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#50 #父親のモヤモヤ

6年ぶりに我が家へ戻った経理社員 転勤のあり方、見直し始める企業

勤務地を優先する働き方を選び、6年の単身赴任生活を終えた榊原好信さん(AIG損害保険提供)
勤務地を優先する働き方を選び、6年の単身赴任生活を終えた榊原好信さん(AIG損害保険提供)

目次

#父親のモヤモヤ
※クリックすると特集ページ(朝日新聞デジタル)に移ります。
各地に拠点がある企業の社員にとって、「宿命」とも言える転勤。日本型雇用を支えてきた人事システムですが、本人だけでなく、その家族にも大きな影響を与えることが少なくありません。個人の生き方や働き方が多様になるつれ、そのあり方を見直す企業が出てきました。
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しんどくなった単身赴任

日曜日の夜。家族だんらんの時を過ごした大阪の家から、一人暮らす東京へ――。

「ドアを開けたとき、誰もいない部屋なのが寂しいんです」。6年続いた単身赴任生活の終盤、榊原好信さん(47)はこうした思いに何度も駆られました。

富士火災海上保険(現AIG損害保険)の大阪本社で経理畑を歩んでいた榊原さんが転勤をしたのは2012年春。経理部門が東京本社に移るのにあわせて、打診がありました。妻も働いていて、当時子どもは小学生と幼稚園入園前。転勤となれば単身赴任でしたが、「仕事にやりがいを感じていたので、受け入れました」。

子どもたちから、「(東京に)行ったら嫌だ」と泣きながら送り出されるも、東京では「仕事に没頭できた」と言います。異動後にAIU損害保険との合併も発表され、同じビル内のグループ会社にも出向。自身のキャリアも着実に積んでいました。

しかし年が経つに連れ、単身赴任の負担がのしかかるように。月に2回、週末は大阪に戻るようにしていましたが、会社からの補助は1回分だけ。会えない時もスカイプや電話を使ってコミュニケーションを取っていましたが、「金銭的にも、精神的にも、どんどんしんどくなっていきました」。

会社の制度見直しが転機に

転機が訪れたのは2018年です。合併後のAIG損保が転勤の見直しを始め、社員が希望の勤務地を選択できる制度を試行。パイロット版のエリアとして大阪が選ばれ、榊原さんは手を挙げました。「この頃には単身赴任の解消を上司に相談するようになっていました。AIGとして、大阪での経理機能も強化する動きがあり、自宅へ戻れることになりました」

大阪に戻って1年半、妻と子ども2人との過ごす時間のありがたさを感じているという榊原さん。子どもは高校生と小学生になりました。「家族には苦労をかけたし、寂しい思いもさせた。家族を大事にする働き方ができてうれしい」

大阪の自宅で家族だんらんの時間を過ごす榊原さん(左)(AIG損害保険提供)
大阪の自宅で家族だんらんの時間を過ごす榊原さん(左)(AIG損害保険提供)

会社「転勤しないメリット、大きくなった」

このパイロット版を経て、AIG損保は昨年4月から、コールセンターなど勤務エリアが限定されている社員を除く約4千人を対象に、本人の同意がない会社都合の転勤を廃止しました。

約230カ所の拠点を11エリアに分け、榊原さんのように住居を動かさず希望エリアにこだわる人を「ノンモバイル社員」、転勤を受け入れる人を「モバイル社員」に。背景には転勤に対する意識の変化がありました。

「子どもの教育や家族の介護などから、転勤を受け入れられない、場合によっては退職を選ぶ人が増えてきた」と話すのは、人事担当の福冨一成執行役員。2017年秋に実施した人事制度に関する定期アンケートでは、働く場所に関する項目において「希望勤務地を選べる」ことを重視した社員が61%と半数を超えました。

合併前の両社は、癒着や不正行為の防止と社員教育の面から、他の企業と同様に社命による全国転勤を続けていました。ただ、近年はコンプライアンスも不正防止対策も強化されました。教育面でも転勤の効果は分かりにくく、「転勤しないことのメリットが大きくなった」(福冨さん)と制度変更へかじを切りました。

本人の同意がない会社都合の転勤を廃止した背景について説明するAIG損害保険の福冨一成さん
本人の同意がない会社都合の転勤を廃止した背景について説明するAIG損害保険の福冨一成さん

自分でキャリア設計できるようサポート

AIG損保は、モバイル・ノンモバイルの選択でキャリアアップや賃金に差はつけないとしています。転勤になったモバイル社員には、家賃補助などの手当が出ます。ただ、モバイル社員もエリアを希望することができ、希望エリア内であれば住宅手当は出ません。

榊原さんが単身赴任を決めた理由に、賃金面での不安がありました。当時は、総合職からエリア総合職という「地域限定」社員になって大阪にとどまるという選択肢もありました。「自宅を購入していたし、給料も下がる不安があったので、東京に行きました。今回は待遇面での差がないので、戻ることを希望しやすかったです」と榊原さんは振り返ります。

キャリアについても、今後は各エリアの機能を大きくしてポストを増やし、地元採用も増やす予定です。昨年末の定期調査では、65%の社員が転勤のないノンモバイルを希望しました。導入当初は東京・大阪への集中が懸念されたものの、「ないわけではないが、大きく支障が出るほどでもない」と会社側はみています。

移行期間が終わる21年9月末までに、ノンモバイル社員は希望エリアに異動する予定です(20年1月時点で92.5%が異動済み)。福冨さんは「モバイル・ノンモバイルのどちらを選ぶかは定期調査のほか、個人の事情にあわせて柔軟に対応している。自分のキャリアは自分で設計できるよう、会社としてサポートしていきたい」としています。

転勤猶予、逆に希望募る企業も

社員のライフステージに応じた柔軟な働き方を認める一環として、転勤の捉え方を見直す企業は他にも出てきています。

石油元売り最大手で「ENEOS」のブランドで知られるJXTGエネルギーは「転勤猶予制度」を昨年発表しました。個人の事情により、転勤を希望しないことを社員が申し出た場合に、3年間を限度に原則として会社は転居を伴う転勤を命じない制度です。

制度発表後から、育児や介護、子どもの教育、共働き、持ち家、など様々な事情を抱える従業員からの利用希望があり、「前向きに受け止められている」と同社。転勤猶予は今年4月からの人事に反映されます。

一方、三井住友海上火災保険は勤務地限定の地域社員約7千人を対象に、転居転勤を含む異動ができるコースを昨年4月から始めました。3年を原則とした転勤に応募できる制度で、昨年は約110人が認められました。

「勤務地が限定されている地域社員ですが、同じ地域だと業務が固定化し、キャリアアップにはつながりにくい面もあります。期間限定で、場所的な制約を取り払い、仕事や役割の幅を広げてもらうのが狙いです」と広報担当者。昨年は隣県への異動などを念頭に置いていましたが、反響が大きかったため、業務の種類が多い都市部など、より広域での経験が積める「全国型」のコースも今年4月から新設します。

個人の生き方や働き方が多様になるつれ、転勤のあり方を見直す企業が出てきている=PIXTA
個人の生き方や働き方が多様になるつれ、転勤のあり方を見直す企業が出てきている=PIXTA

共働きの場合などは、転勤によって配偶者も影響を受けます。キャリアの断絶にならないよう、業界としてサポートする動きもあります。

全国の大手私鉄各社は、配偶者の転勤などで働き続けることが難しくなった人たちを相互に受け入れるスキーム「民鉄キャリアトレイン」を、2018年6月に立ち上げました。現在は首都圏、東海、関西、九州の15社が加盟。社員のノウハウを鉄道業界の「共通財産」として捉え、エリアの競合がない会社同士で、採用試験を経ての転籍や出向といった形で受け入れる枠組みを作っています。

働きかけをした東急によると、私鉄各社は鉄道事業のほか、沿線の都市開発、不動産事業などビジネスモデルが共通しています。「培ったキャリアが、他社でも生かしやすい業界。職種は限定せず、お互いのニーズが合えばマッチングを進めたい」。スキームを活用して元の会社に再就職することも想定しています。

これまでに相談は数件あり、全国で2件のマッチングが実現しました。東急の担当者は、「キャリアの継続を業界としてバックアップできるようになった」と手応えを感じています。「就職活動をする学生からも関心が高い。必要としている人に使ってもらえるよう周知をしていきたい」と話しています。

民鉄キャリアトレインについて説明する東急の担当者
民鉄キャリアトレインについて説明する東急の担当者

企業の枠を超えた視点が必要

「転勤はかつて専業主婦が主流だったために成り立った制度といえます」。こう指摘するのは、法政大学キャリアデザイン学部の武石恵美子教授です。

夫の転勤に帯同するにせよ、しないにせよ、家事育児を担える妻がいることが前提で続いてきたともいえます。ただ、働く女性が増え、共働き世帯が増えました。夫婦2人が働き続けることを前提にしたとき、いま考えるべき転勤制度の課題とは何でしょうか?

武石さんは「共働き世帯の増加を踏まえると、転勤制度には企業の枠を超えた視点が必要になります」と話します。

「転勤は相手方の職場やキャリアなど、影響する範囲がとても大きい。たとえば配偶者の転勤に帯同して休職できる制度があっても、配偶者の転勤期間がはっきりしていないと、制度を使える期間中に戻ってこられるかわからず、復職のめども立ちません」

企業が転勤のあり方を見直す背景には、こうした事情を無視できなくなったと語る武石さん。「『うちの会社だけ』の問題では済まされなくなっている。企業それぞれというより、社会全体でこの問題を考えていく必要があります」

父親のモヤモヤ、お寄せください

記事に関する感想をお寄せください。また、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐためとして、政府が小中高校や特別支援学校の休校を要請しました。ネット上では、判断の是非だけでなく、しわ寄せが「母親」に集中しているとの批判もみられました。一方、こうした状況について、子育てに深く関わる父親はどう感じたのでしょうか。ご意見を募ります。

いずれも連絡先を明記のうえ、メール(seikatsu@asahi.com)、ファクス(03・5540・7354)、または郵便(〒104・8011=住所不要)で、朝日新聞文化くらし報道部「父親のモヤモヤ」係へお寄せください。

 

この記事は朝日新聞とYahoo!ニュースによる連携企画記事です。共働き世帯が増え、家事や育児を分かち合うようになり、「父親」もまた、モヤモヤすることがあります。それらを語り、変えようとすることは、誰にとっても生きやすい社会づくりにつながると思い、この企画は始まりました。今回は「転勤」をテーマにした記事を配信します。

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