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伝説の高校図書館つくった名物司書「情報源は本じゃなくてもいい」
プレイステーションやWii、「週刊少年ジャンプ」、ぬいぐるみ、こたつ……。一般的な図書館のイメージからはかけはなれたものが所狭しと置かれている図書館が、埼玉県飯能市の県立飯能高校にあります。出版社業界でも知られているという「おもしろい司書さんがいる」という図書館を訪ねました。
県立飯能高校は、100年近い歴史のある普通科高校。全日制と定時制があります。
その高校の正門から一番遠い建物に、その図書館はあります。
そこで図書館の整備や生徒の情報収集のサポートをしているのが、主任司書の湯川康宏さんです。
湯川さんに案内され、高校の玄関から図書館に向かうと、少し離れたところからでもなにやら音が聞こえます。(聞いたことがあるなと思ったら、私の自宅近くのスーパーで流れている音楽でした)
「図書館を開けているときは音楽を流しているので、生徒たちは遠くからでも図書館が開いているかどうかの判断ができます」
なるほど。
図書館の入り口には、「ようこそいらっしゃいました、すみっコ図書館司書の湯川です」と書かれた湯川さんの全身ポスター。
扉を開けて、まず目に飛び込んできたのは、人気キャラクター「すみっコぐらし」のぬいぐるみたちと、人気マンガの数々でした。正直、私が知っているどの図書館にも当てはまらない雰囲気を感じます。
見学者を案内することも少なくないという湯川さんは、私の戸惑いを知ってか知らずか、「この図書館は5色に分けています」と説明を続けます。
まず、私が圧倒されたマンガやぬいぐるみで埋め尽くされた入り口付近は黄色のゾーン。
「初めてきた生徒がここで帰らないように、とにかく生徒を立ち止まらせるものを置いていいます」
奥に進むと、さらに4色のゾーンが広がります。
【緑】読む本
【青】調べる本
【ピンク】見る本=雑誌や写真集など
【モノトーン】その他=マンガなど
それぞれコンセプトに合わせて空間が色分けされています。
そして、図書館にちりばめられたおもしろグッズの数々。
こたつもあれば、ガチャガチャもあれば、ハンモックも、コーヒーメーカーもあります。まさにカオス。
湯川さんはなぜ、これほどまでにカオスな図書館を作ったのでしょうか。
湯川さんが飯能高校の司書に着任したのは4年前のことです。
それまでは、県立や市立のいわゆる公共図書館に約20年間勤務していて、飯能市では、市立図書館の館長を務めたこともありました。
一方で、理想の図書館をスムーズに作ってみたいという思いから、「学校図書館の司書になりたい」と希望を出し続けていたのだといいます。
念願かなった舞台が、飯能高校です。
飯能市にはなじみがあったため、「かつては地元の伝統校として議員の出身校だったが、今は昔ほど大学進学率も高くない」という飯能高校に、どのような生徒が在籍しているのかは事前に知っていました。
湯川さんが着任してすぐの頃は、一日中図書館にいても、来館者がゼロの日が続きました。
「本を読む習慣がない子に『本を読め』というのは、野菜を食べる習慣がなかった子に突然『野菜を食べろ』と言うのと同じ。少しずつ慣らしていかないといけない」
そう感じた湯川さんは、まずは図書館が居心地の良いところであることから始めようと、いまのスタイルに少しずつ変えていきます。
「図書館の中があまりに汚かったので、蔵書を処分しながら整理しました」
いまでこそカラフルな柱がポップな雰囲気を演出していますが、「それも自分で塗ったんです」と湯川さん。「生徒たちの足跡がついていたんで、足跡がついている部分をペンキで塗っちゃいました」
蔵書の入れ替えや、図書館の雰囲気作りを進めていくうちに、徐々に生徒たちが図書館に来るようになってきました。
昼休み、図書館でお弁当を食べたり談笑したりする常連さんたちに話を聞いてみました。
「入学したとき、天国だと思った。実家よりいいかもしんない」と話すのは3年生の男子生徒。この日初めて設置された、トルソーに古着コーディネートをするコーナーで洋服を選びながら話してくれました。
同じく3年生の女子生徒は「司書さんは話しやすいですよ。『来そうなマンガ教えて』とか聞いてくる」。リクエストした本を何冊も入れてもらったのだといいます。卒業を控え、2月から休みに入りますが「『別に来て良いよ』って言われたから普通に来ます」
生徒たちに話を聞くと、図書館が居場所になっているように感じました。湯川さんが目指す図書館の役割は何なのか、聞いてみました。
――図書館に居場所機能を持たせている意識はあるのでしょうか。
「居場所をつくるのは大事だけど、それが目的ではありません」
「図書館と居場所の機能を完全に切り分けるのは難しいとは思います。でも、居場所となってカウンセリングができるとか相談に乗れるかといえば、資格も知識も経験も無い」
「私は司書なので、図書館機能を充実させるのが仕事。それをなおざりにして、居場所を充実させるのは、図書館と言えるのかという疑問があります」
「図書館としてできる中で居場所の機能があるのなら、それは最大限つけていきたいとは思っています」
――図書館の役割とは
「図書館は『情報センター』としての役割があります」
「人が集うことで新しい情報を仕入れたりする役割も図書館にはあります」
「本は読まないけど、友達と話すことで情報を得られるのなら、情報源は本ではなく人でもいいと思っているし、人から情報を得る力は生徒たちにとっても世の中に出ていくときに必要なことだと思う」
「司書の中にも、『あるものから提供する』と思っている人もいるので、『本を探したけどありません』とか、『(情報を探すために)端末たたいたけどありません』とか言う司書も多いのですが、それは違うと思います」
「子どもたちと話していると、彼らから『知りたい欲求』は感じます。どうやったら知りたい情報にアクセス出来るのかを考えてみて、『この子はインターネットがいい』とか『この子は友達との会話の中で(アクセスするの)がいい』とかを探ります」
「自分にあった方法で自分のほしい情報にアクセスできる図書館であれればいいと思っているます」
――そう考えると、司書の役割は多様です。少し前、司書はAIでもできるという意見が話題になったこともありました。
「機械でできると言われるのは、はなはだ心外ですよね」
「コンピューターだけではできない仕事もあります。あいさつだったらできるかもしれないけど、司書のように、相手のあいさつの様子を見て『きょうなんかあった?』と声をかけ、生徒が『先生がね~』と話しはじめるたとき、『司書を信用して話してくれているから先生には伝えないでおこう』とか、そんな判断をAIができるのかということです。相手がAIだったら、生徒が話した内容が先生に筒抜けになるかもしれませんよね」
――相談を聞くのは司書の仕事?
「生徒一人一人に一番合った情報を提供しようと思ったら、その情報源は本がいいのか、ネットがいいのか、などを考えないといけない。もしかしたら答えはとある先生の頭の中にしかないものかもしれなくて、直接聞けないから図書館に来ているだけかもしれない……ということを判断するのも、人間です」
「そこをどう判断するかは、生徒とコミュニケーションをとっていかないといけません。生徒が出してくれる情報が多ければ多いほど、こちらは適切な情報源にアクセスできる。コミュニケーションをとらない司書は正確な情報を提供できません」
「生徒から先生の悪口が出たときに、『なんで?』と聞き出すところから、本人が本当は何を言いたいのかというところまでの距離感はもちろんある。ただ、そういうことを聞いている中で、『どんな情報がほしいのか』が、キラッと光るときがある」
「いかに気持ち良くしゃべらせるかとか、相手のツボを押してやるかとかが大事になってきます」
「盛り上がるときはそんなにありませんよ、基本的には普段の会話です。基本は生徒同士の話が一番楽しい話です」
――正直、司書というと適切な情報を本を介して提供してくれるというイメージがありました。
「司書の仕事を外に伝える努力をもっとしていかないといけませんね」
「飯能高校では、『まずは図書館に慣れてちょうだい』と。ここに来たら友達もいるしマンガを読んでてもいいし、ゲームしててもいい。そのうちやることがなくなってきたときに、『ちょっと探検してみようかな』と思ってもらい、その視界に本が入ってきてくれたらうれしい」
「高校生の間に実際に本を読まなくても、こういう空間があるということを知ってくれたら、本を読むのは社会人になってからでもいい。本の楽しさとか図書館の素晴らしさを良い思い出にしてほしいですね」
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