連載
#20 ○○の世論
「2千万円不足」みんなが怒っていたこと 世論調査が示す年金問題
「公的年金だけでは老後の生活に2千万円足りない」という金融庁の審議会の報告書が去年話題になったとき、怒りや不安の声が広がる一方で、「もともと年金だけで暮らしがまかなえる制度ではないのに、何が問題なのか」といった反応も耳にしました。なぜ社会不安は広がったのでしょうか。老後のお金をテーマにした郵送世論調査の結果をもとに探ってみました。(朝日新聞記者・渡辺康人)
報告書で「2千万円足りない」と指摘されたのは、厚生年金で老後を暮らす元サラリーマン家庭の夫婦のことです。
国の統計をもとに支出と年金受取額とを比べると、平均で月5万円の差があるので、老後の30年で総額2千万円ぐらい足りない、といった内容でした。
「そんなにためられない」「年金保険料を払っているのに」などと批判が高まり、麻生太郎金融担当大臣が報告書の受け取りを拒否する事態に発展しました。
一方で社会保障政策の専門家で貧困高齢者の問題にも詳しい慶応大学の駒村康平教授から、こんな話をうかがいました。
「あの当時、サラリーマンの人たちと話していると、なぜこれほどの騒ぎになるのだろうか、といった声もあったんです。『退職金も含めれば2千万円ぐらいためられそうなものだし、老後の必要額としては妥当な数字では……』といった反応でした」
年金制度に詳しいほかの知り合いからも、似たような感想を聞きました。「年金だけでは暮らせないことも、老後の備えが必要なことも、今に始まったわけではないと思うんだけど……」と。彼らの意見も、一理あるとも思いました。
政府は、年金は「老後の生活の柱」というスタンスです。「年金だけでは足りない」とは言っていませんが、「年金だけで暮らせる」とも言っていません。それでは世の中全体の意識としてはどうなのでしょうか。
老後の生活は年金でまかなえるべきだ、という意見が多数派でした。この質問は、制度としての「あるべき姿」を尋ねたのですが、「あって欲しい」という思いが反映されているように思います。回答結果を経済的にゆとりがある人と、そうでない人に分けて見てみます。
暮らし向きに余裕がある人でも半数は、年金は、「生活費をまかなえるべきものだ」と思っていて、ゆとりがない人では、さらにその傾向が強いことがわかります。
調査では、まだ年金を受け取っていない現役世代に、「老後を迎えるまでに、退職金を含めていくらぐらいのお金をためておくことが必要だと思いますか」という質問もしました。
結果は「1千万円」が26%、「2千万円」が28%、「3千万円」が20%で、この3つに答えが集中しました。「あるべき姿」とは別に、現実には、年金だけではまかない切れないと思っています。「500万円未満」は2%、「500万円」は6%、「4千万円」は4%、「5千万円以上」は8%。
あの報告書が指摘した年金の不足額「2千万円」の周辺に集中したのは、報告書の内容に影響された部分もあるかもしれません。
調査では、合わせて、その金額をためられるかどうかも聞きました。
「ためられない」と考える人が大多数という結果になりました。この質問も、経済的なゆとりのあるなしで、比較してみました。
経済的にゆとりがある人でも「ためられない」が45%と半数近くいて、「ためられる」は42%でした。さらに、ゆとりがない人では、「ためられない」が80%と圧倒的です。
そもそも現役世代では、「経済的にゆとりがある」と答えた人は26%しかおらず、少数派です。「ゆとりがない」人が70%を占めます。
駒村教授は、「制度論としては、老後の暮らしは、年金だけでなく自助努力も必要です。でも、貯金や退職金で蓄えきれない、と不安に思う現役世代が多いことが、調査結果からわかります。そうした中で『2千万円不足する』という現実を見せられたことで、不安の声が広がったのは当然のことかもしれません」と分析してくれました。
「特に中小零細企業の従業員や、非正規で働く人たちの思いは深刻です。そうした人たちの老後の生活をいかに支えるかが、これからの政策で重要なカギを握ると思います」と話していました。
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