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連載

#13 クジラと私

クジラ「食べない」のに商業捕鯨再開 「パンドラの箱」あけた?

長崎市にあるクジラを扱う料理店=2014年4月4日、長崎市、森下東樹撮影
長崎市にあるクジラを扱う料理店=2014年4月4日、長崎市、森下東樹撮影 出典: 朝日新聞

目次

2019年7月、31年ぶりに再開した日本の商業捕鯨。鯨肉を好む消費者からは「これで再び鯨食文化が盛り上がる」といった歓迎の声も上がりました。ところが、この商業捕鯨の復活はむしろ捕鯨や鯨食文化を衰退させる可能性があるという指摘もあります。どういうことでしょうか? 捕鯨の専門家が集う研究会で聞いた見方を紹介します。
(朝日新聞名古屋報道センター記者・初見翔)

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クジラを追って

分野横断「異色の研究会」

取材に行ったのは「捕鯨と環境倫理」と題した研究会です。

大阪府吹田市にある国立民族学博物館(民博)の岸上伸啓教授が2016年秋に立ち上げ、世界各地の捕鯨の実態や、反捕鯨運動による影響などを取り上げてきました。

参加する専門家は約20人。北アメリカ先住民の捕鯨が専門の岸上さんをはじめ、世界各地の捕鯨を研究する文化人類学者のほか、社会学者や国際関係学者、哲学者や捕鯨に反対する立場の団体の代表まで幅広い分野の専門家が顔をそろえる、異色の研究会です。

3月いっぱいで研究期間を終えるのを前に、2月16日、民博で締めくくりの発表会が開かれました。

岸上さんが研究してきたアラスカ先住民イヌピアットが捕獲したホッキョククジラ=2010年5月、米アラスカ州、岸上伸啓さん提供
岸上さんが研究してきたアラスカ先住民イヌピアットが捕獲したホッキョククジラ=2010年5月、米アラスカ州、岸上伸啓さん提供

文化人類学者の自問自答

まず登壇したのは岸上さんです。3年半の研究会を「いろいろな方が同じ土俵で意見を交換できたのは非常に大きい。私自身が誤った考えや知識を持っていたことにも発見し、見直すことができた」と振り返りました。

現代の捕鯨をめぐる世界情勢についても言及し、「21世紀になって反捕鯨が趨勢になっているのは間違いない。世界の大きな流れとして、捕って殺して食べるというものから、殺さずに利用するという方向への変化がみられる」と説明。さらに研究会としての結論は出していない、個人の考えだ、と断ったうえでこう話します。

「『積極的に捕鯨を進めよう』とも『積極的に捕鯨を禁止しよう』ともいわない。私自身が先住民の捕鯨を研究し、難しさと同時に(捕鯨文化の)重要さもみてきた。特定の鯨種が消滅の危機にひんしていないという状態なら、商業捕鯨であれ先住民の捕鯨であれ、持続可能な捕鯨を禁止する必要はないのではないか。ただ、持続可能かどうかを判断するのは、言葉でいうのはやさしいが現実問題としては非常に難しいというのも認識している」

文化人類学者として文化の多様性を重視する立場でありながら、研究会を通じて自問自答してきた様子が伝わってきました。

岸上伸啓さん=2020年1月、初見翔撮影
岸上伸啓さん=2020年1月、初見翔撮影

捕鯨国アイスランドで起きた変化

次は園田学園女子大学短期大学部の浜口尚教授です。アイスランドの捕鯨を研究しています。

アイスランドは世界で数少ない商業捕鯨を続けている国です。ナガスクジラを日本向けに輸出する一方、ミンククジラは自国で消費しています。近年、そのミンククジラ捕鯨に変化が起きているといいます。

2006年に商業捕鯨を再開して以降、多い年には80頭を超えることもあったミンククジラの捕獲頭数が、2018年は6頭、2019年はゼロでした。浜口さんによると、ミンククジラを捕獲していた海域でホエールウォッチングが盛んになり、その海域のほとんどが捕鯨禁止のホエールウォッチング専用エリアとなったことが理由だそう。

アイスランドの外国人観光客は年々増加しており、2015年には約130万人が訪れ、その2割強にあたる約27万人がホエールウォッチングに参加。観光業界やホエールウォッチング業界が力を増すなか、捕鯨禁止エリアの縮小は見込めず、ミンククジラ捕鯨は停止した状態が続くのではないかと予想しました。

浜口尚さん=2020年2月、初見翔撮影
浜口尚さん=2020年2月、初見翔撮影

「殺さない利用」が増やす鯨肉需要

岸上さんが先に指摘した「殺す利用から殺さない利用」という世界の流れを象徴しているように感じます。ところが現実はそう単純ではない、ということにも気づかされます。

ホエールウォッチング参加者のほとんどは外国人観光客。その2割がクジラ料理を食べるという調査もあるというのです。外国人観光客が増え、「殺さずに利用する」ホエールウォッチングが盛んになれば、同時に「殺す利用」である鯨肉の消費も増えるということです。

ただ、ミンククジラ捕鯨会社の社長はノルウェー産ミンククジラ肉を輸入する会社の社長を兼任しており、当面は捕鯨が禁止された海域の外で操業するよりノルウェーの鯨肉を輸入したほうがコストが安いと判断しているそう。結局、アイスランドでミンククジラ捕鯨が再開される可能性は少なそうです。

石川創さん=2020年2月、初見翔撮影
石川創さん=2020年2月、初見翔撮影

日本の現状「食べる人がいなくなれば消滅する」

最後に、下関海洋科学アカデミー鯨類研究室の石川創室長が「日本の捕鯨の現状と将来」と題して話しました。石川さんは水族館の獣医師や日本の調査捕鯨の団長を務めた経験があります。

石川さんは日本の世論と国民の食卓の乖離を指摘します。

「モリカケ」や「桜を見る会」で与野党が鋭く対立するなかにあっても、2017、2019年に捕鯨を支援する法律が与野党のほとんどの議員が賛成して成立している。すなわち国民も捕鯨政策を支持しているはず。それなのに、鯨肉消費量は1人あたり1日0.1グラム以下。

「食べる人がいなくなれば鯨食文化だろうが捕鯨産業だろうが消滅する」と断言します。

商業捕鯨の再開後、1頭目に捕獲されたミンククジラ=2019年7月1日、北海道釧路市
商業捕鯨の再開後、1頭目に捕獲されたミンククジラ=2019年7月1日、北海道釧路市 出典: 朝日新聞社

商業捕鯨再開で「パンドラの箱」あけた?

石川さんは、商業捕鯨の再開について、調査捕鯨時代に比べクジラの捕獲頭数や生産される鯨肉が「ガクンと減っている」と説明します。さらにいま年間51億円がつぎ込まれている政府の捕鯨関連予算も「いつまでも続く物ではないと水産庁がはっきり言っている」とし、「とにかく消費者が増えないことには明らかに採算がとれない産業」だと話します。

補助金がなくなった場合は……。発表後の質疑応答ではそんな話題にも触れられました。調査捕鯨は国の事業でしたが、商業捕鯨が再開されたことで捕鯨産業は自立が求められています。

石川さんの予想はこうです。和歌山・太地や宮城・石巻などを拠点に沿岸で操業する小型捕鯨業は「地域に根ざした消費や地盤がある」ため生き残れるだろう。一方で、船団を組んで沖合で操業する母船式捕鯨業については生き残れるか「非常に不透明な部分がある」。

その上で、「単にクジラを捕って売るだけではなく、いろんな事業を多角的に経営して捕鯨産業を維持する戦略が必要になるのではないかと、漠然と考えている」と指摘しました。

国内世論とは裏腹に、日本の捕鯨産業は厳しい立場に追いやられているといえそうです。アイスランドの現状からは、市場経済下の合理的な経営判断のありようも垣間見えました。

日本の鯨食文化を守りたいと考えている人ほど、2019年の商業捕鯨再開は歓迎ではなく警戒すべき出来事だったのかもしれません。

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