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理系の定番、キムワイプで卓球?ルール無用、研究会も…ひそかに流行

キムワイプで楽しむ「理系卓球」とは?

実験器具の拭き取りなどに使われる「キムワイプ」。理系学生からの信頼が厚いこの商品で、卓球を楽しむ人たちがいるそう。そのシュールすぎる世界に迫ります。=神戸郁人撮影
実験器具の拭き取りなどに使われる「キムワイプ」。理系学生からの信頼が厚いこの商品で、卓球を楽しむ人たちがいるそう。そのシュールすぎる世界に迫ります。=神戸郁人撮影

目次

箱ティッシュのような見た目ながら、理系学生からの信頼が厚い「キムワイプ」。研究の現場では、定番の拭き取り用紙として愛されています。この製品をラケットとして用いる「卓球」が、一部大学でひそかに流行していることを知っていますか? 驚くべきは、その内容です。公式ルールが存在せず、卓球台を使う必要すらないという自由さ。競技に関わる研究成果を、学会さながらに発表し合う催し。独自の発展を遂げたスポーツの、シュールで奥深い世界に迫ります。(withnews編集部・神戸郁人)

第二次世界大戦中に誕生

そもそも、キムワイプとは何なのでしょうか?

製造元企業は日本製紙クレシア。「クリネックス」「スコッティ」といった、おなじみの箱ティッシュも作っています。同社によると、キムワイプは「産業用ワイパー」の一種です。

産業用ワイパーとは、工場や医療機関などで使われる業務用拭き取り紙全般を指します。日本では1960年代、自動車の窓拭きやオイルチェックに用いられるようになり、他分野にまで広まりました。

立方体に近い形で、持ち運びやすい「S-200」。キムワイプシリーズの中でも、売れ行きがよい主力商品という。
立方体に近い形で、持ち運びやすい「S-200」。キムワイプシリーズの中でも、売れ行きがよい主力商品という。 出典: 日本製紙クレシア提供

キムワイプは第二次世界大戦中、米国のキンバリー・クラーク社が、光学レンズの研磨用に開発。1969年に十條キンバリーが国内での製造・販売を始め、現在は日本製紙クレシアが事業を引き継いでいます。

ラインナップはサイズ別に全5種類(商品の特設ページ)。毛羽立ちの少なさから、学術機関や民間企業の研究室で、実験器具などの拭き取りに使われることが多いそうです。

関連商品としては、ハードタイプの「JKワイパー」や、3枚重ねのソフトタイプ「ケイドライ」といったものも。用途に応じ、使い分けられるようになっています(一覧はこちら)。

「卓球のように見えて、卓球ではない」

およそ理数系科目と相性が悪かった記者(31)。特に数学が大の苦手で、高校時代の定期試験結果は赤点ばかり。気付けば補習の常連と化していました。その私が「キムワイプ卓球」と出会ったのは、2019年9月のことです。

職場の同僚と訪れた、分野横断型のオリジナルグッズ即売会「マニアフェスタ」。出展団体一覧を眺めると、国際キムワイプ卓球協会(KTTA・Twitter:@kttajp)という表記が目に飛び込みます。聞き慣れない名前に「温泉街などで行われている『スリッパ卓球』の仲間かな」と興味を引かれました。
地図を頼りに会場へと向かうと、既に先客が。卓球台の上で小気味よくピンポン球を打ち合っています。ただ、どうも様子がおかしい。それもそのはず。参加者が持っているのは、緑色のラインが印象的なキムワイプの箱。しかも中に紙が入ったままの新品です。
「マニアフェスタ」に登場したKTTAのブース。過去に取り上げられた雑誌の記事や、キムワイプなどが置いてある。
「マニアフェスタ」に登場したKTTAのブース。過去に取り上げられた雑誌の記事や、キムワイプなどが置いてある。 出典: KTTA提供

現場にいた、東京大大学院の博士2年、岩月憲一会長(27)に尋ねます。これは一体何なのでしょうか?

「キムワイプを使った卓球、略称『キム卓』です。この場では卓球台でプレーしていますが、別にこだわらなくてもいい。コートを分けるネットの代わりに、製品の箱を並べたり、積んだりすることもあります」

「卓球のように見えて、その実、卓球ではないんです」

謎かけのような返しに首をひねりつつも、岩月さんの話に耳を傾けていると、好奇心がむくむくと頭をもたげてきます。そこで私は、この競技について取材することにしました。

幾つかの大学には、キムワイプ卓球を楽しむためのサークルがあります。その中で、特に活動が盛んとされている、東京大学キムワイプ卓球会(UT-KTT・Twitter:@UTKTT)の練習会に参加しました。
KTTA会長の岩月憲一さん。キムワイプ卓球のあらましについて、早口で説明する姿が印象的だった。
KTTA会長の岩月憲一さん。キムワイプ卓球のあらましについて、早口で説明する姿が印象的だった。

意外と未経験者に優しい?

2019年11月上旬。東京大駒場キャンパス(東京都目黒区)内の一室を訪ねると、同会のメンバーたちがトレーニングに励んでいました。手には、もちろんキムワイプの箱。しかし卓球台ではなく、会議などでよく使われるタイプの長机の上を、ピンポン球が往復しています。そしてネットもありません。早速洗礼を浴びた気分です。

「よかったらやってみませんか」。声を掛けてくれたのは、同大学院修士1年の崎下雄稀さん(23)。促されるまま、事前にホームセンターで購入した、片手で持てるサイズの「S-200」をリュックから取り出します。

「S-200」の箱を持ち、練習にいそしむUT-KTTのメンバーたち。
「S-200」の箱を持ち、練習にいそしむUT-KTTのメンバーたち。

卓球経験者という崎下さんと、素人の私。果たして勝負になるのか……? 緊張しつつサーブを繰り出します。パコン。球は予想していたよりもスムーズに前へと飛んでいきました。箱が分厚いためか、ラケットを使うときと比べ、軽い衝撃が手に走ります。

打ち返されてきた球に向かって、また一振り。ポコン。回転が掛かりづらい分、進路のコントロールが簡単な印象です。

次第にラリーが続くようになり、何度かポイントを取ることも出来ました。「初心者の人が勝つことも少なくありませんよ」と崎下さんが笑います。確かに、意外と未経験者に優しいかもしれない……!

箱の使い方について説明する崎下さん。強く押し出すように振ると、ボールが前に飛びやすいという。
箱の使い方について説明する崎下さん。強く押し出すように振ると、ボールが前に飛びやすいという。

本気度しか感じないギミックの細かさ

遊び心は場外にも。かつてUT-KTTにも所属し、この日の練習会に同席していた岩月さんから手渡されたのは、KTTAのパンフレットです。

「株主総会用資料をイメージした」という活動紹介文には、「サイエンティフィック・スポーツのパイオニア」「ステイクホルダアの皆様」など、仰々しい単語が踊っています。
KTTAのパンフレット。全ページ両面・カラー印刷という本格仕様。
KTTAのパンフレット。全ページ両面・カラー印刷という本格仕様。
続いて登場したのはプラスチック製の会員カード。会員の氏名や番号に加え、なぜかQRコードもあしらわれています。スマートフォンで読み取ると、画面に「3.14」で始まる数列が。「円周率を入れてみました」と岩月さん。ギミックの細かさに本気度しか感じません。

UT-KTTメンバーで、同大学院修士1年の前田健登さん(23)は、こうした取り組みにひかれキムワイプ卓球を始めました。「新入生の頃、岩月さんに勧誘されたんです。競技の解説や、ビラのクオリティがすさまじくて。こんなに面白い人がいるなら、やってみたいと思えました」

KTTAの会員カードを掲げる岩月さん。表面のQRコードにスマホをかざすと、なぜか円周率が表示された。カードの製作は専門業者に依頼しており、発行まで一年近くかかることも。
KTTAの会員カードを掲げる岩月さん。表面のQRコードにスマホをかざすと、なぜか円周率が表示された。カードの製作は専門業者に依頼しており、発行まで一年近くかかることも。

検討すべき点の多さこそ、面白さの源泉

なぜこれほどシュールなスポーツが生まれたのか? 改めて話を聞いてみました。

岩月さんいわく「起源について、実はよくわかっていないんです」。自然発生的に広がっていったのではないか、と推測します。

「大学の理系学部では実験をしますよね。そのときに誰かが偶然、実験室内でピンポン球を見つけた。打ってみたくなるのが人情ですが、ビーカーやシリンダーを使うと割れてしまう。そこで、身近にあったキムワイプを手に取ったんじゃないでしょうか」

計算言語学などについて研究している岩月さん。自身も、高校時代に科学系の部活の先輩が、実験台でキムワイプ卓球を楽しんでいるのを見ていたそう。UT-KTTのメンバーも、機械工学や生物学を学ぶ中で、その存在を知ったといいます。

いわば実験の合間の息抜きとして、脈々と受け継がれてきたのです。

大量のピンポン球×キムワイプという珍しい構図。初めて組み合わせた人は、どんな気持ちだったのだろうか。
大量のピンポン球×キムワイプという珍しい構図。初めて組み合わせた人は、どんな気持ちだったのだろうか。

「一過性の現象で終わらせるのはもったいない」と、岩月さんがKTTAを立ち上げたのは2008年のこと。当初は国際卓球連盟のルールを参考に、正式な競技化を試みました。しかし「11点先取した方が勝ち」など、科学的に裏付けられない記述が多く、そのまま採り入れるのは難しかったといいます。

そもそも、環境を問わずプレー可能という点で「卓球」にはなり得ません。そこで「キムワイプの箱を使う」といった最低限の制約のみ定め、運用は各地の「キム卓コミュニティ」に任せることにしました。
近年は他大学でも大会や練習会が開かれており、そのやり方は多種多様です。一度に4人を超えるプレーヤーが立ったり台の上に箱をブロックのように並べたり、はたまた何も置かずに対戦したり……。
一見ゆるく思えますが、岩月さんは「検討すべき点の多さは変数の多さ。その都度『こうしたら面白いのでは』とアイデアが尽きないことが興味深い」。実際、魅力を感じる人は少なくありません。KTTAの会員数は年々増え、570人超が所属しています(2019年9月現在)。

なお、KTTAは「国際キムワイプ卓球協会」と銘打っているものの、現時点での拠点は日本支部のみ。今後は世界展開を視野に入れ、競技に関心を持つ「ポテンシャルキムワイパー」を、更に取り込んでいく方針といいます。
キムワイプ卓球のルールを記したパワーポイント。「ラケットには値札と名札をつけてもよい」という一文がじわじわくる。
キムワイプ卓球のルールを記したパワーポイント。「ラケットには値札と名札をつけてもよい」という一文がじわじわくる。 出典:KTTAのウェブサイト

「理論キムワイプ卓球」を究める意味

このスポーツを語る上で、もう一つ欠かせないものがあります。「理論キムワイプ卓球」です。「卓球」に「理論」とは珍しい組み合わせですが、どういうことなのでしょうか?

キムワイプ卓球の競技人口の大半を占めているのが、研究者や大学生たち。理数系の学問に親しんでいる点が共通するものの、一人一人の専門領域はいろいろです。岩月さんによると、専攻が異なる人同士で交流する機会は、あまり多くないといいます。

めいめいをつなぐ役割を果たしているのが、2017年からUT-KTTが主催する「キムワイプ卓球研究会」。戦術などに関する論文を持ち寄り、研究成果を披露し合います。東京大の学園祭に合わせ、これまでに4回催されました。

2019年5月に開かれた研究会で発表する小嶋さん。
2019年5月に開かれた研究会で発表する小嶋さん。 出典: UT-KTT提供
同大精密工学科2年生で、UT-KTT代表の小嶋明さん(21)は、今年5月にあった研究会で登壇しました。テーマは「キムワイプ卓球の台の割り当てアルゴリズムの比較」。複雑な数式を使い、プレーヤーに対する公平な台の割り当て方を考える内容です。もはや学会レベル。
崎下さんも「SNSを活用したキムワイプの画像認識」というタイトルで発表しました。SNS上でキムワイプの箱に似たデザインの画像を集め、機械的に分析することで「キムワイプらしさ」を決める要因を探るというもの。商品ファンからの需要が高そう……!
キムワイプ卓球を媒介に、一人一人の持ち味を生かし、科学を楽しむためのコミュニティをつくる。その基礎となるのが、理論キムワイプ卓球です。ある種の『内輪感』が生まれて、とても面白いですね」。小嶋さんが、屈託なく笑います。
崎下さんも、オリジナリティあふれる研究成果を発表した。
崎下さんも、オリジナリティあふれる研究成果を発表した。 出典: UT-KTT提供

「馬鹿馬鹿しさ」を超えて人気に

その「内輪感」は、今や幅広く受け入れられているようです。Twitterで競技について調べると「キムワイプへの愛情が深すぎる」「真面目だし、すごすぎて逆に笑う」といった投稿が数多く見つかります。岩月さんが補足してくれました。
「キムワイプは科学的な手段であり、それを卓球というスポーツに適用したものがキムワイプ卓球です。練習や試合は実験、発表は研究と言い換えることも出来ます。その意味で、卓球とは全く異なる『サイエンティフィック・スポーツ』なんです」
これからの活動方針について話し合う岩月さんたち。「卓球用品を作っている会社と連携出来ないか」など、夢のある会話が交わされた。
これからの活動方針について話し合う岩月さんたち。「卓球用品を作っている会社と連携出来ないか」など、夢のある会話が交わされた。
「端から見れば、馬鹿馬鹿しく感じられるかもしれません。しかし少なくない人々をひきつけているのは、その内容が、単なる馬鹿馬鹿しさを超えているからだと思っています。是非、学術の盛り上がりにつなげたいですね」

練習会では、小嶋さんが開発したという、ピンポン球の位置の自動測定システムもお披露目されました。「審判いらないじゃん!」「特許が取れるかも」。メンバーたちは歓声をあげながら、目を輝かせていました。

小嶋さんが手がけた新システム。カメラでピンポン球を撮影すると、パソコン画面に座標が自動表示される。
小嶋さんが手がけた新システム。カメラでピンポン球を撮影すると、パソコン画面に座標が自動表示される。

学問の本質、ユーモア交え伝える

2019年11月下旬。東大の秋の学園祭「駒場祭」でUT-KTTによるキムワイプ卓球体験会が開かれました。会場の体育館には、親子連れから中高生のグループまで、様々な人々が入れ替わり立ち替わりやってきます。見慣れぬ箱を使うスポーツとあって、誰もが興味津々な様子です。

昨年に続き2回目の参加という30代女性は、30分以上にわたって熱中。「市販の商品を使って、手軽に楽しめる点が大好き。発想が面白いですよね。ついつい夢中でプレーしてしまいます。何度でも来たい」と笑顔で語りました。

駒場祭で開かれたキムワイプ卓球体験会の様子。UT-KTTメンバーと、白熱したラリーを展開する参加者も。
駒場祭で開かれたキムワイプ卓球体験会の様子。UT-KTTメンバーと、白熱したラリーを展開する参加者も。

学祭期間中には大会も開催。賞品はキムワイプ柄のパーカーや掛け時計です。いずれも製造元の日本製紙クレシアから提供を受けたといいます。

同社は競技の趣旨に賛同し、約4年前からUT-KTTなどの活動を支援しているそう。社員も過去に研究会に足を運び、当時の様子をブログにまとめています。

キムワイプ卓球について、同社の担当者は「キムワイプ本来の用途と異なるため、メーカーの立場としては推奨しかねる」とした上で、こう話しました。

「多くの方々が楽しんでいることに関しては、大変うれしい。主催者の皆さんとは、末永くお付き合いさせて頂きたいと思っています。そして競技を通じ、学生や研究者の方々に、商品を愛用してもらえるよう期待したいですね」

一般に縁通いと捉えられがちな、学問の世界。その本質について、ユーモアを織り交ぜ伝えてくれるものこそが、キムワイプ卓球なのかもしれません。今後の動向に注目したいと思います。

駒場祭での大会の合間、卓球台上に並べられた箱。
駒場祭での大会の合間、卓球台上に並べられた箱。"KIMWIPE"の形になっている。商品へのほとばしる愛情が成せる業だ。 出典: UT-KTT提供

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