連載
#47 #父親のモヤモヤ
「頼まれてほしい」子ども誕生後に転勤 独身と違った単身赴任生活
【平成のモヤモヤを書籍化!】
結婚、仕事、単身、子育て、食などをテーマに、「昭和」の慣習・制度と新たな価値観の狭間を生きる、平成時代の家族の姿を追ったシリーズ「平成家族」が書籍になりました。橋田寿賀子さんの特別インタビューも収録。
男性は、いわゆる「転勤族」です。全国をまわり、これまで15回程度引っ越しをしました。結婚前には、海外での勤務も。仕事と家庭の両立に葛藤する男親の姿を描く「#父親のモヤモヤ」企画班に、メールで自身の体験談を寄せてくれました。
5年ほど前に結婚。妻は、長男(2)の妊娠、出産を機にいったん退職しました。互いの親を頼れず、夫婦で手探りの子育てが始まった矢先、最初の転機が訪れました。長男が生まれて数カ月目のことです。
中部地方への転勤を命じられたのです。
「会社として重要なミッション。子どもが生まれて間もないのは承知しているが頼まれてほしい」。会社側は、そう説明したそうです。「人選が進んでいることは知っていたので危機感はありました。『来るべきものが来た』という感覚です」
転勤は慣れたものでしたが、独身時代とは状況が違いました。
妻は、数時間おきの授乳で、常に寝不足の状態でした。保育園の入園準備も。子育てに家事に、フォローがより必要な時期でした。
一方、転勤先は、会社として重要な業務を担っていました。抜擢(ばってき)人事です。「サラリーマンとして誇らしい気持ちもありました」
家庭には関わりたい。ただ、会社の将来を左右する大事なプロジェクトにも加わりたい…。男性は、迷った末に転勤を受け入れることにしました。すでに自宅を買っていたので、単身赴任を選びました。一方で、首都圏で仕事をする際は自宅に立ち寄ったり、週末に転勤先から戻ったり。週に一度は家族との時間を持つようにもしました。
こうした生活を続けているうち、ある感情が芽生えました。
何かを「失っている」。そんな感覚です。
仕事に充実感はありました。週に一度は家族のもとへ帰りました。それでも、「喪失感」が頭をもたげたのです。気がつけば、子どもが立っていた。気がつけば、子どもが歩いていた。気がつけば、子どもが話し始めていた。気がつけば――。「子どもの成長の場面に、立ち会えていないと思ったのです。妻と苦労や喜びを分かち合えていないことにも、もどかしさがありました」
単身赴任生活は1年超に及びました。
これで少しは落ち着く。そう思って間もなく、今度は海外赴任を打診されました。キャリア形成には申し分なく、自身のことだけを考えれば、歓迎すべき人事でした。それでも、単身赴任生活での「喪失感」が頭をよぎりました。
同時に、妻が第2子を妊娠していることも分かりました。身重の妻を残したり、連れていったりする選択肢はありませんでした。
辞退を申し出ると、会社側は了承しました。
会社は、すぐに応じましたか? 人事への影響は気になりませんでしたか? 「断ったことで、若干、雰囲気は良くありませんでした。評価への影響は考えました。ただ、社会の状況を思うに、評価に影響させたことが明らかになれば、会社もダメージを受けるでしょう」。実際、影響はなかったそうです。
男性は、妻の出産にあわせ、1カ月の「育休」取得を申し出ました。会社の上司は難色を示しましたが、男性から催促して、取得したそうです。
「私にも部下がいます。『育休』が選択肢として可能な会社だという社内の『空気』を得ました」
男性はいま、「育休」から復帰し、仕事と子育てに追われています。朝は毎日子どもと遊び、保育園に送ります。週末は子どもとの時間に充てています。日々の成長を、妻と2人、かみしめていると言います。
男性はこう話します。
「大半の責任は会社にあると思いますが、転勤も含め、子育てに携われない多くの父親は貴重な時間を『失っている』のだと思います。子育てにネガティブな『空気』を、わずかでも自分の行動で変えていければよいなと思います」
独立行政法人労働政策研究・研修機構の「企業の転勤の実態に関する調査」(2017年)によると、「正社員のほとんどが転勤の可能性がある」「正社員でも転勤をする者の範囲は限られている」と回答した企業は、調査対象の6割に及びました。
調査では、転勤に際してどんな要望が寄せられているかも複数回答可で尋ねています。主なものだけでも、「親らの介護」「出産・育児」「子の就学・受験」「結婚」「配偶者の勤務(共働き)」と、さまざまです。
転勤がある企業に、過去3年で転勤を理由に離職した社員がいたかも尋ねています。男性の社員が「いた」とする企業は2割、女性は1割弱でした。
多くの企業で転勤がある一方、家庭に事情があり、「転勤か、離職か」の選択を迫られている人が少なからずいる状況がうかがえます。
転勤をめぐっては判例もあります。転勤を拒んで懲戒解雇されたケースでは元社員が提訴。最高裁判所は1986年、「家庭生活上の支障は通常甘受すべき程度のもの」という判例を示しました。大和総研研究員・菅原佑香さんは、「勤務地を限定する旨の合意がある場合などをのぞき、企業が働く従業員の同意なしに『転勤してください』と配置転換を命じることは認められているのが現状です」と説明します。
菅原さんは、背景には日本の労働慣行があったと言います。「従業員は転勤を含むいかなる辞令も引き受ける代わりに、長期雇用を保障されていたわけです」。そしてこう続けます。「こうした日本的な雇用慣行が崩れつつあるいま、時代にそぐわなくなっているところが一番の課題です」
「転勤がすべて悪ではない」と菅原さんは言います。それでもこう続けます。「転勤などの配置転換に際しては介護や育児に企業が配慮しないと、離職者が増えるおそれもある。中長期的には企業の人事も成り立たなくなる時代になるのではないでしょうか」
記事に関する感想をお寄せください。また、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐためとして、政府が小中高校や特別支援学校の休校を要請しました。ネット上では、判断の是非だけでなく、しわ寄せが「母親」に集中しているとの批判もみられました。一方、こうした状況について、子育てに深く関わる父親はどう感じたのでしょうか。ご意見を募ります。
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