連載
#27 #父親のモヤモヤ
育休機運の裏で「休み必要?」と問う職場 「休めない空気」の正体は
日本の取得率は6.16%(2018年度)と、まだまだ取りづらい「男性の育児休業」。会社の人事から「休む必要があるの?」と言われながら何とか取得した父親がいる一方、中小企業でも育休取得率100%を達成する会社が出てきました。国は取得率を、2020年には倍の13%にする目標を掲げています。育休が取りやすい組織とそうでない組織の違いは何かを考えました。(朝日新聞記者・丹治翔)
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メーカーの下請け会社で働く30代男性は昨冬、育休の取得希望を会社に申し出ました。その時に、人事担当者から出た言葉が忘れられません。
「奥さん専業主婦でしょ。あなたが休んで育児をする必要はないんじゃない?」
小学生にはならない娘と息子がいる男性に3人目となる次女が誕生したのが、昨夏です。成長が順調ではなく、診察などでたびたび病院へ。出産を機に妻は仕事をやめましたが、長女や長男の体調不良が重なると、男性も有休を取って対応していました。
男性の会社は、50人にも満たない所帯。有休の申告に上司も最初は理解を示していましたが、子どもの体調が安定せず、隔週ぐらいで休むようになると、男性を責めるようになります。
「計画的ならまだしも、こんな調子だと進行が狂う。いい加減にしろ」
育休は頭になかった男性ですが、年末が近づくと、まとまった休みを考え始めます。「次女に入院の可能性が出てきたので。調べると過去に、女性社員の育休実績はありました。子どもがどうなるか分からないし、『やめてもいいや』という覚悟で育休を申し出ました」
思いの丈を、男性は社長と人事責任者との面談でぶつけました。前例のない男性育休に社長は戸惑い、人手が減っていた現場の事情を優先する人事からは「男性が育児する必要はない」「何を言っているの」と後ろ向きな言葉ばかり。社長が「検討する」とその場を引き取りました。
それからしばらく、音沙汰はありませんでした。そして年の瀬のある日、人事から「育休を認める」と連絡が。ただ、ここでも、「人が少ない状況で抜ける意味をよく考えてね」。最後まで歓迎の言葉はありませんでした。
2010年施行の改正育児・介護休業法で、「労使協定を結べば専業主婦の夫や専業主夫の妻を育休取得の対象外にできる」という規定は廃止になっています。しかし男性は「人事の言葉は不快でしたが、制度に詳しいわけではありません。『ご迷惑をおかけしてすいません』と言って、育休に入りました」。
育休中は男性が家事や長女・長男の面倒、妻が次女の育児を中心に担いました。「朝から会社に電話をしなくていいだけでも、育休を取って良かったです。休みの連絡をするのが、ストレスだったので」
そしてこの間に、次女の体調も安定していきました。「子どもの成長を近くで見守ることができ、かけがえのない時間となりました」
会社にとっても、新たな前例になったと言える男性の育休。ただし、「続く人は現れないでしょう」と冷ややかにみています。
「職場復帰したとき、同じように子どもがいる男性上司から『お前がいなくても仕事はできる』『休んだのはお前の事情。謝罪する気持ちはないの?』と言われました。もちろん上司は育休を取っていません」
「男性全員が育休を取るべきだとは思いません。でも、少なくとも会社が育休を呼びかけないと、取りたい人が言いづらい環境はまだまだ続くと思います」
信濃川に沿った田園が近くに広がる新潟県長岡市のサカタ製作所。工場や倉庫、空港といった大型建築の屋根金具などを製造する同社では昨年、子どもが生まれた男性社員6人全員が3週間以上の育休を取得しました。
社員数は約150人。その2年前まで取得率は「ほぼゼロ」でした。「実績作りのために取らせた年もありましたが、日数が短く中身も伴わなかった。『真剣にやろう』と16年暮れから、全社的に取り組み始めました」。総務部長(現・技術開発部長)だった小林準一さん(52)は振り返ります。
まず行ったのが、「休めない雰囲気」の解明。総務部の女性社員2人を「推進スタッフ」に任命し、育休を取得しなかった男性社員らに、聞き取りをしました。
自分の仕事が忙しくて休めない▽上司や仲間の手前、休みづらい▽評価が下がる▽休んだら経済的に困る、などといった社員の本音が浮かび上がりました。
育休を促されても、売り上げも求められるような矛盾した会社の空気。それを打破したのが、坂田匠社長(59)の「イクメン推進宣言」でした。全社集会などで育休を取得した社員や推進した管理職を高く評価するとした一方、「業績が落ちても構わない」と明言。「『何を言うか』より『誰が言うか』。社長のメッセージで方針が明確になりました」
宣言後は男性社員が妻の妊娠を報告すると、上司や役員を交えて育休取得に向けた面談を実施。業務引き継ぎを会社幹部も共有することで、休めない雰囲気を払拭しました。また、給付金や補助金などを含めた給与シミュレーションを示し、収入面の不安も緩和しました。
昨年末と今年2月に育休を取得した青柳剛志さん(34)は「妊娠の報告をすると上司からは『いつから取るの?』と言ってもらい、2度取得ができる特例も会社が説明してくれた。何の心配もなく育休が取れた」と話します。
小林さんが男性の育休取得にこだわるのは、サカタに転職する前の「会社人間」としての苦い経験です。「子ども2人が小学生の時に、中国に1年間単身赴任したり、帰宅が毎日午後10時を過ぎたりするなど、仕事優先で家族を顧みませんでした」
サカタに移ってからは、社員目線の会社を第一に働き方改革に着手。1人あたりの平均残業時間(1カ月)は14年の17.6時間から18年は1.1時間に減り、育休推進の機運につながりました。
小林さんによると、育休推進の効果は社内外で出始めています。社員の長期休暇を前提とすることで、業務の見直しや特定の人が仕事を抱える属人化の解消が起こり、生産性が向上。懸念された主要事業の売り上げも堅調です。新卒採用でも、子育て環境を重視する学生へのアピールとなり、応募が増加しました。
「男性の育休により、社員と組織を活性化させ、業績向上を狙う。取得100%は経営戦略です」
育休が取りやすい組織とそうでない組織。その違いはどこにあるのでしょうか。男性の家事・育児参加を後押しするNPO法人「ファザーリング・ジャパン」の代表理事、安藤哲也さんに聞きました。
「会社での育休に関しては、まず国の制度がしっかりとあります」と話す安藤さん。それでも、中小企業に勤める男性からよく、「うちの会社には制度がない」という相談があるそうです。
「もちろん、それは間違い。今の法律は従業員が男性でも女性でも、取得する権利が保障されています」
法制度は整備されているのに、なぜ育休の取得が進まないのか。安藤さんは「制度より風土が悪い」と指摘します。
「昔ながらの経営者や上司は、自分の価値観で職場の空気を作ってしまう。50代ぐらいまでの男性は、『仕事だけやっていればいい』という選択が多かった。そういう意識だと、若い社員は育休を取りづらいわけです」
ただ、安藤さんは、対象となる社員の意識も大事だと語ります。「制度があるのに、組織の空気を忖度(そんたく)したり、評価が下がると思ったりして取らない。または、いざ取得する段階になって、十分な引き継ぎなどの準備をせずに休みに入ってしまう。そうすると、職場からは歓迎されませんよね」
対照的に育休取得率が高い会社は、「組織と個人がうまくかみ合っている」と安藤さん。「経営陣がしっかりとメッセージを発し、それを理解した管理職がマネジメントをする。しっかり準備をして育休を取る人は、育児を通じて家族の絆を強める。そうすると、仕事へのモチベーションも上がるので、組織にとってもプラスになります」
「男性の育児は家族サービスではなく、まさに家族のケア。とても重要な役割であることを、会社も当事者も理解していってほしいですね」
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