話題
「貸出記録」とらない本のある図書館 それでも届けたい情報
埼玉県飯能市の県立飯能高校の図書館には、「貸出記録」をとらない本が約60冊あります。図書館としては、蔵書を管理する意味で貸出記録をとらないと困ってしまうはず。返却されないリスクだってあります。それなのに、あえてそれをしない60冊とはどんな本なのか、図書館の整備や生徒たちの情報収集のサポートをする、主任司書の湯川康宏さんに聞きました。
その60冊は、貸出カウンターのほぼ死角になっている「あなたをまもる本」のコーナーにあります。
棚を見ると「いじめから脱出しよう!」(玉聞伸啓、小学館)や「生理ちゃん」(小山健、KADOKAWA)、「みんなのH」(河野美香、講談社BOOK倶楽部)といった本が並びます。
いじめや性にまつわる本を集めたこのコーナーの本。貸出記録をとらないのは、「借りたいんだけど借りていることを人に知られたくない」というセンシティブ情報への配慮からです。
4年前に着任した湯川さん、蔵書を整理する中で、性やいじめに関する本は古いものが多いと感じました。
新しい本に入れ替える決断をしましたが、「新しくするなら利用してほしい」。ただ、関心があったとしても「少なくとも自分だったら借りられないと思った」といいます。
それならばとプライバシーの配慮を優先し、貸出記録をとらないというコーナーにしたのです。
「性やいじめに関する事柄には高校生は関心があるし、情報も様々あるけど、ネットなどの情報は真偽のほどが定かでない場合がある」と湯川さん。
「館内で読むのがはばかられる資料を館内に置いて死蔵しているよりも、とにかく使ってもらうことで本当に困っている生徒が救われるのであれば、戻ってこないリスクを承知したうえで、貸し出す価値があると思いました」
湯川さんは「読み終わったらどこでも良いから戻してね」と生徒には伝えていますが、記録がないと、本の利用があるかないかすら司書は把握出来ません。ただし、湯川さんは記録からではなく、棚に並んでいる本の並び方をつぶさに観察することで、それを判断しています。
「例えばこれ。逆さまになっている本があるけど、それは、あえてそうしたのか、慌てて戻したのか。動いているということで、本が使われているということが分かるんです」
「他のところは生徒に整理してもらったりするけど、ここだけはわたしが自分でやっているんです。逆さまになっているものがあったのなら、一瞬手にとったということは間違いないなと確認できるんです」
この棚には、本と一緒に、相談窓口を紹介するカードも置いています。
飯能高校の図書館では、マンガの扱いも特徴的です。
館内には、週刊少年ジャンプをはじめ、コミックマンガなどが、目立つ位置に置いてあります。正直、「図書館といえば本。マンガはあっても学習マンガ程度」と思っていた私は、その空間に度肝を抜かれました。
飯能高校の図書館の蔵書は3万7000冊。うちマンガは2800冊ですが、実際は数字よりもマンガの存在感を大きく感じます。
その理由は配置。まず図書館に入ってすぐ、新刊マンガ棚があります。「薬屋のひとりごと」(日向夏、ビッグガンガンコミックス)や「炎炎ノ消防隊」(大久保篤、講談社コミックス)などが紹介されています。
そして、カウンターのすぐそばには、集中的にマンガなどが置かれています。井上雄彦さんの「スラムダンク」や「リアル」、吾峠呼世晴さんの「鬼滅の刃」も並びます。
司書の湯川さんは「高校生がハマるマンガを目立つところに展示しているだけで、図書館に置くべき資料の中の一つのジャンルとして置いています」と話します。
「私は本とマンガを区別していないんです。マンガと本は、表現方法が違うだけなのに、それを差別する意味がまったくわからない」
湯川さんは、20年以上、埼玉県で司書を続けています。県立や市立の図書館を経て、4年前に飯能高校に着任しました。
以前、公共図書館の館長しているときに「マンガにお金を使うのはどうなのか」という意見もあったといいます。湯川さんによると、図書館によっては、選ぶ基準を明文化し、最初から、マンガや参考書を選定から外しているところもあるそうです。
ただし湯川さんは、「全体の資料のバランスで、学校図書館として、このくらいのマンガがあった方が生徒の利益になるだろうと総合的な判断をしている」ため、飯能高校のマンガの蔵書は、現在の量になっているそうです。
湯川さんの着任後、一時的にマンガの蔵書は急増したそうですが、現在は頭打ちの状態です。
現在、マンガの選書には生徒の意見を重視しています。「生徒がいいと思ったものの方が当然利用されるのですから」
「誰も読まない本が並んでいるよりも、生徒が利用してくれるマンガがあった方がいい。その結果、他の資料の利用率も上がる可能性もあり、図書館にとってマンガを増やすことは決して悪いことではない」と話します。
湯川さんの持論は、「いくら良い本があっても誰も使わなければ意味がない」です。
取材後、なんとなく湯川さんに趣味を聞いてみました。
「株主優待ですね」と意外な答えが返ってきました。きっかけは「新聞」だったのだそう。
「新聞を読むときに、自分が関心ある記事の方が本気で読めるじゃないですか」。つまり、株主になった会社の記事がないか、目をさらにして新聞を読むために、株主優待にはまっていったのだといいます。
「いくら良い本があっても誰も使わなければ意味がない」と湯川さんは言っていましたが、ものや行動に意味を持たせるという意味では、湯川さんの趣味には合点がいきました。
新聞社に勤め、日々情報を発信している私にとって、読んでもらうため、関心を持ってもらうため、何ができるか。湯川さんの言葉をかみしめながら、考えていきたいと思います。
1/28枚