにあるのは、ステージを撮る3台のカメラと、配信作業をする限られたスタッフ。感染防止のため全員がマスクを着けて距離を取り、換気のため入り口のドアも開かれていました。
片山さんは、ステージと配信中の画面を代わる代わる見つめ、大声で笑っていました。「中止・延期にせざるを得なかったライブもあって、一カ月半ぶりぐらいの興行です。やっぱり笑いはいいですね。芸人さんから元気をもらえます」
吉本興業のマネージャーから、2009年に「スラッシュパイル」を立ち上げ、数々のお笑いライブを手がけてきた片山さん。年2回、小劇場で実験的な企画を試す「一週間興行」はヒット作のフォーマットも生まれる名物コンテンツです。今回のラインナップは、昨年から準備していたものでした。
国内で新型コロナウイルスの感染が初めて見つかった1月中旬から2月上旬までは、「まだまだ楽観論でした。じきに収束して、3月末のこのライブはいつも通りできると思っていました」と振り返ります。状況が変わったのは、ライブハウスでの集団感染が発覚した2月末です。「密閉された空間やお客さん同士の距離の近さなど、イベントの構造が似ていたので、このままではお客さんを入れた形はできないなと。腹をくくりました」
ちょうどこの頃、政府の専門家会議が「これから1~2週間が(感染の)急速な拡大に進むか、収束できるかの瀬戸際」というメッセージを出し、安倍晋三首相が3月中旬までを目安に、催しの中止や延期、規模の縮小を要請しました。しかし、片山さんは「感染者数が収まる雰囲気はなかったし、少なくとも数カ月は続く覚悟をしました」。
どうやったらエンタメを届け続けられるか――。無観客配信を決めたとき、無料にすることはほとんど頭にありませんでした。「資金力のある会社と違って、小さい会社で無料配信を続けてしまったらギャラや劇場代を払い続けられない。かっこつけずに、お客さんからお金をもらおうと最初から思っていました」
また、片山さんがライブで大事にしてきた「秘匿性」をオンラインで成立させる意味も有料配信にはありました。「出演者とお客さんが会場で共有する空気は、公演の中身より大事なこともあります。有料の限定配信とすることで、『見られない』状況を作り、コンテンツの価値を通常のライブと同じにしようとしました」
配信は、限定公開ができるサービス「Vimeo」を利用。チケットの代わりとなる配信動画のURLとパスワードは、コンテンツプラットフォーム「note」の有料記事として販売する仕組みを作りました。
3/30月〜4/5日の【無観客開催・有料配信】のお笑いライブは全国の皆様に観て頂きたい!
— 片山勝三 (@katayamashozo) March 26, 2020
配信は自粛だからではなく、純粋にお笑いライブを全国に届けたい気持ちが強いです。ライブヴューイングの映画館すら遠い方に楽しんで欲しい。少しでも多くの方に笑いに触れて欲しいです!https://t.co/NeA5Cj0DaD
これまで配信の経験はなかった片山さんですが、有料で届ける以上、「プロ」としてのクオリティーにこだわっています。3台のカメラの他に、音声などの機材や配信に関わるスタッフへの人件費。さながら「スタジオ」のような配信チームを作り上げました。「ストレスなくライブを楽しんでもらうには、きれいな映像と音質が欠かせません。赤字覚悟ですが、そこは妥協しませんでした」
チケットは配信のため、各回通常の3分の1程度の値段で販売。一方、購入者の数は自由に設定できるため、劇場定員の2~4倍の数のチケットが売れています。「多くの方にライブを届けることができ、SNSでもたくさんの感想をもらっていて、ありがたいことです。通信環境に左右されることもあるようなので、視聴についてのアナウンスなど、より楽しんでもらえる改善をしています」
新型コロナウイルスの感染拡大により、「突貫工事」で配信に踏み切った片山さん。いま取り組んでいることは、コロナが収束した後も、大きな財産になると言います。
「元々、チケットを取れなかった人や、東京になかなか来られない人たちのためにライブ配信を考えていました。いまは『お客さんからライブを無くさない』『出演者・スタッフから仕事を無くさない』という思いでやっていますが、安心して劇場にお客さんが呼べるようになったときには、配信も組み合わせた新しい届け方もチャレンジしていきたいです」
【記者の気づき】
■取材のきっかけ
今回の一週間興行を「無観客・有料配信」で開催することに決めた片山さん(スラッシュパイル)のnoteを読んだからでした。お客さんを呼べない無念さとライブの火を灯し続ける決意。置かれている状況もしっかりと書かれていて、深く話を聞きたいと、スラッシュパイルのサイトから片山さんに取材を申し込みました。
■「コロナ前」との違い
取材前、すでに行われた配信を観客として視聴しました。定点カメラで公演を流すのではなく、画面がテンポよく切り替わり、番組を見ているようでした。その理由は、現場の配信設備を見て納得。「映像と音質にはこだわりたい」と語った片山さんのこだわりが詰まっていました。
ただ同時に、この公演を劇場で見られたらどれだけ幸せだっただろうとも思いました。過去に小劇場で行われたスラッシュパイルの公演に足を運んだことがあります。お互いの服や荷物が当たるぐらいの空間、そこで起きる笑いと熱気は忘れられません。
■挑戦がもたらすもの
ツイッターの反応を見ていると、東京になかなか来られない人や、仕事などで都合がつかなかった人が、1日限定のアーカイブも含めて配信を楽しんでいました。片山さんが語っていた通り、これまで届けづらかった人たちに劇場のコンテンツを届けることができています。出演者がツイッターの反応を拾う回もあり、楽しみ方も変わってくるかもしれません。
また、片山さんがライブで大切にしている「秘匿性」についても、いわゆる「ネタバレ」のようなツイートは今の所、見当たりません。これは、有料かつ視聴者数を限定(上限800人)していることに加え、スラッシュパイルが築き上げてきたお客さんとの関係性が大きいと思います。「お約束」を分かっているのです。
劇場だけの「秘匿性」に価値を付けている場合、配信は一見、反する手段にも映ります。しかし、その秘匿性を守る仕組みを確立できれば、劇場の外に届けられる配信は武器になります。興行側とお客さんの関係性をどう築くかが、より一層問われることになりそうです。
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