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「ママとずっと一緒にいたい……」小児在宅医療、家族が迫られた決断
小児在宅医療を取材する中で出会った家族は、悩みながらも家族と一緒に過ごすことを大切に考え「在宅」を選んでいました。親たちは同時に、治療の選択や在宅への移行の判断について、意思表示が難しい子どもの代わりに決めることへの不安や葛藤を抱えていました。患者や家族を支えるためには何が必要なのか? 家族や医師の言葉から在宅医療に必要なことを考えます。
脳腫瘍(しゅよう)の一つ、脳幹グリオーマを発症し、2015年9月16日、埼玉県新座市の自宅で息を引き取った原田歩夢くん(4)。2歳の誕生日の1カ月後、家族と食事をしていたときに倒れ、病気が見つかりました。
東京の国立成育医療研究センターでの入退院を繰り返しますが、母親の原田瑞江さん(30)は、「母親が子どもの入院に付き添っていると、家族は病院と家とに分かれてしまいます。仕方がないことですけど、兄弟は一緒にいさせたかったから強く在宅を望みました」と振り返ります。
特にICUに運び込まれたとき、「医療機器につながれて抱っこもできないし、お兄ちゃんもICUに入れないのなら、最期は家族と一緒に家がいい」と強く思ったそうです。
ただ、無条件で在宅を望んだわけではないとも付け加えます。
「在宅に後悔がないのは、病院の主治医と在宅に詳しい小児科医や訪問看護師が連携をとって家族をバックアップしてくれたからです。家に帰っても治療を受けられる環境がありました。訪問看護師の訪問も、お兄ちゃんを保育園に送っていくときに来てくれたり、お風呂を一緒に入れてくれたり、私たちの気持ちも察してくれました」
瑞江さんの言葉からは、みとるためだけに在宅を希望するわけではない、という家族の思いが見えてきます。
埼玉県所沢市の中学1年生、清川千里さん(13)はハロウィーン直後の2010年11月1日、この世を去りました。骨肉腫と診断を受けてから8カ月後、自宅のリビングに置かれたベッドで、家族や愛犬や愛猫に囲まれながら息を引き取りました。
母親の清川慶子さん(56)は、最新の治療法を求め、千里さんを金沢大学附属病院に転院させました。慶子さんは病院の裏にあるアパートを借りて、毎日通い、外出許可が出たときはアパートで過ごしました。
清川さんも、病院と自宅に家族が分かれた生活は厳しかったと言います。自宅に残った長女や父親は、千里さんや付き添いをする母親と時々しか会え会えず、病状の変化も十分伝わらないといったことで、家族関係がぎすぎすしてしまったそうです。
「後から長女に聞きましたが、電気をつけない暗い部屋でパパがうつむいていたそうです」と慶子さんは振り返ります。
重い決断となったのは、最新の治療で思うような効果を得られなかったことを知らされた時でした。家の近くにある病院に移ろうとしましたが、簡単ではありません。また、その話し合いの中で、千里さんは一つ条件を示したそうです。
「ママとずっと一緒にいられる病院」
候補は2カ所。幸い、そのうちの一つである東京都内の小児病院に勤めていた森尚子医師(42)が受け入れてくれたことで、東京に転院できました。森医師は、国立がん研究センターや東京都立小児医療センター、総合病院の緩和ケア病棟などでスキルを磨き、小児科専門医、小児血液・がん専門医でもあります。
森医師はその後、病状が厳しいと判断したとき、慶子さんたちにこう相談したそうです。「千里ちゃんの願いが、家に帰りたいのなら帰してあげたい。私がバックアップします」。
「千里には当時、家に帰れる喜びと恐怖感がありました」と振り返る慶子さん。何度かしていた外泊でも呼吸困難やけいれんなどが起こり、病院に戻ったことがあったからです。森医師は、これまでの経過も考え、最後の長い外泊を決めた後は、毎日、自宅に様子を見るため通い、家族の不安を和らげました。
慶子さんはこう言います。
「安心して在宅で過ごすには、24時間医療者と連絡が取れるシステムが必要です。子どものことを深く理解してくれている医師がいれば、困ったときに電話でも話すことができます。いざとなったときに駆けつけるからねと言ってくれる医師がいれば、訪問する医師が毎回同じでなくてもいいと思います」
2018年12月9日に白血病で亡くなった添田侑花ちゃん(3)。母親の英子さん(35)と父親の博史さん(37)は、生後11カ月からの闘病やみとりに向き合いました。何が難しかったのか尋ねると、こう話してくれました。
英子さん「本人の意思をいかにくみ取るのかが難しかったですね」
博史さん「11カ月で発症したので、ああしたい、こうしたい、という意思表示ができないので、親が決めていかないといけません」
同じ悩みは、これまで話を聞かせてくれた小児がん患者の母親たちも打ち明けていました。
東京の多摩ニュータウンで子育て中の女性がん患者が集う「がんママカフェ」を企画している相模女子大学講師(社会福祉)の井上文子さん(49)は、かつて小児がんの患者支援団体でソーシャルワーカーをしていました。井上さんも乳がん経験者です。小児がん患者の治療は、限られた専門医療機関でしか治療できず、家族が分かれて過ごすケースが多いと言います。
「在宅を選ぶ条件は、お父さんとお母さんの意見が一致していることです。小児医療の場合、お母さんが病院で付き添いを求められることが多くあります。毎日病状の変化を見ているお母さんにしてみれば『もういいんじゃないの』と思う時期が訪れますが、お父さんは1%でも可能性があるなら病院で治療を続けたいという人がよくいます」
もう一つ注意しないといけないことは、「きょうだいが蚊帳の外に置かれてしまうこと」です。
だからこそ、「特に子どもが終末期だとわかったときには、家族ケアも必要だと思います」とアドバイスします。井上さんがソーシャルワーカーをしていた患者支援団体は、もともとがんで子どもを亡くした親が設立していたことから、そのような相談が多く寄せられていたそうです。
小児がんは大人のがんと違い、今では7割の患者が治ると言われています。だからこそ、井上さんは「3割に入る親やきょうだいのサポートが必要」と指摘します。「覚悟がないと在宅はできない」から、そのサポートをする人たちの存在やどこでも利用できる基盤づくりが重要だと言います。
森医師が勤務する赤羽在宅クリニックでは、同僚の小児科医、宮本二郎医師(46)らとともに、今、約70人の小児在宅患者を診ているそうです。
クリニックがある東京都北区のほか、豊島区、そして荒川を越えた埼玉県の蓮田市や八潮市、越谷市、さいたま市西区といった地域をカバーしています。クリニックのホームページには、半径16キロ圏内を訪問可能地域としていますが、吉川市や蓮田市など圏外でも地元で応じてくれる在宅医がいなければ駆けつけています。
小児医療センターのほか、大学病院からの受け入れ要請もあります。患者の自宅がある地域で引き受けてくれる小児在宅医が見つからないからです。まれですが、千葉県の医療機関からも相談があると言います。
重い病気や障害を持つ子どもは、高齢者に比べて患者数が少ないこともあり、日本中どの地域でも在宅医療を受けられる環境が整っているわけではありません。
患者が多い高齢者の在宅医療の場合は、特に東京23区など患者が密集した地域で効率よく診療していくことができますが、小児在宅医療はそういう効率化が難しいのが現実です。そのため、在宅ができるのにあきらめざるを得なかったり、最初から選択肢としてない子どもたちもいます。
白血病の侑花ちゃんが治療を受けていたのは、さいたま市にある埼玉県立小児医療センターで、自宅は県東部にある吉川市でした。輸血が必要で、終わるまで約2時間かかります。技術的には難しい医療行為ではありませんが、安全に行うためには医療者が付きそうことが必要です。この時間の問題を、森医師や宮本医師は訪問看護師とリレー形式で行う態勢を組むことで解決し、在宅療養を実現させました。
在宅医療について宮本医師はこう考えています。
「本来の生活の場所は、病院ではなく、家でしょう。最終的には、小さな子どもの場合は親が決めますし、すべてのケースで最期を過ごす場所として家が最善というわけでもありません。私たちは、子どもにとっての最善であるような選択を家族が出来るようにサポートし、その選択が良かったと後々まで思えるように、選択後もサポートしながら、医療者としてその意思決定が適切なものであると後押しして保障してあげることです」
在宅医療を充実させるには、何が必要なのでしょうか? 長く取り組んできた森医師は、意欲ある医師を育てる必要を訴えます。
「在宅医療は今、医師の側からみれば、子どもを診なくても成り立ってしまいます。東京や埼玉といった大都市圏は、多くの医療機関があり、多くの医師がいることから、どうしても心の中のどこかで『他の在宅医がいるでしょ』と思ってしまっているのかもしれません。でも、強制的に診なさいとは言えません。意欲のある医師を育ててネットワーク化していくことが重要だと思います」
小児科専門医、血液専門医の宮本医師は、多くの医療者に関心を持ってもらうことを挙げます。
「小児在宅医療を広めるためには、私たちが特殊なことをやっていることを強調していても広まりません。もちろん、小児科医だからと言っても訓練を積まなければ、小児在宅医療における緩和ケアをすぐに出来るわけでもありません。しかし、そもそも病院の小児科医の中には小児在宅で何をしているのか、どこまでの医療が出来るのか知らない方も多いのが現状です。まずは、小児在宅医療とは具体的にどういうものなのか、それがいかにニーズがあるかということについて、小児科医を含めた医療者が一人でも興味を持って欲しいと思っています」
取材をした家族は、自分たちの選択に後悔はないと話していました。一方で、在宅医療を選べない家族が多くいるのも事実です。
在宅医療が普及してきていますが、小児在宅医療は東京23区など一部以外は選択肢にさえならないところが多いのが実情です。小児科医は外来で忙しく、在宅を専門で行う医師も大人は対応できても子どもは難しいと言って引き受ける在宅医が少ないという話をよく聞きました。
病院と家との生活で悩む家族のためにも、小児の患者も診る在宅診療所の経営者が増えることが望まれます。森医師や宮本医師が勤務するクリニックは、在宅医療を大人も含めたトータルで考えているそうです。遠方もカバーせざるを得ないため非効率にならざるを得ない小児在宅医療ですが、大人の在宅医療も含めた全体で収支のバランスをとっていくことです。
そもそも患者を大人と子どもを区別して考えること自体がおかしいのかもしれません。開業して外来診療している小児科医も、昼間の休憩時間や夜を利用して在宅に取り組むなど地域の小児科医も連携してカバーされるようになれば、患者や家族の療養環境が改善されると思います。小児在宅医療には今、このような提供体制の充実という側面と、子どもをみとった3家族が振り返ってくれたように意思決定支援や家族ケアの充実が望まれます。
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