連載
#14 クジラと私
捕鯨、人間魚雷のスロープ使った歴史 再開2年目、甘くない現実
商業捕鯨の再開から2年目。2月下旬、日本最大の捕鯨会社・共同船舶の捕鯨船が今年初めての漁に出ました。山口県下関市で開かれた出港式に行ってみると、華々しいイメージとは異なり、日本の捕鯨産業がおかれる厳しい環境が見えてきました。
共同船舶の捕鯨船が下関港から出港したのは2月24日、3連休の最終日でした。
共同船舶が創業したのは1987年。国際捕鯨委員会(IWC)で採択された商業捕鯨の一時停止(モラトリアム)に伴い、「日本共同捕鯨」から船や船員を引き継ぎ、30年以上にわたって調査捕鯨を担ってきました。
前身の日本共同捕鯨は、国際的に捕鯨の規制が強くなるなか、大洋漁業(現マルハニチロ)や日本水産などの捕鯨部門を統合して1976年に発足した会社でした。
まさに、捕鯨をめぐる政治・国際情勢にほんろうされてきた会社といえますが、商業捕鯨再開という政治判断で再び事業環境が大きく変わろうとしています。
今回、出港した船は「日新丸」と「勇新丸」の2隻です。勇新丸は「キャッチャーボート」と呼ばれ、実際に大砲でもりをクジラに撃ち込む船。一方、日新丸はキャッチャーボートが捕まえたクジラを船上に引き上げて解体、鯨肉を加工し冷凍して保管する「母船」と呼ばれる船です。
勇新丸は総トン数724トン、全長70メートルなのに対し、日新丸は8145トン、130メートル。横付けされた波止場に行くと、まるで一面壁のように感じます。
日新丸には100人弱、勇新丸には15人ほどの船員を乗せ、3月27日まで、日本の排他的経済水域(EEZ)の南東水域でクジラを探します。
出港式は日新丸の甲板後方で開かれました。クジラを解体する、いわば「まな板」の上です。最後部には大きな滑り台のようなスロープがあり、そこからクジラを引き上げます。
興味深かったのは、日本捕鯨協会の山村和夫会長のあいさつです。
「捕獲調査が昨年で終了したことから、みなさんは日本での正月を久しぶりに楽しむことができ、しっかりと元気をやしなってのご乗船とお見受けします」
なるほど、日新丸船団は調査捕鯨のとき、毎年南極海で年越しをしていたわけです。ときには反捕鯨を訴える団体から激しい妨害も受けました。知識としては知っていても、実際にその現場にいた船と人たちを前にすると感慨深いものがあります。
山村さんは続けます。
「みなさんがこれから向かう海域は74年前、終戦後まもない昭和21年のちょうどいまごろ、沈没をまぬがれていた日本海軍の特別輸送艦を急きょ改造した母船と戦火を生き残った捕鯨船で、食糧不足に苦しむ国民の期待を背負いながらみなさんの先輩たちがクジラを捕った場所です」
第2次世界大戦では多くの捕鯨船が軍に徴用され戦火に沈みました。山村さんによると終戦直後に母船として使われたこの時の輸送船は、人間魚雷「回天」などを海中に投入したスロープが備わっており、それをクジラの引き上げに転用したといいます。
出港式やその前後の取材で関係者から聞いた声のうち、印象的だったのは「手探り」と「自立」の二つでした。
まずは「手探り」について。商業捕鯨の再開で、日本はクジラを捕まえる海域を日本沿岸200カイリ以内の排他的経済水域(EEZ)に限定しました。捕獲するクジラの種類も変わりました。
南極海や北西太平洋という「公海」で調査捕鯨をしてきた共同船舶としてはそのため、新しくクジラを捕まえる海域をEEZ内で探さなければなりません。今回赴いた「EEZ内南東部海域」は30年間の調査捕鯨では一度も操業したことのないエリアです。
共同船舶の森英司社長はこう話します。
「全く経験、実績のない時期、海域での操業となる」(出港式で)
「果たしてどんなクジラがいて、どういった肉質のクジラであるかというのは全く分からない。試験操業という意味合い」(報道陣の取材に)
また、出港式で登壇した水産庁の担当者は「未開拓の水域ということで非常に苦労も考えられる」、日本捕鯨協会の山村会長も「手探り状態での操業が続くことが懸念される」と話しました。
もう一つは「自立」です。商業捕鯨の再開は一義的に、捕鯨を市場経済のもとで行うことを意味します。再開後も政府は移行期間として年間51億円の税金を投入していますが、捕鯨産業は将来的に補助金に頼らず自立することが求められています。
共同船舶の森社長は出港式で「我々は自立した商業捕鯨を早急に確立しなければならない。本年は正念場の年となる」と発言。日本捕鯨協会の山村会長も「商業捕鯨の1日も早い自立とその後の安定は、みなさんの双肩にかかっているといっても過言ではない」と船員に呼びかけました。
ただ、クジラの捕獲枠は31年前の商業捕鯨時代はもちろん、直前の調査捕鯨と比べても大幅に減っています。鶏が先か卵が先かわかりませんが、鯨肉消費量もそれと並行して減っています。
森社長はこの点、報道陣の取材に「(商業捕鯨再開は)スタートを切った段階でゴールではない。将来に向けてはしっかりと調査をし、(捕獲枠を)より拡大していくという方向は、一捕鯨会社として望むところである」と話します。
当面の対策としては鯨食文化の普及と、コスト削減を課題に挙げます。
「会社というのはなにがしか国民に幸せを提供する(必要がある)。価格に見あったおいしさ、納得のいくおいしさと価格を追求していかないといけない」
「生産コストを極力抑えることも取り組んでいかなければいけない。効率的な操業、生産を行っていくということを、今年中になんとか見極めていくのが大きな課題になる」
とはいえ、そもそも母船式は大量のクジラを捕獲し、処理することを前提に作られています。昨年はたった3カ月で捕獲枠分のクジラを取り終わってしまいました。操業していない間、船は金を生み出さず、維持費が出て行くばかり。現在の設備を維持しながら経済的な自立をはかるのはかなり高いハードルであるのは間違いなさそうです。
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