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お金と仕事

元アイドルと「おっさん」の同居は哀れ? 「人生詰んだ」先の物語

赤の他人との同居生活を私小説にした元アイドルの大木亜希子さん
赤の他人との同居生活を私小説にした元アイドルの大木亜希子さん 出典: 朝日新聞

目次

恋愛や結婚、出産など、なくなったかのように見えて今も「こうあるべき」という神話はなくなりません。元アイドルでアラサーの独身女性が始めた赤の他人である「おっさん」との同居生活。批判覚悟でネットに発信した文章は瞬く間に広がり、このたび書籍『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』になりました。著者の大木亜希子さんは、男性との「ノルマ飯」でスケジュールを埋め、元彼が子どもを持ったことに絶望する日々を私小説という形でさらけ出しています。「神話が消えたところで、みんなが少しでも楽になれば」。大木さんの言葉から、現代社会の生きづらさについて考えます。

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俳優デビュー、アイドルを経て

大木さんは、ドラマ『野ブタ。をプロデュース』で俳優デビュー。アイドルグループSDN48のメンバーとして紅白歌合戦に出るなど活動をしてきました。アイドル引退後、会社員生活を送っていた時、精神的な疲れから働けなくなります。

「人生を詰んだ」と思った時、現れたのが、現在の同居人のササポンです。

小説では、大木さんがモデルの主人公が、「赤の他人のオッサン」であるササポンの自宅の空いている一室に引っ越し、新たな生活を踏み出します。同居をすすめたのは、自身も同じ家でササポン同居生活をしていた姉でした。

世間の常識からは不思議と見られる同居生活の中で、主人公は、自分を縛っていた「神話」の存在に気づいてきます。

「赤の他人のオッサン」との同居によって新たな生活を踏み出した大木さん
「赤の他人のオッサン」との同居によって新たな生活を踏み出した大木さん 出典: 朝日新聞

「仕事の話だと思ったらナンパのLINE」

大木さんが伝えたかったメッセージとして挙げるのが「祈り」です。

「古い世の中が生み出した神話がはびこっていると思うんです。これだけ多様な世の中になっているのに、『結婚適齢期』のような言葉に縛られてしまっている人が、過去の私も含めていまだに多いと実感します」

その祈りを大木さんは自身を投影した主人公が経験してきた数々の失敗談をもってあらわにしていきます。

仕事の話だと思ったらLINEでのナンパが始まる。気合を入れた企画書を作って臨んだ会議は先方の都合でドタキャンされる。

どん底に突き落とされる主人公に、同居人のササポンは「そんなところで仕事をすることにならなくてよかったね」と、付かず離れずの言葉をかけます。

悪いのは明らかに向こうなのに、自分を責めてしまう中、ササポンの一言によって、主人公は自分の物差しを取り戻していきます。

「頼るのは人じゃなくてもいい」

ササポンに助けられる主人公ですが、大木さんは「彼は他者には何も求めていない人」と評します。

「ササポンには、クラシック音楽のような何百年も前からあるようなコンテンツが支えになっている。頼るのは人じゃなくてもいいんです。コミュニケーションがしんどい時だってあるのだから。大事な『空白の時間』を作ること」

「私にとって彼は父親のような、長老のような不思議な存在です。でも、実際には父親ほど距離は近くないので、しっくりくるのは『赤の他人』なんですけど……。何事にもブレない精神を持つ長老のようなササポンに、時々悩みを打ち明けては救われています」

大木さんはバイトを休んで、スマホも見ずに過ごした時期がありました。その時、noteで自身の経験を発信することを決意。書いた文章は評判を呼び、現在の仕事につながりました。

「他人の視線ばかり気にしていた自分が、初めてひと目を気にせず本音をつづってみたら、これだけの人の共感を得るんだという、世間と自分がリンクする経験ができました」

「頼るのは人じゃなくてもいいんです。コミュニケーションがしんどい時だってあるのだから」と語る大木亜希子さん
「頼るのは人じゃなくてもいいんです。コミュニケーションがしんどい時だってあるのだから」と語る大木亜希子さん 出典: 朝日新聞

「対処しない」というアドバイス

主人公は決して不真面目ではありません。元アイドルだった自分が、年季の入った家賃5万円の風呂なしアパートで暮らしていた理由も理解しています。同居生活になってから始めたバイトを体調不良で休むのも遠慮するくらいです。

小説は、だからこそなくならない不満やねたみをえぐっていきます。

「善人だからこそ、生きづらさを抱えていらっしゃる人が多いと思います。私の同世代の友達を見回してみても、サボる人はいないし、皆、仕事で成果を出そうと必死に努力している。恋愛に関しても『詰んだ』と思っても自分で解決しようとするし、仕事で失敗してもクリアできると思ってしまう。そうやって、知らず知らずストレスが膨れ上がっていく」

やがて、主人公が暴走しかけた時、作中の「対処しない」というアドバイスによって救われます。

「難しいと思うんですけど、難しいと思うんですけど、人生のタスクが膨らんでしまい本当にやりたいことが分からなくなってしまった時は、パソコンを強制終了するように、やめることが必要だと私は思います。選択肢が多すぎて、希望も膨らんで、チャンスもあると思ってしまう」

それは、仕事も恋愛も同じだと、大木さんは言います。

「結婚する年齢も、仕事で徹夜できる人もできない人も、それぞれ自分が無理なく対応できるキャパシティには違いがある。本当の自分ががんばれる以上のことをやっていないか、考えてみてほしい」

「生きづらくした世の中へのカウンター」

元アイドルという立場で書いた私小説。当然、様々な反響が予想されますが、それを跳ね除けたのも世間にあふれる同調圧力に対する「怒り」でした。

「アイドル時代には書けませんでした。でも、失うものが何もなくなり、書くなら今しかないという開き直ることができた。それは、ここまで生きづらくした世の中へのカウンターでもあります」

一方、その「怒り」は特定の誰かに向けたものではないとも言います。

「自分の頭の中で作り上げてしまった同調圧力。それを、元アイドルという一見すると華やかな世界にいると思われがちな私が伝えるべきだと思いました」

「書くなら今しかないという開き直ることができた。それは、ここまで生きづらくした人間たちへのカウンターでもあります」
「書くなら今しかないという開き直ることができた。それは、ここまで生きづらくした人間たちへのカウンターでもあります」 出典: 朝日新聞

読み手の物差しも問われる

私小説ではあるものの、作中の出来事は、ほぼ大木さん自身が体験したことだそうです。

「私の生活を奇妙に思う人や、『男女関係があるだろう』と疑う方もいるかもしれません。でも私は、それでもありのままの私の感情をつづることで、女性の生きづらさを多くの方に知ってほしかったのです」

ブログであれ、小説であれ、なにかを発信れば必ず受け手側の反応が生まれます。好意的なものから否定的なものまで、インターネットは受け手側の声を見えやすくしました。そんな環境にも大木さんは自覚的です。

「ネガティブな声も、一理あると思うようにしています。だって冷静に考えれば、本当に不思議ですよね(笑)。成人した男女がひとつ屋根の下に暮らし、恋人でも家族でもないなんて。だから、仕方ないです。それでも受け入れられない時は、感謝して、心の中で批判してきた方にキスをおくり、SNSならミュート……。はい次、です」

本の帯には「ノンフィクションノベル」と銘打ち、新たなジャンルを打ち出した一冊。読んだ人がどのように受け取ったのか。それらの感想を自分がどのように受け取るのか。読み手側の物差しも試される本だと言えそうです。

大木 亜希子『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』(祥伝社)

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