連載
#38 「見た目問題」どう向き合う?
21歳で顔に大やけど、諦めた教師の夢 メイクに救われ、今は恩返し
病気や事故によって、顔や体にアザや傷痕がある人たちがいる。心の負担は大きく、劣等感を抱える当事者も多い。外見ケアは、そんな悩みを和らげるための手段として注目を集めている。21歳のときに顔や腕に大やけどを負った長尾陽子さん(43)も、メイクによる外見ケアに救われた一人だ。「皮膚の変色を隠すことで、心が軽くなるだけでなく、症状とも向き合えるようになった」と語る長尾さん。自らの経験を生かし、メイク技術を当事者に伝えるインストラクターを務めている。外見ケアの意義について、長尾さんに尋ねた。(朝日新聞・岩井建樹)
【外見に症状がある人たちの物語を書籍化!】
アルビノや顔の変形、アザ、マヒ……。外見に症状がある人たちの人生を追いかけた「この顔と生きるということ」。当事者がジロジロ見られ、学校や恋愛、就職で苦労する「見た目問題」を描き、向き合い方を考えます。
生まれつきのアザや、肌の色が白くなる白斑(はくはん)、タトゥーなど、皮膚の変色を隠す技術は「メディカルメイクアップ」と呼ばれる。長尾さんが勤めるNPO法人メディカルメイクアップアソシエーション(MMA)では、カウンセリング・技術指導(無料)と、製品販売(有料)を行っている。
「アザの色が濃いところは、重ねて塗って下さい」。東京の銀座駅から徒歩数分。ビル8FにあるMMA銀座センター。長尾さんが、31歳の女性に声をかけながら、ファンデーションを首元に塗っていった。
女性の右耳の下側から首にかけてある10センチほどの赤アザ(単純性血管腫)が、瞬く間に隠れていった。自然に見えるよう、ほおのチークにあわせて、赤みを入れる。仕上げに、パウダーでファンデーションを定着させる。
MMAのファンデーションは市販品よりカバー力が高いといい、様々な皮膚の色に対応できるよう18色ある。地肌にぴったりの色がなければ2~3色を組み合わせることで、色を再現する。だから症状を隠していることは、明かされない限り、気づけないほどの仕上がりになる。
メイク終了後、女性は「気持ちが楽になりました」。これまでアザは「ないもの」として扱い、気にしないようにしていた。ただ、心の底にはコンプレックス。だから、髪の長さはいつもロングだった。高校の体育祭では、一体感を示すためにクラスメイトが髪形をポニーテールにしたときも「面倒くさいから」と断った。レーザー治療も受けたが、アザは消えなかった。社会人になり、コンシーラーを使ってみたが、効果は限られた。
そんな中、ようやくアザをきれいに隠せる手段と出合えた。「これからは髪形のバリエーションも増えそうです」と表情は明るい。
女性が長尾さんの指導を受けたのは、この日が2度目。自宅では20分ほどかけ、自らメイクする。「これまではアザを見ないようにしていたけど、うまくメイクするためには観察する必要がある。アザとしっかりと向き合えている気がします」と言う。
長尾さんも「隠すことで症状と向き合う。逆説的に聞こえますが、メイクは症状を『自分の一部』として認めることにもつながると思っています」と語る。
メディカルメイクアップの意義について、長尾さんは「外見は心のありように影響を与えます。アザなどの症状が心の重荷になっているなら、メイクによって、それを取り除ける」。人にどう見られるか気になって、コミュニケーションに苦手意識がある当事者もいる。「外見を整えることで、より自分らしく、本来の力を出せるようになってくれたら」と長尾さんは願う。
長尾さん自身も、メイクに救われた一人だ。
大学3年の冬。長尾さんはテスト勉強のため、夜通し勉強していた。朝、朝食をつくるためにコンロをひねったが火がつかなかった。マッチを擦って近づけたところ、漏れ出していたガスに引火。あっという間に火に包まれ、両腕、胸、顔、首に大やけどをおった。
救急搬送され、一命はとりとめた。メガネによって目が守られたのは不幸中の幸いだったが、治療やリハビリに約1年を要した。その間、頭皮をやけどした部位に移植するなど、手術は10回以上。顔や腕の皮膚には凹凸が残り、肌は赤、白、茶色と変色してまだら模様に。外見のこともあり、「将来どうしていいのかわからなくなった」。夢だった教師になる夢は脇に置いた。
そんなとき、担当医から「化粧でも症状が隠せる」と教えてもらった。ただ、実際に体験してみると、ファンデーションを厚く塗られ、その出来栄えの不自然さに違和感を覚えた。
一方で、うれしさも感じた。メイクへの落胆と、喜び……。相反する感情に、長尾さんは「自ら勉強して、メイク技術を身につけよう。そして、同じように困っている人たちにメイクする仕事をしたい」と思った。新たな夢が見つかった。
大学に通う傍ら、メイクの専門学校に。MMAが開いたメディカルメイクアップの勉強会にも参加。やけどで変色した皮膚を自然な色に見せる技術を身につけていった。下唇も膨れあがっているが、口紅を塗る面積を小さくする工夫で自然なかたちに見えるようにした。
化粧品会社勤務を経て、26歳のときにMMAに就職。それから17年。1万人ほどの人たちにメディカルメイクアップを施し、技術を伝えてきた。
うつむき加減だった人がメイクを体験すると、表情がパッと明るくなる。忘れられない相談者も多い。ある希少難病で、顔がまだら模様になっていた女性は「初めて健康的な顔を手に入れられた」と言い、病気の治療にも前向きになった。
自らも当事者であることは、相談者との間に「共感」を生むきっかけになると、長尾さんは思っている。やけどの跡が残る腕を見せ、「この部分はメイクしているけど、ここはメイクしてないところです。こんなに違うんですよ」と声をかける。
コミュニケーションを大切にしながら、「悩みは何か」「どのような場面で隠したいのか」などを尋ね、相談者の心の悩みに寄り添う。中には、見た目の悩みを口にする機会がなかったと、堰(せき)を切ったように語る人もいる。
皮膚の変色に効果的なメディカルメイクアップだが、形の変化を隠すことはできない。それでも「自然な色にすることで凹凸が目立ちづらくなる効果はあります」と長尾さんは言う。
メディカルメイクアップの存在が、まだ知れ渡っていないことは課題だ。冒頭の女性も「メイクによってアザが隠せるという発想がなかった。すぐに習得できる技術だし、もっと早く知っていれば……」と語っていた。長尾さんも「皮膚の変色に悩んでいる人がいたら、まず体験してほしい」と話す。
NPO法人メディカルメイクアップアソシエーションは、東京・銀座と、大阪・梅田の2カ所に店舗がある。カウンセリングは無料。問い合わせは、MMA(0120・122・042)へ。
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