連載
#17 #父親のモヤモヤ
父親の育休、阻むのは……旗を振り続ける起業家が感じる「モヤモヤ」
「育休後に給与や地位を保てるのか」――。父親の育休取得が進まない背景には、そんなモヤモヤも見え隠れします。でも、なぜモヤモヤするのでしょうか? 働き方改革を推し進める株式会社ワーク・ライフバランス社長の小室淑恵さんは、「男性育休100%宣言」の企業を募り、支えています。そんな小室さんは「男性が言い出すことすらできないような職場の風土に課題がある」と話します。
【平成のモヤモヤを書籍化!】
結婚、仕事、単身、子育て、食などをテーマに、「昭和」の慣習・制度と新たな価値観の狭間を生きる、平成時代の家族の姿を追ったシリーズ「平成家族」が書籍になりました。橋田寿賀子さんの特別インタビューも収録。
――男性の育児休業取得は6%と低調です。その要因は何が考えられますか?
様々な要因が考えられるのですが、最も大きい要因は会社における同調圧力にあると思います。
これまで、企業は1人が抜けると仕事が回っていかないような属人的な働き方をしてきました。全員そろっていないと成り立たない働き方だったのです。そのため、会社は「絶対休むなよ」と全員に対して厳しく圧力をかけ、休んだやつは左遷だと。
先日、化学メーカーや、スポーツメーカーでもおきたことです。「それみたことか」と感じさせ、休まないようにそっと恫喝するかのような圧力をかけてきました。
――「経済的な問題から育児休業を取れない」という人もいます
確かに、「休んだらお金減っちゃうじゃん」という経済的な理由が問題ともよく言われます。しかし、日本の育児休業は、経済面ではユニセフ調べでは世界第一位の制度があります。
最初の半年は育児休業前の手取り賃金(上限約45万円)の67%が給付金として支給され、育児休業中は社会保険料も免除されるのでほぼ勤務時と変わらない家計の状態をキープできます。
しかし、先ほど述べたとおり男性が育児休業を取れないのは会社の風土や同調圧力から来るもの。「金銭的な対策が整っているので、あとはが周知活動に力を入れて制度を知らせれば進んでいく」ということではないのです。
働き手本人が取得を言い出す壁をなくすために「男性の育児休業義務化」などの法整備が必要と考えています。ただ、誤解していただきたくないのは、これは個人への義務付けではないので、自分の意思で取りたくない人にまで取得を義務付けるのではありません。あくまでも「企業に」義務付けです。
現在の法律では「本人が申請してきたら」企業は育児休業を取らせなくてはならないという法律になっているのですが、本人が申請できるような風土ではないので、「企業が本人に一度は打診する」ことを義務付けるのです。当然その際に、給付金等の説明も必須になります。
――小室さんは特に産後2週間の夫の育児休業取得を呼びかけていますね
厚労省のデータによると、産後の妻の一番の死因は「自殺」なんです。出血死などではなく。自殺の大きな要因は産後うつで、産後2週間後がピークと言われています。出産前に出ていた妊娠に必要な女性ホルモンの分泌が、産後一気に出なくなることによってホルモンバランスが崩れ、メンタルヘルスの不調を引き起こすと言われています。防止するためには「まとまった睡眠」と「朝日を浴びることの出来る時間帯に散歩する」などが効果的と言われています。
しかし、夫が育休を取らない場合、この2週間、妻は薄暗い部屋で子どもとふたりっきりで孤独にすごし、2時間おきの授乳で睡眠は寸断されてしまいます。こうした、妻を自殺に追いやってしまう状態を国を挙げて防止すべきと私は考えます。
これほどまでに少子化で、全国民にとっての社会保障制度が成り立たなくなることが危惧されている日本で、この政策に力を入れなくて、どこに力をいれるのでしょうか。さらに一歩踏み込んだ法律改正で促進をはかるとすると、現在は67%である育児休業の給付金を最初の1カ月だけ80%~90%に変更すれば、「男性が育児休業を取得するなら産後すぐがお得」というインセンティブになり、男性の行動変容を促すことが出来ます。
――この時期に育児休業を取れないと家族の関係性にもひびが入ると聞きます
後で振り返ると男性は「ここが転換点だったのか」とわかるんですけど、子どもが産まれた直後が夫婦関係の断絶の始まりであったケースが多いです。
「子どもが生まれたら、うちの母ちゃん怖くなっちゃった」とよく年配の男性が振り返りますが、これはホルモンバランスの崩れがそうさせているのです。このタイミングで、夜の授乳を替わってあげたり、「俺が見てるから外に一人で散歩にいっておいで」と明るい時間に外出させてあげたりできると、急速にホルモンバランスは整い、「優しいかあちゃん」が戻ってきます。
このとき、無自覚に会社に行き続け、「休むわけにはいかないんだ」という行動をとると、ここが分かれ道となって、「パパに期待するから苦しくなる。パパはいっそ死んだものだと思おう」という心理に妻が陥るのです。父親が蚊帳の外に置かれ『ママと子どもたち+パパは別』となる。これが夫婦関係の破綻につながるし、日本の少子化の根っこにある問題です。
――働き手を取り巻く環境も変わってきているのでしょうか
日本は労働力人口が不足しています。そのため、「今以上に一人ひとりが踏ん張って仕事を休まず頑張ってもらわないと!」と考える人がいますが、それは勘違いです。
育児をしながら介護もしているような人だっています。女性も労働参画が求められるようになりました。本人が全力で働きたくても、時間外でやらなければならないものがたくさんあり、ジャグリング状態なのです。企業が日本の働き手の厳しい現状を直視できないままマネジメントをした。そうして延命してきたものが破綻しようとしているのです。
労働力人口の不足などから、企業と従業員のパワーバランスが逆転し、「おまえの代わりはいくらでもいるんだぞ」という時代ではなくなりました。育児・介護・がんの治療など、様々なないがしろにできない事情を抱えながらでも、組織の仕組みによって安定したアウトプットをだせる仕組みづくりこそが急がれるのです。
私は今まで1000社に働き方改革コンサルティングを提供してきましたが、長時間労働を強いる企業ほど「社員が休まないことを前提」にした、きわめて属人化した仕事の仕方をしています。こうした企業では、あきらかに採用の際に「有給取得率が低いんですね」「男性の育児休業はほとんど取った人がいないんですか?」「平均残業時間が業界内で突出していますね」となっていい人材を採れない、採れないから生産性が上がらず、さらに残業が増えるという悪循環に陥っています。
「わが社ならば、仕事以外の責任もきちんと果たしながら、家族に応援されながら仕事をすることが出来るんですよ」というメッセージを出せる企業がいい人を獲得し、生産性をあげていく好循環を作り出していくのです。
――小室さんは男性の育児休業取得率100%を目指して取り組む企業のトップに「男性育休100%宣言」をするように呼びかけています。なぜこの宣言を打ち出しているのですか?
経営者と直接ディスカッションをしていると、意外なことに、そうそうたる企業のトップがこんなことを口々に言うのです。
「そのお気持ちは、次世代に全く伝わっていませんから(笑)、発信していきましょう!」とこの活動を始めました。
経営者の「男性育休100%宣言」は、働き手の男性にとっては育休を取りやすくなる点でプラスとなります。さらに、経営側にもメリットがたくさんあります。例えば、課題の人手不足に効果があると考えます。日本生産性本部が調査した研究では、新入社員の男性の約8割が「育児休業を取りたい」と回答しています。
8割が希望しているのに、実際に取れるのはたったの6%。この学生が求めているもので得られないものというのは、採用をする上で強みになります。
男性の育休について、おそらく今後法律が変わり、取得100%を目指すことは企業の義務になるでしょう。しかし法律が変わったあとにあわててそれに間に合わせるように推進しようとすると、裏目にばかりでるのです。自社にあった推進方法は何かを考えずに「政府に言われたから、やるといったらやれ」というような社内メッセージを発信したことで、やらされ感が出てしまい「かえって仕事がやりにくいじゃないか」と一番恩恵の受けるはずだった働き手が一番いやがる現象が起きてしまうのです。
せっかく採用や定着に効果がある男性育児休業取得を推進する際には、法改正となる前にライバル企業と差をつけられると考え、社員全体が能動的取り組めるような社内発信と制度整備をしていくことが重要だと考えます。
記事に関する感想をお寄せください。「イクメン」というキーワードでも、モヤモヤや体験を募ります。「イクメン」という言葉を前向きにとらえる意見がある一方、「イクメンという言葉が重荷」「そもそもイクメンという言葉が嫌い」という意見もあります。みなさんはどう思いますか?
いずれも連絡先を明記のうえ、メール(seikatsu@asahi.com)、ファクス(03・5540・7354)、または郵便(〒104・8011=住所不要)で、朝日新聞文化くらし報道部「父親のモヤモヤ」係へお寄せください。
【平成のモヤモヤを書籍化!】
結婚、仕事、単身、子育て、食などをテーマに、「昭和」の慣習・制度と新たな価値観の狭間を生きる、平成時代の家族の姿を追ったシリーズ「平成家族」が書籍になりました。橋田寿賀子さんの特別インタビューも収録。
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