連載
#37 #withyouインタビュー
ただひたすら「逃げろ!!」 ミスフル作者、いじめ漫画を描いた理由
「幼稚園に行きたくない」。週刊少年ジャンプで「Mr.FULLSWING」を連載した漫画家、鈴木信也さん(44)は突然、当時5歳だった娘に泣きつかれました。聞けば、体操の先生の厳しい指導などが原因。ささやかな理由と片付けることもできますが、立ち止まって、この体験を漫画にして自身のブログに載せたところ、思わぬ反響がありました。「ただ逃げるのではなく、逃げるという選択肢を加えてほしい」。そう語る鈴木さんに、漫画に込めた思いを聞きました。(朝日新聞大阪編集センター・後藤隆之)
――幼稚園に行きたくないと泣いた娘に思いを巡らせ、「将来死にたくなったらコイツを読め」などと題した漫画を2017年にご自身のブログに投稿されました。悩みを漏れ続けるガスにたとえ、「つらかったら全力で逃げて」というメッセージが伝わってきました。
「長女が幼稚園に通っていた約3年前、登園前に泣くようになりました。最初は理由をなかなか教えてくれず、『誰かに意地悪されてるのでは』などともんもんと考えておりました。実は娘は運動が苦手なのですが、幼稚園の体操の先生が昔ながらの厳しい指導をする方で……。お友達の前で『なんでこんなこともできないんだ』と怒られたり、放っておかれたりしているうちに体操そのものが嫌いになってしまいました」
「ボク自身、学生時代は体育が苦手で、先生からの冷たい扱いや、一緒に組むチームメートへの申し訳なさ、そして運動会などで居たたまれない思いをしてきたので、これが十分に幼稚園に通うのが嫌になる理由だと理解できました」
「今はまだささやかな理由に映るかもしれませんが、テレビで若者の自殺などが取り上げられているのを見て、将来はうちもひとごとではなくなるかもしれない。どうか自死だけは選ばないで欲しい。それは親のエゴかもしれませんが、自分なりに心を守る考え方を娘に伝えたいなと考え、漫画として描き留めておこうかと思いたちました」
――ストレートな思いがタイトルにこもっています。
「ボクらの世代ではとかく人生でたびたび訪れる困難なハードルに対して『立ち向かえ』『逃げたら負け』とたたき込まれてきました。どんな事情があろうと、学校や会社を精神的な理由で休んだり、途中で辞めてしまったりすることは『甘え』『軟弱者』と片付けられました。若者のイジメや自殺という悲惨な結末になる前の早い段階で、保護者なり傍らにいる人間が異変に気付いて守ってあげられるのが一番なのですが……」
「もう耐えられない、いつどうやって死のうかと考える所まで追い詰められてからでは周りの温かい言葉もなかなか届きません。だから、『つらくてどうしようもなくなったら逃げるという選択肢があって良い!周りに責められるとか考えなくても良い!』という『心の保険』をもたせてあげたいと思ったんです。その保険があるだけでも心が楽になって、まずはできるところまで立ち向かってみようという勇気がわくのかなと考えました」
「娘は小2になった今、体育は相変わらず苦手ですが、苦手なりに少しずつ前進を見せ、体育が嫌いで受けたくないとは言わなくなりました。これは幼稚園を卒園し、先生が変わっていることが大きいです。やはり原因となる環境が変わるというのは大事なのだということを実感しましたね」
――娘さんにあてた漫画ですが、共感を呼ぶコメントがブログに殺到するほどで、娘さんだけへのメッセージとは思えません。
「最初は娘に向けただけのつもりでした。ですが、漫画のネーム(漫画の構成の下書き)を推敲しているうち、こういった悩みは娘だけではなく誰にでも起こりえることなのではないかと考えるようになりました。原稿が完成するのは、ネームを描きはじめて4日ぐらいだった気がします」
「娘はもちろんのこと、人に相談できない悩みを抱えている誰かの目にも留まれば、少しでも心を軽くする助けになるかもしれないと思い、誰でも読める場所に置くことにしました」
「とはいえ、まさかここまで広まるとは想定していなかったので、普段の商業用原稿ほどはきっちりと作画しないまま公開してしまったのが、今ではちょっと悔やまれますね(苦笑)」
――反響が多く寄せられ、どう感じましたか。
「娘だけならともかく全世界に公開となると、主張している『逃げろ』『自殺した人はむしろ最後まで闘った人』というのは、まったくの見当はずれだといってたたかれるかもしれない、という不安もありました」
「娘でいう、体育の授業が怖いなんていうのは体育5で運動会で華々しく活躍する人には理解しがたい気持ちかもしれません。イジメもそうです。運よく周りの人に恵まれたり、自分自身立ち回りがうまかったり、自分がイジメをする側だったりすれば、自殺するほど追い詰められる気持ちはわからないかもしれません」
「でもそういう人も別のところでは、その人なりに、他人にはわからない悩みを抱えているのかもしれません。それは例えば家族関係であるとか、上司が理不尽だとか色々だと思いますが、これだけ反響があったということは、いずれ自殺につながるかもしれない可能性をはらんだ苦しみというのは、割と誰の人生でも味わう機会のある、思い当たる節のあることなのかもしれないと感じました」
「『心が楽になった』という言葉が多く、それが一番うれしかったです。漫画家であるボクにできることは限られていますが、少なくともあの漫画をブログにアップしたことで、遠くの誰かの心の重荷を、ほんの少しでも軽くできているのかもしれないと思うと、ボク自身救われる気持ちです」
――10代は学生時代、どう過ごせばよいでしょうか。
「誤解しないでいただきたいのは、あらゆる局面で無責任にただただ『逃げろ』と推奨しているわけではありません。理想は『戦う!立ち向かう!』。この世界で何かしら自分の望む地位を獲得している者はやはり何かが強い人間です」
「しかし、本人に資質ややる気があっても、人の置かれる環境は神様のイタズラか、必ずしも適材適所とはいきません。うまくかわして立ちまわるのが一番良いですが、それができれば悩まないと思います。『もう無理だ』と感じた時、『逃げる』という選択肢も加えてみてはどうでしょうか」
「しかし逃げた先もまた、望んでいた環境ではなかったということもあるかもしれません。今だけは、自分が何のために生きているかなんていう意味は無理に見いだそうとしなくて良いと思います。きれいな景色を見たりおいしいごはんを食べてみたりと、目の前の小さな幸せだけを積み重ねて、心の回復を待っていれば、追い詰められていた頃とは考え方も変わってくるかもしれません。この先の生き方は、心が回復した後に考えても遅くないのではないでしょうか?」
――その一方で、漫画では親からみた子供への思いも描かれています。親を含めた大人たちは子供たちをどう見守ればよいのでしょうか。
「親というのはどうしても、子供がつまずきそうになっている時に口を出したり手を差し伸べたりしないではいられないものだと思います。まして昔は、今よりも、人生は一度ドロップアウトしたら終わり。大学までストレートで合格、新卒で就職という道が一番有利だという考えが根強かったからだと思います」
「昨今は上司のパワハラやブラックな環境から心と体を守るべく、転職して環境を変えるケースが増えていると聞きます。大人ができて、子供が住む場所や学校を変えてはいけないということはないはずです。ただでさえ子供は大人ほどフットワークが軽くありません。学校や今のクラスが世界の全てぐらいに感じます。大人にとってはそのうち終わる学生時代でも、子供の感じる時間感覚は大人よりもずっと長いのです」
「まずは、普段からほどよく『ガス抜き』させてあげて欲しいなと思います。子供がやりたいことや好きなこと、得意なことがあれば、それを早めに見つけ出し、自信の根っことして身につけさせてあげられれば、大抵の環境でゆるぎない心の強さが生まれるのではないかと思います」
〈すずき・しんや〉1975年生まれ。神奈川県出身。漫画家。代表作は、週刊少年ジャンプで連載した野球漫画「Mr.FULLSWING」。「娘へ~将来死にたくなったらコイツを読め~」を掲載したコミックスも出版した。現在、防衛省の公式雑誌「MAMOR(マモル)」でインタビュー漫画を連載している。ブログは「ひつじのブログ」(http://shinya-sheep.hatenablog.com/)。ツイッターアカウントは、@shinya_sheep
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