連載
#26 #父親のモヤモヤ
「今日はお休み?」父子だと警戒される育児 「イクメン」に注ぐ視線
子どもと2人きりでいるのは、不審なのでしょうか? そんな声を、育児中の父親から時折聞きます。男性が育児をする姿はめずらしくなくなりましたが、それが平日の昼間だと「なぜ?」という目で見られたり、「お母さんは?」と尋ねられたり。女性ならば不審がられないのに、なぜ男性だと違うのか? そこには、「育児の中心は女性」という考え方がまだ根強い、社会のありようが映し出されているのかもしれません。
10月19日は「イクメンの日」。「イクメン」という言葉は、育児する男性をことさらに特別扱いする言葉、との指摘もあります。男性の育児に注がれる視線について、考えてみました。(朝日新聞記者・武田耕太、高橋健次郎)
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「きょうは、お休みですか?」
中部地方に住む公務員の30代男性は、今年の春まで1年間、長男(3)の育休を取りました。子どもを連れて、遊び場へ連れて行くと、別の母親から度々、あいさつのように声かけが。「不審な人物でないか、相手が警戒しているのが伝わってきました」
妻と共働き。キャリア形成を後押ししたいという思いもありました。同時に、出産時は単身赴任していたので、子どもが幼い時から関わりたいとも思って育休を取得しました。
育休取得時から、「子育ては母親の役割」という性別役割の意識に直面しました。
2年に及ぶ単身赴任の後、中部地方に。育休取得を申し出ると、「本当に、育休取るの?」「奥さんは、もっと休めないの?」。何度、聞かれたか。強く申し出て、なんとか1年間の育休を取得しました。
育休明け、子どもの発熱で会社を休むこともあります。そんな時は、常に先回りして「言い訳」してしまう。「妻がどうしても対応できないので」が枕詞です。
男性上司の妻は、多くが専業主婦。仕事が終わらなければ、残業や休日出勤をすればいい。飲み会で家を空けることは苦にならない――。そんなスタンスで接してきます。一方の男性は、常に帰宅時間を気にし、休日のすべてを家庭のために充てる。どうしても溝を感じてしまいます。
「『子育ては妻の役割』。そんな意識を言葉の端々に感じます。『育休は妻が取るもの』。『男は24時間を仕事に充てられる環境が当たり前』。そういう感覚の違いに、モヤモヤします」
ミュージシャンで漫画家の劔樹人さん(40)は今年8月、新幹線の車内で、泣きやまない長女(2)をデッキに移動してあやしていたところ、停車駅で乗り込んできた警察官から事情を聴かれました。当時、長女と2人きりで、妻でエッセイストの犬山紙子さん(37)は不在でした。
「誘拐事件の可能性と通報があったので」。警察官が無線で「男性と女の子が1人。母親はいません」とやりとりしているのを見て、「男性と女の子だから怪しまれたんだな」と劔さんは思ったそうです。
結局、身分証明書としての保険証を示し、犬山さんと電話で連絡をとり、やっと「疑い」は晴れました。
一連のやりとりをSNSで発信したところ、大きな反響が起きました。
「慣れないことをするからだ」「ふだん育児をしていない父親がするから、そうなるんだ」。そんな「的外れな批判」を劔さんは浴びたといいます。
劔さんはふだんから父子で過ごすことは珍しくなく、2人きりでの新幹線移動にも慣れていました。慣れていようがいまいが、2歳半は「イヤイヤ期」の真っ最中。ちょっとしたことで泣きわめき、親の言うことを聞いてくれないことは、子育てをした親の多くにとって、身に覚えのあることでしょう。
一方、犬山さんのもとには「父子で行動するときは疑われないように、なるべく子どもとおそろいの服を着るようにしている」という男性からの声も届いたそうです。
犬山さんは一連のできごとを踏まえ、「男性が育児をするなかでそういうプレッシャーがかかっているんだな、ということは胸に刻んでおきたい」とnoteに書きました。
いま、犬山さんはこう振り返ります。
「そこには男性と子どものセットで新幹線に乗っているという珍しさもあったのでしょう。これが男性と女性、半々ぐらいの割合で子どもと2人で新幹線を利用する世の中だったら違っただろうと思います。今回のできごとを振り返ると、結局、育児は性別に関係なく参加していくべきだし、そのための環境も整えていくべきだし、というところに落ちつきます」
劔さんも「育児をするのはやっぱり母親がいいんだろう、という意見はまだ強い。でも、そんなことはないはず。ふだんから育児する父親が増えていけば、世の中の空気も変わると思います」と話します。
そして、2人は「通報そのものは必要」と強調します。SNSで発信するときも、そこの誤解を受けないように気を配ったそうです。「子どもの安全のためにも、怪しいと感じることがあれば通報してほしい」。それが2人の思いです。
2010年、「イクメン」という言葉が「新語・流行語大賞」のトップ10入りを果たしました。
今年8月、「僕たちは育児のモヤモヤをもっと語っていいと思う」(自由国民社)を出した、働き方評論家の常見陽平さん(45)は「イクメンという言葉があること自体、男性が育児をするのがふつうじゃないということを可視化している」と指摘します。
常見さんは2年前、長女を授かり、フルタイム勤務の妻と夫婦2人で子育て中です。ほぼすべての食事は常見さんが担うなど、平日も1日平均6時間は家事育児に費やしているそうです。
育児する男性の姿があたりまえになり、日常の風景になじんだとき、冒頭の男性が感じた「不審な目」や、劔さんが体験したようなできごともなくなっていくのかもしれません。そして、そのときには「イクメン」という言葉も消えるのかもしれない、と思います。
記事に関する感想をお寄せください。母親を子育ての主体とみなす「母性神話」というキーワードでも、モヤモヤや体験を募ります。こうした「母性神話」は根強く残っていますが、「出産と母乳での授乳以外は父親もできる」といった考え方も、少しずつ広まってきました。みなさんはどう思いますか?
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