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連載

#8 クジラと私

反捕鯨国アメリカの博物館で見た「日本の姿」 学芸員の意外な言葉

米ミスティック・シーポート博物館に展示されている、19世紀の捕鯨帆船「チャールズ・W・モーガン号」=米コネティカット州、初見翔撮影
米ミスティック・シーポート博物館に展示されている、19世紀の捕鯨帆船「チャールズ・W・モーガン号」=米コネティカット州、初見翔撮影

目次

アメリカに「世界最大」と言われる捕鯨博物館があるのをご存じでしょうか。アメリカといえば、1970年代に国際会議で商業捕鯨の中断を主導したことで知られる「反捕鯨国」。でもかつては、世界中の海に捕鯨船を送り出していた町があったのです。昨年秋、実際に訪ね、話を聞いてきました。(朝日新聞名古屋報道センター記者・初見翔)

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クジラを追って

【動画】初見記者による捕鯨船の密着記録

ジョン万次郎が上陸した地

博物館があるのはニューベッドフォード。ボストンから南へ80キロほど、マサチューセッツ州の港町です。漂流中にアメリカの捕鯨船に助けられた中浜万次郎(ジョン万次郎)が上陸した地としても知られ、いまもホタテ貝を中心に全米で最大規模の漁獲高を誇る町だそうです。

博物館がある、港近くの一帯は歴史地区に指定されています。石畳の道路やれんが造りの建物など、かつての街並みが復元されていて、どこか懐かしいような、私のイメージするアメリカとはひと味違った風情を感じる町です。

この町が捕鯨で栄えたのは18~19世紀のこと。大型の木造帆船に30人ほどの船員を乗せて航海し、クジラを見つけると小型のボートで近づいて手でもりを打ち込んで捕まえました。

当時の目的は油でした。大型のマッコウクジラやセミクジラを捕まえ、船上で脂の多い頭部や皮から油を抽出。ロウソクやランプ、産業用の油として重宝されました。油はたるで保管できたので、海域は日本沖の太平洋を含む世界中の海へと拡大し、航海の期間も長いときには5年ほどにも及んだそうです。

捕鯨博物館から見たニューベッドフォードの港=米マサチューセッツ州、初見翔撮影
捕鯨博物館から見たニューベッドフォードの港=米マサチューセッツ州、初見翔撮影

クジラ肉を食べるのは「変わり者」

ところが石油が普及し、さらに乱獲でクジラが減って効率良く捕獲できなくなると、米国の捕鯨産業は衰退していったのです。

当時のアメリカではクジラの肉を食べることはまれだったようです。同時代のアメリカの捕鯨船員が主人公のメルヴィルの小説「白鯨」には、乗組員がマッコウクジラの肉をステーキにして食べる場面がありますが、それもなかば「変わり者」という描かれ方です。

それに対して日本は肉を食用に利用していたので、油の需要が減っても捕鯨産業はアメリカほど衰退しなかったようです。

ニューベッドフォード捕鯨博物館の入り口にあったシロナガスクジラの骨格標本=米マサチューセッツ州、初見翔撮影
ニューベッドフォード捕鯨博物館の入り口にあったシロナガスクジラの骨格標本=米マサチューセッツ州、初見翔撮影

日本水産のポスターも

まず、博物館に入ってすぐに目に入るのは、クジラの骨格標本です。世界最大の動物であるシロナガスクジラや、ホエールウォッチングで有名なザトウクジラなどの骨が天井からつるされています。

そのほか広い館内には、クジラを題材にした歴史的な絵画や、捕鯨帆船の2分の1の模型、クジラの歯や骨をつかった工芸品のコレクションなどが所狭しと並んでいます。

日本に関する展示も豊富です。和歌山県太地町の古式捕鯨で使われた色鮮やかな船「勢子船(せこぶね)」のミニチュアや、クジラを捕まえ、解体し、利用する方法を描いた江戸時代の巻物など。

なかには「鯨はこんなに役に立つ」と書かれた1963年の日本水産のポスターまで展示されていました。

日本水産のポスター=米マサチューセッツ州、初見翔撮影
日本水産のポスター=米マサチューセッツ州、初見翔撮影

2400冊の航海日誌が伝える驚きの事実

数ある所蔵品のなかで最も貴重なもののひとつが、捕鯨船の航海日誌です。普段は展示されていませんが、資料室に案内してもらうと、壁一面に古ぼけた冊子がずらりと並びます。

2400冊ほどあるそうです。これらの記録をもとにした研究によると、1750年から1900年の間に、アメリカの捕鯨船は世界中の海で約40万頭のクジラを捕獲したそうです。

そんなにたくさん!……と驚くのはまだ早いのです。さらに船にエンジンが付き、大砲でもりを撃ち込む「ノルウェー式捕鯨」が広まった1900年代には、日本なども含めて世界で300万頭のクジラが捕獲されたということでした。

壁一面に並ぶ、捕鯨船の航海日誌=米マサチューセッツ州、初見翔撮影
壁一面に並ぶ、捕鯨船の航海日誌=米マサチューセッツ州、初見翔撮影

日本への批判は……

ニューベッドフォードの近くには、このほかにもいくつか捕鯨やクジラを取り上げている博物館があり、私は計3カ所で、10人ほどの学芸員やガイドから話を聞きました。

印象的だったのは、日本・日本人とクジラのつながりを伝える展示は多かった一方で、どこでも日本の捕鯨を批判する展示や声に出会わなかったことです。

最初に訪ねたニューベッドフォードの捕鯨博物館を案内してくれた学芸員は「現代の捕鯨がいいか悪いかを言うことは我々の仕事ではない」と話します。あくまで歴史的な資料を集めることが自分たちの仕事だ、ということでした。

北大西洋セミクジラの漁網による被害を伝える展示=米マサチューセッツ州、初見翔撮影
北大西洋セミクジラの漁網による被害を伝える展示=米マサチューセッツ州、初見翔撮影

捕鯨反対のその先に

同じニューベッドフォードの博物館で力が入れられていたのは「北大西洋セミクジラを守ろう」という展示でした。いまは捕鯨の対象になっていない種ですが、絶滅の危機に直面しているのだといいます。

現代のクジラの存在を脅かしているのは捕鯨以外にたくさんあります。海洋汚染や船との衝突、漁網にからまるなどして傷つき死ぬことが多いほか、船のプロペラやソナーの音もストレスになるそう。

入り口に展示されていた骨格のうち、北大西洋セミクジラの骨は、2004年に船と衝突して死んだ15歳のメスのものだということでした。その解説はまた、通常は4~5年に1度のメスの出産ペースが、上記のような「人為的なストレス」によって10年に1度まで長期化してしまっているとも紹介していました。

このような絶滅の危機にある種を捕獲することはもちろんナンセンス。けれど真にクジラを守ろうというのであれば、捕鯨だけに反対してもあまり意味はなさそうです。

捕鯨に賛成するにしても反対するにしても、まずはクジラの種類や生息する海域、それを取り巻く環境について正しく理解することが欠かせないとの思いを強くしました。

【連載:クジラと私】クジラを食べられなくなったら困りますか?平成生まれの私はこれまで、「困らない」と思ってきました。でも、今その考えは変わりつつあります。この夏、ノルウェーの捕鯨船に乗った記者が、捕鯨をめぐるあれこれを発信していきます。

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