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お金と仕事

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経理はそろばん・経験主義、それでも…「家業に価値を」継ぐ若者たち

葡萄のかねおく4代目の奥野成樹さん=大阪府柏原市、奥野さん提供
葡萄のかねおく4代目の奥野成樹さん=大阪府柏原市、奥野さん提供

目次

広告代理店を辞めて大阪の刃物店を継いだり、メーカーを辞めた後に離れたくて仕方なかったブドウづくりに汗を流したり……。地方の中小企業で後継者不足が深刻ななか、家業を継ぐ若者たちがいます。ベンチャーの起業とは違う、老舗で新しい価値を生もうとする若者の決意や悩みを話し合うイベントが都内で開かれました。

亡くなっても残り続ける店

「高校2年のとき、家業に入ろうと決めました」

そう話すのは、創業67年、大阪・難波の道具屋筋の包丁店「堺一文字光秀」を手がける一文字厨器の3代目田中諒さん(34)です。ミュージシャンを目指していた高校生を変えるきっかけは、祖父が亡くなったことでした。病院で祖父が亡くなった後に店に戻った諒さん。店には祖父と職人たちが手がけた包丁が並んでました。

「祖父が亡くなった後も、育てた店は生き続けるんだ」

そんな人生を自分も送りたいとあこがれました。まず、10年間は外で修行だと決めて、都内のウェブ広告を扱う代理店「サイバー・コミュニケーションズ」に入社。商品を買おうとする人物像を考えて、その人の立場になってどうすれば商品を買うまでに至るかを考えながら広告をつくる仕事を続けていました。

イベントで話をする田中諒さん
イベントで話をする田中諒さん

「FAXでメールアドレス送って」

31歳を区切りに退職。若手ばかりの職場から戻ってくると、そこは70歳でも若手扱いされるという刃物業界でした。

経理はそろばんで計算します。取引先に「見本の写真をメールしてください」と電話で頼むと「そんなら、FAXでメールアドレス送って」と言われます。2000種類の包丁が並ぶ店は、前職で当たり前のようにやってきた「マーケティング」とは無縁の世界でした。

「足を運んで来てくれるお客さんが店や商品を良くするヒントを持っている。なぜ包丁を買って頂けたのか。それを考えることで、次にやるべきこと見えてきます」

これまでの店の歴史に、広告業界で身につけた経験を加えてさらに成長させようと奮闘しています。

堺一文字光秀=同店提供
堺一文字光秀=同店提供

「ぜったい継ぐか」を変えた震災

子どもの頃から正月もなく、畑仕事の毎日。1903年創業の実家のブドウ園「葡萄のかねおく」(大阪府柏原市)から少しでも遠くに行きたくて、奥野成樹さん(33)は大学卒業後、海外事業の多い車載機器メーカーに就職しました。そんな奥野さんが「ぜったい継ぐか」と思っていたブドウ園に4代目として戻ってきたのは2011年に起きた東日本大震災がきっかけでした。

当時、福島第一原発から数十km先にある福島県いわき市の事務所に勤めていました。県内では、たくさんの人が被災し、故郷を追われました。一方で「故郷のために働きたい」と、地元生まれの若者が東京から戻ってきて起業し始めました。そんな同世代の背中にあこがれました。

「僕にはブドウしかない。ブドウをなんとかしたい」。父に相談すると「ぜったいやめろ」と大反対。儲からない、将来がないというのが理由でした。無理やり戻ってきた後も対立は続きます。父に提案しても、論理ではなくこれまでの経験をもとに一蹴されることもあり「畑は別々。仕事以外では事務的なことしか話さないようにしました」。

何かと反りが合わない父ですが、内心は戻ってきたことを喜んでいるようでした。1年前に仕事用の軽トラを新車に買い替えてみたり、育てる体験を提供するオーナー制度のアイデアが新規事業コンテストで表彰されると「……おめでとう。」とぼそっとつぶやいてみたり。

奥野さんは「父からすればただの若造ですが、結果を出すなかで、少しずつ認められるようになってきました」とはにかむように話しました。

イベントで話す奥野成樹さん
イベントで話す奥野成樹さん

深刻化する中小企業の後継者不足

このイベントは、全国の若手後継者が家業の経営資源を活用して新規事業に取り組むことを応援する近畿経済産業局や一般社団法人「ベンチャー型事業承継」などが12月4日に東京・渋谷で開きました。

家業を継ごうか迷っている人などに向けて、跡継ぎのリアルな姿を知ってもらおうと企画しました。中小企業庁によると、2025年までに70歳を超える中小企業の経営者は245万人で、およそ半数が後継者が決まっておらず、今後ますます深刻化すると心配されており、全国規模の問題になっています。

イベントに集まった参加者たち
イベントに集まった参加者たち

イベントでは、経営の悩みや悔しい思いも語ります。

田中さんは自分の知らないところで、ある若手社員が社内の人間関係に悩み、会社を去ることになったことが忘れられないと言います。
「人生を預かっている立場なのに。責任を感じました」。

同じことが起こらないよう月1回、給与明細渡すときに社員一人ひとりといま抱えていること、会社に思うところを話し合う機会を作っています。

奥野さんは「ブドウをつくっています」と紹介すると「ワイン、作っているの?」と尋ねられることが多いそうです。生食用の方が育てる手間が5倍ほどかかるそうですが、ワイン用の方が高級なイメージがあるといい、悔しい思いをしてきました。

そこで「生食用のイメージを変えたい」と、ぶどう品評会に出品して受賞したり、SNSで発信したりして、ブランド力向上に力を入れています。同時に収入源の多様化を目指し、新規事業コンテストで表彰されたオーナー制度を始めています。オーナーは今や96人に増え、畑には130本が育っています。

ブドウ栽培体験プログラム「オクナリー」の参加者たちと記念撮影をする奥野さん(右から2人目)
ブドウ栽培体験プログラム「オクナリー」の参加者たちと記念撮影をする奥野さん(右から2人目)

実家の中小企業を事業承継すべきか悩む若者を支援する活動がいま、全国各地で始まっています。家業が歴史のなかで培ってきた様々な資産を活用できる一方で、親子関係のこじれや債務の引き継ぎなど様々な悩みがあります。

そんな事業承継特有の問題解決に役立っているのが、同じ立場の若手や事業承継を終えた若者たちと悩みを共有する場です。

経営者の跡継ぎだからこそ、家族や近くの友人に打ち明けられない悩みもあります。これから中小企業の後継者不足の問題がますます大きくなるなかで、こうした同志を集めるイベントは今後もますます増えそうです。

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