連載
#5 クジラと私
クジラ料理はまずいのか? 熟成肉にローストホエール……料理も進化
クジラ料理はまずいのか。捕鯨とクジラについて考えるなら、実際に食べて確かめることは欠かせません。前回はノルウェーの捕鯨船で食べた料理について書きました。今回は、ノルウェーや日本の飲食店で食べた料理を紹介します。そこで目にしたのは、日々進化する保存・調理方法と、多彩な料理のバリエーションでした。(朝日新聞名古屋報道センター記者・初見翔)
まず、ノルウェー西部の港町オーレスン近くの島にあるレストラン。
ここは、私が乗船した捕鯨会社「ミクロブスト・バルプロダクタ・エーエス」の本社のすぐ近くで、乗船前にランチで案内してもらいました。
洗練された白無地の丸皿で提供されたのは、大きな塊肉のステーキ。ナイフで真っ二つに切ると、中はきれいなピンク色です。学生時代にフレンチレストランのキッチンでアルバイトをしていた私は、低温でじっくり火を入れたんだろうな、と思いました。
食べてみると、若干細かいスジがあるのを感じますが、その分厚い見た目にしてはやわらかい。牛肉よりもみずみずしく、しつこさはありません。北欧で有名なジャガイモの蒸留酒「アクアヴィット」でフランベしているそうで、後味もすっきりでした。朝食を食べ過ぎたので、最初は全て食べきれるか不安でしたが、300グラムはあっという間に腹におさまりました。
別のレストランではクジラ肉のスモークもいただきました。こちらは和食に慣れた口にはやや香りが強かったのですが、付け合わせのモッツァレラチーズと合わせると絶品でした。
ノルウェーでは鯨肉を低温で熟成させて食べるのが一般的だそうです。
ミクロブスト社ではセ氏0度に保った倉庫で2~3週間熟成したものを、ステーキサイズに切り分けてから冷凍し、国内のスーパーなどに卸しているとのこと。
このときに端切れ肉を生で食べさせてもらいましたが、船の上で食べた新鮮な肉と全く違い、ねっとりとしてクジラの味を強く感じました。レストランのステーキがやわかく、うまみが強かったのも納得です。
帰国後は、東京・神田の鯨料理専門店「くじらのお宿 一乃谷」にお邪魔しました。
まずいただいたのは刺し身の盛り合わせ。高級部位「尾の身」はノルウェー産ミンククジラ。脂がのって、はごたえのあるマグロのトロのよう。日本の調査捕鯨で捕った南極海産のミンククジラの「胃袋」や「心臓」、「歯茎」なんて珍味まで、全12種類はどれも全く臭みがなく、上質な脂が印象的でした。
その他、「ローストビーフ」ならぬ「ローストホエール」は鯨と言われなければわからないくらい牛肉そっくり(でも低カロリー高たんぱくだそう)。
大将の谷光男さん(64)は新しいレシピにも次々挑戦しているといい、ミンチ肉を使ったシューマイも全く違和感がありません。赤身肉の巻きずしに、皮でだしを引いた締めのラーメンまで、驚かされ続けたフルコースでした。
谷さんは鯨肉は「臭いほうがおかしい」と強調します。「野生の生き物だから入ってくる品物は毎回違う。それを見極めて段階を踏む」のが大切だそうです。ノルウェーのように自家製の熟成肉も手がけるといいます。
捕鯨船に同乗した、ミクロブスト社の日本法人社長、志水浩彦さん(43)によると、鯨肉のおいしさは冷凍や解凍の技術に左右されるそうです。
それらの技術が発達し、調理方法のバリエーションも増え、いま出回っている鯨肉の多くは、昔食べた人たちの「硬くて臭い」というイメージとは異なるものだということです。
捕鯨のニュースでは「若い人は食べない」「他においしい食材がたくさんある」と言われてしまいがちの鯨肉。
でも、今回出会った料理の数々はそういった印象を覆すものばかりでした。ましてや熟成肉やジビエ肉が市民権を得たいまの日本。少なくとも、「味」の面ではまだまだ可能性を秘めていると感じました。
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