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「死後さばきにあう」は廃版だった キリスト看板、制作の裏側に迫る
最新の看板にはQRコードも
黒地のトタン板に聖書の言葉が染め抜かれた「キリスト看板」。全国で目にするこの作品群は、どのように生み出されるのか? 掲示による伝道活動を続ける聖書配布協力会の本部を訪ね、制作の裏側に迫った。(北林慎也)
郊外を車で流しているとよく出くわす、あのキリスト看板。
宮城県丸森町に本部がある「聖書配布協力会」が、制作と掲出を続けている。
彼らは、自らの教義や教祖を持つ宗教法人ではない。
聖書を信仰の拠りどころとするプロテスタント系のクリスチャンの集まりで、読んで字のごとく「聖書の配布に協力する会」という説明が最も適切かもしれない。
戦後、アメリカから松島基地に進駐した信心深い衛生兵や現地の日本人らによって1950年ごろに組織された。今風に言えば「有志連合」だろうか。
宮城県丸森町内に拠点を構え、冊子の配布や街宣といった「伝道活動」に飛び回っている。
設立母体を同じくするIT企業や幼稚園、その他あまたの「キリスト者」からの寄付などが活動の原資だ。
会計や登記、税務処理をクリアにするため、運営主体として2016年に一般社団法人「ヘルピング・ハンズファウンデーション」を設立した。現在、日本を含めてロシア、韓国、ブラジルなど13カ国で活動する。
彼らの伝道活動の一環として、キリスト看板は貼られている。
青森県での活動に同行取材させてもらった「看板部隊」の朝岡龍さん(31)の案内で、11月初旬に本部を訪ねた。
本部にはコアメンバーと家族ら約100人が暮らし、子弟が通う小学校が隣接して建つ。
機能的で実用的なアパートメントやプレハブ小屋が並び、別荘地のちょっとしたペンション村といった趣だ。
本部のある宮城県丸森町は、台風19号による大雨で甚大な被害に見舞われた。
町内各地で土砂崩れや河川の決壊による住宅浸水が発生し、大規模な停電や断水が長く続いた。
今も、多くの住民が避難生活を余儀なくされている。
ただ、本部敷地沿いの河川はかろうじて越水を免れ、建物もメンバーも無事だった。
現在は、組織を挙げての救援活動に取り組んでいる。
キャンピングカーのメンテナンスをするテントは、全国から集まった支援物資のペットボトル入り飲料水や毛布で埋め尽くされている。
断水の間、給水車を何台も調達して被災地を走らせた。
街宣車も、宣伝スピーカーを取り外してデリバリーバンに仕立て、物資を詰め込み避難所を回ったという。
9月から青森県内で看板貼りを続けていた朝岡さんは、台風19号の被害を聞いて急きょ、10月14日夜に本部に戻った。
休む間もなく、翌15日には救援活動に飛び出す。
無償の救援活動こそは、キリスト者としての隣人愛の最大の実践。その間、伝道は二の次だ。
朝岡さんたちにとって、それは当たり前の行動だという。
いよいよ、キリスト看板が収まる倉庫に案内してもらう。
半世紀近くにわたって続く看板貼り活動は現在、朝岡さんが統括している。
これまでに貼られた枚数の集計はできていないが、おそらく50万枚近くはあるという。
かつては壁に直書きしたり木の板だったりした例もあるが、今では薄いトタン板とマグネット、ステッカーに集約されている。
長らく沖縄だけが空白県だったが、今年ついに進出を果たした。
鹿児島からフェリーで、キャンピングカー2台を連ねて沖縄本島に上陸。支援者の仲介で300坪ほどの土地を借りて長期滞在した。
今年1月から7カ月滞在して、約1100枚を貼ってきた。アメリカ統治下で多くの宣教師が来県していたせいか、好意的な反応が多かったという。
これで、すべての都道府県を制覇したことになる。
サイズ別・文言別に倉庫の木棚に収まる看板たち。サイズは六つだ。
・M 23センチ×60センチの最小サイズで、貼れるスペースが狭い都市部を中心に一番多く貼られる。
・L
・3L
・3.5L 60センチ×90センチ。あのマルフク看板と同じ大きさ。
・4L 畳1畳の半分、90センチ×90センチ。
・5L 畳1畳と同じ大きさ。
過去には3LとLの間の2Lや、Mより小さいSというサイズもあったという。
看板の文言は、現時点で約100種類。すべて聖書からの引用だ。
基本は旧来の使用文言を踏襲するが、言葉やデザインの見直しに伴う改廃がある。
朝岡さんが看板担当になってから新たに作ったのが、「わたしが道・真理・命」だ。
日々、聖書の言葉に間近に接する朝岡さんらしい玄人好みなチョイスは、クリスチャンにも受けが良いという。
細かい修正もある。
「終りの日に人は神の前に立つ」は「世の終りに人は神の前に立つ」と変えた。
また、「罪の報いは死」は、「罪の報いは死 神の賜物は永遠の命」とした。
出典元の「ローマ人への手紙 6章23節」にある後段の文言を付け足し、神の恩寵がより伝わりやすくした。
一方、制作をやめて廃版にしたのが「地獄は永遠の苦しみ」。
「恐怖心を与える」「怖い」といった声が、信者からも寄せられていたという。
同じ理由で、キリスト看板の代名詞とも言える名フレーズ「死後さばきにあう」も、しばらく前に廃版となった。
ただ、かつて大量に作られていたため、まだストックがなくならない。
「おどろおどろしい」という批判は根強くあるが、この言葉を見て自殺を思いとどまった人もいたという。
インパクトの強さは朝岡さんも認める。
掲示許可をもらった家主から「何でも良いよ」と言われたら、この看板をあえて選ぶこともあるという。最近も、青森県内で3枚ほど貼った。
朝岡さんに、一番のお気に入りを聞いてみた。
「聖書のすべての言葉に力がある」と前置きしながら選んだのは、「甦ったキリストは永遠の命を与える」。
「甦る」「永遠」「命」という、聖書の中でも重要な、かつポジティブな語感のワードが過不足なく含まれているというのが理由だ。
そして、使用するフォントにも栄枯盛衰がある。
古くからあるゴシック体は、在庫がなくなり次第、廃版にしていく方針だ。
「ゴシック体はぶっきらぼうな感じがする」ためだ。
今後は、筆文字調フォント「昭和楷書」で出力する手書き風の字体に揃えていくという。
極太のゴシック体が味わい深い、あの有名な「神と和解せよ」も、いずれ手書き風に置き換わることになる。
この日の時点で、在庫は約800枚。文言によってばらつきがあるが、一番多く出るMサイズは、ほぼ枯渇状態だ。
毎年秋ごろ、補充のために一度に量産する。
素材となるトタン板の厚さは試行錯誤の結果、0.27ミリに落ち着いた。
これより薄いと錆びやすく折れ曲がりやすくなり、厚くなると重さがネックになる。
看板は、黒地のベースに白や黄色で文字を書いているのではない。白地のトタン板を用いて、文字以外の部分を黒く塗りつぶして作る。
そのほうが、経年劣化による文字のかすれがないため、長持ちしやすいという。
黒地の色があせていく分には、文字は読み取れるので宣伝効果は薄れない。
塗料はペンキではなく、業務用などに用いられる特殊なインクを用いる。
その色塗りは、ステンシル印刷の技法でなされる。
油紙で文字部分がマスキングされた目の細かい網を張った木型を、文言の数だけ用意している。これをトタン板にかぶせ、インクを塗り込む。
完全に乾ききるまで、1~2カ月はラックに掛けて入念に乾燥させる。
この制作方法もまた、進化の途上にある。
長いもので半世紀近く使い続けているため木型の劣化が激しく、最新素材のシルクスクリーンを新たに導入した。
1枚分で3万5000円と高価だが、消費枚数が多いヘビロテ文言5枚分を発注し、10月に届いたばかり。塗料のムラが出にくい効果も期待できるため、今後、旧来の木型から徐々に置き換えていくという。
今年は、冬にかけて約30種類2500枚を作る計画だ。
また、ITトレンドも巧みに取り入れる。
現在、路上を歩く人から手が届きやすい場所にある看板には、QRコードが印刷されたステッカーが貼られつつある。
スマートフォンで読み取ると、彼らが無償配布する聖書『コンサイス・バイブル 福音』の注文フォームにアクセスできる。以前はパンフレットなどに、注文先として丸森町の私書箱を記載するのみだった。
QRコードは一昨年に準備し、ステッカーにして今年から貼り始めた。狙い通り聖書の注文は増え、1日あたり1~2冊ほどの注文がコンスタントに来るという。
台風19号被害のただ中で、今も救援活動に取り組む聖書配布協力会。
年の瀬が迫ると、恒例の首都圏での街宣に今年も繰り出す。
クリスマスイベントや初詣客で賑わうスポットで、聖書の言葉のプラカードを掲げて辻立ちする。肉体的にもしんどいが、メンバー総出の最も重要な活動だ。
年が明ければ、休む間もなく次の遠征が始まる。新作看板を積んだキャラバン隊は奈良県に向かう予定だ。
先達のスタイルをかたくなに守り、そしてゆるやかに進化しながら、泥臭くもひたむきな伝道活動は続く。
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