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「観光地みやげ」で見る「大河ドラマ」効果 新撰組×スクーターまで
「失恋しちゃった龍馬くん」、新撰組はスクーターに…? バブル~平成初期に、全国の観光地で売られていた「ファンシー絵みやげ」をご存じでしょうか。

「失恋しちゃった龍馬くん」、新撰組はスクーターに…? バブル~平成初期に、全国の観光地で売られていた「ファンシー絵みやげ」をご存じでしょうか。動物や人物が二頭身のかわいいイラストになったキーホルダーなどで、今はもうほとんど売られていません。イラストのモデルには歴史上の人物がよく描かれているのですが、放映された大河ドラマの影響や、バブル時代ならではの発想がミックスされ、「文化」としても興味深いお土産になっています。ファンシー絵みやげを収集する「平成文化研究家」の山下メロさんが、歴史の偉人との関係をご紹介します。
「ファンシー絵みやげ」とは?
「ファンシー絵みやげ」とは、1980年代から1990年代かけて日本中の観光地で売られていた子ども向け雑貨みやげの総称です。地名やキャラクターのセリフをローマ字で記し、人間も動物も二頭身のデフォルメのイラストで描かれているのが特徴です。

写真を見れば、実家や親戚の家にあったこのお土産にピンと来る人も多いのではないでしょうか。
バブル時代がピークで、「つくれば売れる」と言われたほど、修学旅行の子どもたちを中心に買われていきました。バブル崩壊とともに段々と姿を消し、今では探してもなかなか見つからない絶滅危惧種となっています。
私は、その生存個体を保護するための「保護活動」を全国で行っているのです。
NHK大河ドラマの影響、色濃く
近年は歴女ブームや名刀を擬人化したゲームの流行などもあり、戦国武将の人気が非常に高まっています。武将とゆかりのある観光地の土産店には、戦国武将をモチーフにした商品が数多く並んでいます。戦国武将は今も昔も変わらず人気なのですが、ファンシー絵みやげの時代には少し事情が異なっていました。

ファンシー絵みやげにおいて数が多い戦国武将のツートップは、宮城県の伊達政宗と山梨県の武田信玄の2人。これはバブル時代のNHK大河ドラマ、1987年の『独眼竜政宗』(主演:渡辺謙さん)、翌1988年の『武田信玄』(主演:中井貴一さん)と完全に一致しています。
大河ドラマのテーマになると、舞台になった場所や、題材となった人物にまるわる土地には人が押し寄せます。そして、需要に応じて見学施設や飲食店、土産店などが増えていくのです。そうなると、押し寄せた観光客が子どもに買って帰るためのお土産品も必要になり、ファンシー絵みやげが多く作られたのでしょう。


武田信玄といえば、「甲斐の虎」と恐れられ、いかついイメージがあります。一方、ファンシー絵みやげになると、子どもっぽくデフォルメされています。信玄の特徴で、肖像画でも描かれている印象的な髭さえも、描かれていないイラストがほとんどです。
戦国武将モチーフのお土産はかなり売れたのか、他にもさまざまな武将が、ファンシー絵みやげのモチーフになっていきました。熊本県の加藤清正、山口県の毛利元就、新潟県や山形県の上杉謙信などが確認されています。
ところが、ここでひとつの謎があるのです。人気が高いはずの三英傑(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)のファンシー絵みやげがほとんど見つからないのです。

ファンシー化されなかった? 三英傑
特に見つからないのは、徳川家康です。1983年にNHK大河ドラマ『徳川家康』(主演:滝田栄さん)が放映されているのですが、ファンシー絵みやげが見つかっているのは、栃木県日光東照宮と、岡崎城の二か所だけです。しかも、岡崎城では徳川家康ではなく、幼名「竹千代」として描かれています。

豊臣秀吉のファンシー絵みやげもほとんどなく、大阪城の小判型キーホルダーのみが確認されています。しかし、よくある殿様のイラストで、着ている服に「ひでよし」と書かれているだけ。あとから書き加えたように見えて、どうにも豊臣秀吉のイメージとはかけ離れています。威厳がまったくないのです。

他には、1992年のNHK大河ドラマ『信長 KING OF ZIPANGU』(主演:緒形直人さん)のタイトルがそのまま使われた岐阜県のキーホルダーがあります。まさに大河ドラマによって商品が大量に作られたと思われる状況にも関わらず、岐阜県の商品もこれ以外見つかっていないのです。

当時の事情は推測の域を出ませんが、威厳のある三英傑を、かわいい子ども風にデフォルメしてしまうのは問題があったのでしょうか。観光地全体で「観光資源」である偉人の尊厳を守ろうという意識があったのかもしれません。
なぜか多い幕末の人物
ファンシー絵みやげのメインターゲット層は小中学生でした。その年代の子どもたちは、相関関係が複雑になる幕末・維新期よりも、強者が勝つ図式で分かりやすい戦国時代を好んでいたように思います。しかし、実際に観光地でお土産品を探してみると、幕末の人物をモチーフにしたキャラクターのほうが多いようです。幕末の人物がよく売られていたのは、どのような背景があるのでしょうか。
中でも多いのは高知県の坂本龍馬と鹿児島県の西郷隆盛です。




しかし、さらに多い幕末のモチーフが存在するのです。それが新撰組と白虎隊です。
スクーター×新撰組という組み合わせ


新撰組や白虎隊をモチーフにするとき、それぞれ団体の名称である「SHINSENGUMI」「BYAKKOTAI」とだけ書かれていれば、特定の人物ではありません。恐らく、その匿名性がゆえに、表現の自由度が高かったのだろうと思います。かなり自由な発想で商品が作られていたようです。


中でも驚いた商品は「地元のヒーローである偉人を、失恋させる」シリーズです。


歴史上、この2人が「失恋した」という事実はあったのでしょうか……。
この坂本龍馬が失恋している商品は、高知県の地名が入ったものは一切見つかっておらず、おとなり徳島県の大歩危峡のものだけが見つかっています。高知県では許されなかったのかもしれません。
山口県北部と徳島県と、離れたエリアで2つ存在するということは、他にも幕末の志士がどこかで「フラれさせられている」のかもしれません。「フラれちゃった」幕末の志士を見かけた方はご一報ください。
このように、歴史上の人物がお土産のモチーフになる場合、時代劇ドラマの影響を強く受けていました。「つくれば売れる」と言われた好景気の時代に、思わずクスリと笑ってしまうようなユニークな商品が生まれていたのは、歴史に興味のない子どもにも手に取ってもらおうという工夫だったのかもしれません。一方で、あまり偉人がいじられすぎないように、ファンシー絵みやげ化を抑える力も働いていたようです。今ではほとんど残っていませんが、ファンシー絵みやげを通して、その地域の人たちが、地元にまつわる偉人を、どのように思っていたのかがよく分かるのです。