連載
#11 ざんねんじゃない!マンボウの世界
ウシマンボウ「117kgの卵巣」を待つ運命「3億個の卵」は本当?
2008年3月、台湾東部の花蓮で漁獲されたメスのウシマンボウ。謎に包まれたマンボウ類の産卵生態に迫る。
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#11 ざんねんじゃない!マンボウの世界
2008年3月、台湾東部の花蓮で漁獲されたメスのウシマンボウ。謎に包まれたマンボウ類の産卵生態に迫る。
子どもから大人まで広く知られ、水族館の人気者「マンボウ」。実は、生態についてはまだまだ謎が多いことをご存じでしょうか。特に明らかになっていないのが、繁殖や産卵についてです。稚魚などは見つかっていますが、どこで生まれているのかはわかりません。そんなマンボウの仲間で、「117kg」の卵巣を持った個体が発見されました。「最弱伝説」としてネタにされながら、その多くが謎に包まれているマンボウの実態に近づけたのでしょうか?
澤井さんによると、この説の元になったのは、1921年、科学雑誌「Nature」で発表された論文。「マンボウの卵巣内に3億個以上の小さな未成熟の卵が含まれていることを発見した」という一文が記されていたそうです。しかし、(1)算出方法は書かれておらず、3億個という数字は推定値であること、(2)未成熟の卵は一般的に「卵」として数えないこと、などから情報として適切ではないと指摘します。
加えて、「マンボウが一度の産む卵の数はわかっていませんし、そのうち何匹が生き残るかなんて、もっとわかりません」と澤井さん。種として生き残るために必要な雌雄=2匹という意味から、派生したのではと分析します。「この2という数字は、『雌雄が1匹ずつ生き残ればいい』という意味合いが、『2匹しか生き残れない』と間違って解釈され、実際はよくわかっていないのに『それらしい情報』が独り歩きしてしまっています」
ではマンボウ類の産卵について、どのように明らかにしていけばいいのでしょうか。そのヒントが、2008年、台湾で漁獲された「ウシマンボウ」にあります。
ウシマンボウとは、水族館でよく見かけるマンボウと同じマンボウ属の仲間で、日本近海にも出現する魚です。姿もマンボウとよく似ており、混同されることもしばしば。しかし、成長すると「舵びれ」(尾びれに見える部分)が波打つことがマンボウの特徴で、頭部や下あごの下が隆起するのがウシマンボウなど、細かくは形態に違いがあります。
また、ウシマンボウはマンボウより巨大化する傾向があり、千葉県鴨川市沖で漁獲された2300kgのウシマンボウはギネス世界記録の「世界最重量硬骨魚」に認定されています。
ウシマンボウを始め、マンボウ属の仲間がどこで産卵しているのかは全くわかっていません。雌雄が形態からは判別しづらく、皮も分厚いため、産卵を控えているかどうかも見た目ではわかりません。これらは解剖して初めてわかることなのです。
では、台湾で漁獲された「ウシマンボウ」からわかることとは、どんなことでしょうか。
2008年3月、台湾東部の花蓮で漁獲されたのは、体重1380kgのメスのウシマンボウ。驚くべきは、その個体の卵巣が117kgもの重さがあったことです。その割合は、体重の8.5%程度。見た目からは想像できないほど、卵巣が大きくなっていたのです。澤井さんは「卵巣がこんな巨大になるなんてマンボウ研究者の間でも聞いたことがない」と驚きを語ります。
澤井さんによると、今までのマンボウ属の卵巣最重量記録は、島根県で漁獲された体重1150kgのマンボウが持っていた約36kgの卵巣。今回取り上げている台湾の個体の卵巣の3分の1以下です。他にも、日本では3m超えの巨大なメスのウシマンボウも見つかっていましたが、卵巣は10kg以下だったといいます。
「台湾の個体は産卵により近い成熟状態だった可能性があり、そうであれば世界で初めてウシマンボウの産卵場の特定にもつながったかもしれません」と語る澤井さん。というのも、この個体については、これ以上調査をすすめることができなかったといいます。どうしてなのでしょうか。
台湾でも、マンボウは日本の一部の地域と同じように食材として親しまれています。特に、台湾のマンボウ類の水産的価値はそれなりに高く、漁獲後は魚体丸ごとトラックに乗せられて高級レストランなどに運ばれるそうです。実は、今回のウシマンボウも卵巣の重さなどは量られたものの、卵の状態を調べられたり、サンプルを採られたりすることのないまま、運ばれていったといいます。
澤井さんは、「私がこの個体の存在を知ったのはその数年後。写真と記録があっただけでも幸運ですが、もう少し調べられたら」と悔しさも語ります。
「今後いつこのような個体に出会えるかはわかりませんが、もっとサンプルや知見が集まれば、マンボウの産卵の研究は大きく進むと思います。3億個の卵の噂だけではなく、正しいマンボウの知識を広めたいです」
よく耳にする、その生き物の特性を象徴するような話の中には、ウソや事実を大げさに捉えたものが入っているかもしれません。普段は気に留めないかもしれませんが、「本当かな?」の言葉を心のどこかに置いてみませんか。まだまだ謎の多いマンボウは、そんな気づきをくれる大事な存在なのかもしれません。
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