連載
#26 #まぜこぜ世界へのカケハシ
配慮は大切「でも終わりがない」発達障害と就労、疲弊する職場の現実
もしも「発達障害」の傾向がある人と働くことになったら……。理解が進みつつある「大人の発達障害」ですが、実際に関わってみて、対応に悩むケースは少なくありません。更に自分の特性について、就職時に明かさない人がいるという現実も。そんな状況を受け、各企業は試行錯誤を続けています。研修を開き、他人の気持ちの理解につなげたり、ウェブ上の情報共有ツールを活用したり。立場を超え、「働きやすい」と思える環境づくりに必要なこととは? 関係者の話から考えます。(withnews編集部・神戸郁人)
「サポートしたいと思っても、終わりがない。一言で表すなら、そんな状況でした」。関東地方に住む30代女性は、職場で発達障害傾向の強い後輩と過ごした日々を、そう振り返ります。
女性の勤務先は、障害がある人たちのための就労移行支援事業所です。主に、ビジネスマナーや電話対応などについて学ぶ、教育カリキュラムづくりを担ってきました。そして昨夏、事業所に配属された、20代男性の教育係を任されました。
「彼は同僚に『通院先の精神科で、発達障害の有無を調べる検査を受けたら、傾向があると言われた』と話していました。正式な診断名はついていなかったそうです。ただ私が見る限り、発達障害の特徴がある通所者の方と、非常に近い状態だと感じていました」
男性には別の企業で働いた経験があり、一般の採用枠で就職。しかし当初から、一日の業務スケジュールを立てられないなど、トラブルが絶えなかったといいます。
ある日、カリキュラムをまとめるよう指示すると、英語を使ったコミュニケーションプログラムを提案してきました。しかし、通所者の中には知的障害があり、日常会話が難しい人も。「ニーズに合っていないのでは」と女性が伝えたところ、「これまでにない体験をしてもらうのが重要だ」と譲らなかったそうです。
「自分が納得できなれば、てこでも動かない。そうした態度に戸惑ったことは少なくありません。指導したつもりが『パワハラだ』と責められてしまうこともしばしばでした」
そこで女性は、事業所の全職員を集めた研修会を企画。社会人としての心構えや、仕事への姿勢について、一人一人発表してもらいました。周囲との衝突を避けるには、まず他人の気持ちを理解する必要がある、と考えたからです。
「誰もが、僕と同様に物事を捉えていると思っていた」。終了後、男性の言葉に変化が表れました。他のスタッフに対して、思いやりをもって接することも、徐々に増えていったといいます。
女性は並行して、仲間にも協力を仰ぎました。男性が仕事を投げ出したときは、スタッフ間のグループLINEで、対応の仕方を引き継ぐ。週1回、上司に本人と面談してもらい、日々の課題を聞き出す。特定の誰かに負担が偏らない方法を、模索し続けました。
段々と職場になじんでいくかに見えた男性。ところが今春、所属部署のメンバーが大きく入れ替わったことで、状況が急転します。教育係も女性とは別の人物になり、互いにそりが合わず、ほどなく男性は離職してしまいました。
女性は「発達障害がある人全てが、男性のように振る舞うわけではない」とした上で、こう悔しさをにじませました。
「本人にもプライドがあり、苦労していたのだと思います。発達障害や、その傾向による仕事への影響は人それぞれです。そうした点が、何よりも悩ましい。周囲が根気強く関わらなければいけないことを、痛感した経験でした」
そもそも、発達障害とは何なのでしょうか? 法的には、次のように定義されています。
「仕事との関わりが深いのは、興味の偏りなどがあるASD(自閉症スペクトラム障害)と、多動性や衝動性が特徴のADHD(注意欠陥・多動性障害)です」。国際医療福祉大医学部教授の心療内科医・中尾睦宏さんが語ります。
中尾さんは25年以上、産業医を務めてきました。発達障害の可能性がある社員や、その周辺の人々からも、働き方に関わる相談を受けています。これまでの経験から感じるのは、企業によるサポートの難しさだといいます。
「特性がある人と向き合い、『理解しきれない』という感情を抱いてしまう。発達障害の知識がありながらも、当事者と接したことがない人は、そうした悩みを持っていることがあります」
中尾さんによると、発達障害の傾向がみられても、医師の診断を受けていない人は「グレーゾーン」と呼ばれます。本人に自覚がないまま就職し、仕事でミスを重ねるなどして、初めて特性が判明するケースも少なくありません。その場合、人事上どう処遇するかといった課題が持ち上がり、職場が疲弊しがちなのだそうです。
「本来であれば、当人の言い分を聞き、個性に合った教育や研修を受けてもらうべきでしょう。しかし最近は、多くの企業が人不足に直面しています。社員一人当たりの仕事量も増え、十分なリソースを割けない。そんな状況に陥っているように見えます」
このような事態が、当事者の働きにくさにつながっている側面もあります。
独立行政法人「高齢・障害・求職者雇用支援機構」の2015~16年度の調査によると、発達障害があり、一般の求人枠で企業に採用された人の64%は、応募時に障害を明かしていませんでした。このようなケースは「クローズ就労」と言われています。
中尾さんは「発達障害とは、脳機能の発達に凸凹がある状態。見た目から判断しづらく、他の障害者と比べると、社会に適応しやすい人もいます。その分、配慮を受けづらいかもしれません」と指摘します。
ADHDとASDの診断を受けている金子美咲さん(25)も、生きづらさを感じてきた一人です。
幼少期には、多動性や、友人と話が合わないことが原因で、孤立しがちに。大学入学後は社会勉強も兼ね、接客業などのアルバイトを幾つか経験しました。しかし、どの職場も忙しく、特性を打ち明けられる雰囲気ではなかったといいます。
対人関係のストレスから体調を崩し、遅刻や欠勤が続いた時期も。これまで本心から「職場に溶け込めた」とは思えなかったそうです。
「子どもの頃から、かかりつけの医師に、発達障害かもしれないと言われてきました。でも、当初は診断が確定していなかったんです。そのことが原因で、『どこに着地すればいいかわからない』という不安感が高まりました」
そこで22歳の頃、障害者手帳を取得。今年3月には、介護施設向けのサービス事業を手がけるMCSハートフル(さいたま市北区)に、契約社員として就職しました。同社はグループホームなどを展開する、メディカル・ケア・サービス(同市大宮区)の特例子会社です。
MCSハートフルは、系列事業所と合わせ61人いる社員中、43人が障害者。うち三分の一ほどを、発達障害や、その傾向がある人が占めています。同社で大切にしているのは、「チーム支援」という考え方です。
たとえば週1回開いている、12回で1クールの社員向けグループワーク。精神保健福祉士と臨床心理士が同席し、アンガーマネジメントなどについて学びます。部署横断型で、普段顔を合わさないメンバーとも、意見を交わせる点が特徴です。同社によると、相互の交流を通じ、自らの仕事上の課題に気がつく人もいるといいます。
今年2月には、ウェブ上の情報共有ツール「SPIS」も導入しました。社員は体調のよしあしや業務目標の達成度を、4段階で自己評価。上司がコメントすることで、モチベーションの維持につなげます。臨床心理士も内容を見られるため、第三者の立場からアドバイスが可能です。悩みごとを気軽に相談できるという利点もあります。
こうした環境で働く金子さん。現在は、介護施設で使うパソコンのシステム管理といった業務を担当しています。「これまでと違い、セーフティネットが張り巡らされている。いい意味で『甘えても構わないんだ』と思えるようになりました。すごく安心できますね」
今野雅彦社長(58)は「従業員の思いを受け止めようと、全社的なサポート態勢をつくりました。発達障害があっても、きちんとケアを受ければ、パフォーマンスは上がります。雇い入れた限りは、社員それぞれが輝ける関わり方をしていきたいです」と話します。
中古本販売大手ブックオフコーポレーションの特例子会社ビーアシスト(本社・相模原市)。首都圏にある五つの事業所で、「パートナースタッフ」と呼ばれる103人の障害者が、ブックオフの店舗やネット販売用商品の梱包(こんぽう)作業などに就いています。精神障害の手帳を持つ従業員は、全員に発達障害があります。同社によると、傾向がみられる人に限れば、全体の半数超です。
東京都町田市の町田事業所では、所長ら3人で「運営チーム」を組織。20人のパートナースタッフを支えています。口頭での指示がわかりづらい人向けにマニュアルを整えたり、一緒に作業しつつ手順を教えたり。日々の会話を日誌に記録し、業務適性の把握に生かすといった取り組みも進めています。
こうした施策が効果を発揮し、2016~19年度には新入社員の離職率ゼロを達成しました(今年6月1日現在)。塚越葉子所長(51)は「働きかけるうちに、苦手で後回しにしていた仕事を、スムーズにこなせるようになったスタッフもいます。今では貴重な戦力です。一人前になるまで、時間がかかるのは当然。そういう姿勢で接しています」
より多くの職場で、立場を問わない働きやすさを実現するには、何が必要なのでしょうか? 学校や企業に、支援などに関する助言を行う、東京都発達障害者支援センター(世田谷区)の坂田由紀子さんは、こう語りました。
「発達障害の場合、外見から状態がわかりにくかったり、コミュニケーションが問題なく成立する方もいたりします。雇用者としては、別の社員同様に評価したくなる。しかし実際には、業務を覚えるのに様々な配慮を要するなど、一人一人に”違い”があります。その事実をスムーズに受け入れるのが難しいことは、少なくないと思います」
「重要なのは、障害や特性のみならず、”その人自身”を知ろうとする姿勢だと感じます。トラブルを起こしがちな一方、英語力が高い当事者の社員に、業務用資料の翻訳を任せる。そうした工夫で、職場に定着できた例もあります。適材適所の大切さを、まず管理職が理解し、進めていく。そうすれば、変革につながるのではないでしょうか」
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