連載
#21 #withyouインタビュー
「霜降り明星」せいや、髪まで抜けたいじめ 人生を変えたコント
せいやさんのメッセージ
――高校1年のころ、いじめに遭ったと聞きました。どんな学校生活だったんですか
これ、あれですか。僕の経験だけで終わらないですよね。メッセージみたいなものもありますよね。
――はい。あとでお願いしようと思っています
じゃあ、本当に伝えたいことを言うために、まず、僕の経験だけで言いますよ。
新学期の4月って知らん人ばっかりなんですよね。僕は中学のときからアマチュアでお笑いやっていて、漫才でテレビにも出て、学校内ではいわゆる人気者やったんですよ。そのスタンスで、早く高校でも人気者になりたくて、ちょっとはしゃいでしまったんですよね。ボケたりして。
<しもふりみょうじょう・せいや>
1992年、大阪府生まれ。2013年に相方「粗品」さんと「霜降り明星」を結成。2018年には若手漫才の日本一決定戦「M―1グランプリ」で大会最年少優勝を果たした。レギュラー番組多数。
――どんな感じだったんですか
ゴミ箱にみんながゴミを投げていて、僕が「スリーポイント狙え」とかバスケに見立てて実況するみたいな。それがめちゃくちゃすべって、「なんやあいつ」みたいになりました。
――そこからいじめが始まった
机を逆にされたりとか。ほかのクラスからも人がうわーって集まって、みんなで僕を持ち上げて学校を回るとか。ひどいときは、4階の窓から足だけ持たれて、体をほとんど外に出されたりとか。そんなんでも、僕はお笑いの精神を持ってたんで、顔引きつりながらも「なにしてんねん」ってツッコんでましたけどね。
――いじめグループみたいなものがあったんですか
ほんまにひどいのは2、3人。でも、周りから集まってくる。集団心理なんでしょうね。で、僕は泣いたりしないんですよ。「おい」ってツッコむんで、火に油を注ぐじゃないですけど、どんどん悪化していきましたね。
――家族や先生、友だちには相談していたんですか
いや、これはね、僕がいじめって認定したら、もういよいよいじめになると思ったんで、僕はいじめって思わんようにしてたんですよ。「いじられすぎてるんだ」って、そのときは強がってました。
――自分に言い聞かせていたんですね
そんなすぐ、いじめられてるって思いたないんですよ、人って。いじめって、すぐ「人に相談しろ」とかけっこう言われるんですけど、無理なんですよね、やっぱり。親から学校で楽しんでるって思われてるのが常なんで、子どもは。相談するっていうのは、めっちゃ難しいことやと思います。
――学校にはそのまま通い続けていたんですか
そうですね。こいつらからはちょっと離れようとか、休憩時間も何もされへんように図書室に行こうとか、そういう作戦ばっかり考えてました。誰かに会わんようにするとか、今考えたら異常ですよね。
それでも捕まえられて、当時「肩パン」がはやってて、肩をバーンって殴られて。アザだらけで家帰る、みたいな。おかんにアザ隠しながら風呂入ることがけっこうありましたね。
――居場所のようなものはあったんですか
休憩時間、やっぱり一人で机にいられないんですよ。孤独感で。高校に暗い階段があったんですけど、そこでネタとか考えてましたね。とにかくその当時は、人がおらんとこに行ってました。みんなが行く食堂にも、絶対行かなかった。弁当も、おかずとかほとんど食べられてたんで。めっちゃ嫌だった。
――知らないうちにですか
いやもう、強引に。わーって食べられるんで、米だけ残る、みたいな。そんで、みんなは爆笑。僕も「おかずとお米、普通、5:5やろ」みたいにツッコんでたんですけど。今考えると、やっぱり嫌ですよね。だから、学校で一番、ほんま人が少ないプールの裏とかで食べてましたね。
――せいやさんは当時、「笑いでいじめをはね返そう」と思われていたと聞いたことがあります。でも、今の体験を聞いていると、僕自身とても苦しいし、普通はなかなかそういった考え方に行き着かない気がします
笑いではね返そうというか、とにかく負けたくなかったんですよ。僕の経験だけで言えば、僕はほんまに負けず嫌いやった。なんでこいつらに、人生変えられなあかんねんって。
なんやったら、髪の毛も抜け出して。ストレスでハゲてきたんですよ。それくらいから、もう開き直りましたね。絶対にこいつら笑かしたんねんって。いじめって断定されてたまるかって。
――体はやっぱりしんどかったんですね
夏ごろから、頭の上の方に円形がけっこうできだして。最初は隠せてたんですけど、どんどんつながって、もう最後はほとんどなかったですね。全部ぼろぼろ。2、3年生からも「あ、やばいやつ」みたいな。指さされながらも、逆に堂々としてましたね。松山千春さんのものまねとかしてたと思います。
まあ、つらかったですけどね。僕はそいつらに対して、笑いっていうものしか持っていなかったんで、ハゲも利用して。でも、それしかもう、つらすぎてなかったんですよね。
――周囲も相当心配していたと思います
先生も「お前、どうするか。学校休むか」みたいな。家族からも毎日言われますよ。病院にも行って、皮膚科の先生にも「もう学校は休んだ方がいいんじゃない?」みたいに言われて。
――それでも、学校には行き続けたんですね
ここで休んだら、こいつらのいじめで学校休んだやつみたいになるから、それだけは絶対嫌やったんですよ。こんなやつらに負けるかっていうので、とにかくずっと、ギャグで返してましたね。
でもまあ、笑いではね返すというよりは、こいつらに人生変えられてたまるかっていう、むかつきでしたね。それに、おもしろいことが好きやったし。僕の経験だけで言えば、そういうことです。
――そうこうしているうちに、一つの転機が訪れたんですよね
文化祭で劇をやると。で、「お前、コント書いてこいや」って言われるんですよね。いじめの一環というか、冗談半分で。でも、僕はマジで作れたんで、もう誰よりも自信あったんですよ。だから、ぶわーって1日でコント仕上げて持って行きました。
――どんなコントだったんですか
ベタなんですけど、「リアル桃太郎」っていう。おばあさんが先に、桃を開けてもうて、帰ってきたおじいさんが、赤ちゃん見たときに「誰の子や。おかしい。桃から生まれるわけないやろ」みたいな。で、おばあさんが「わけわからんねん」ってパニックになるコントを書いたんですよ。
――教室での発表はうまくいったんですか
いじめてたやつが「もうええって」って邪魔するんですけど、絶対負けたらあかんと思って、もう死ぬ気で一人芝居やって説明しましたね。そしたら、めちゃくちゃみんな沸いて。「こんなやつが、こんなんできんの」っていうギャップですよね。ほんまにお笑いの力。
そこで見る目が変わったというか、初めて役割を得たんですよ。文化祭を成功させるっていう。そこから照明、音響、脚本、演出、全部考えて、主役もやって。
ほんで、ちゃんと賞をとったんですよ。体育館で表彰式があって、壇上に上がったとき、ノリで言ったんですよ。ちょっとだけ。「ハゲてても、いじめはね返したぞー!」みたいな。
ほんなら、みんなが「うぉぉぉー!」って。先生とか僕を心配してくれてた人たちも、すごく沸いてくれて。たぶん人生の分岐点やったかなって、今、思いますね。
――当時いじめてきた同級生との接点は、今はもうないんですか
それが、いじめのややこしいところ。あっちはいじめてるって感覚がないから、2年、3年って別に普通に振る舞うわけですよ。でも、こっちからしたら、やっぱりね、どこかずっと傷があるんですよね。だから僕は会わないようにしてますね。人として好きじゃないから。
――いじめてる側に「いじめてる」という意識があれば、まだ何かを変えられる可能性がある気もしますが
いや、「いじめてるで、俺」なんて思ってるやつ、ほぼいないですよ。聞いたことない。「なんか楽しいなあ」って普通にしてます。でも、いじめられてる人は「しんどいなあ」って思ってる。だから、だからいじめはなくならないんですよ。
――自覚するのは無理なんでしょうか
無理ですね。だってそれ、デメリットしかないですもん。だから都合いいようにすぐ忘れますよ。でも、いじめられた人は覚えてるっていうこのバランスですよね。
――高校生のせいやさんは、コントが書ける力を持っていたからこそ、あの状況をくぐり抜けることができたとも言える。一方で、多くの10代は、せいやさんと同じようないじめを受けたとき、ギブアップしてしまう人がほとんどだと思います。つらい思いをしている「普通」の10代に今、せいやさんが伝えられるメッセージを聞かせてください
これが一番言いたいんですよね、結局。僕は別に、自分の経験談を押し付けたいわけじゃないので。
やっぱりね、逃げた方がいいですよ。立ち向かわなくていいです。僕は別に闘ってないんですよ。笑いではね返したっていう言い方をすることもありますけど、笑いに逃げただけ。僕には笑いっていう逃げ場所があったから。笑いって対人やから、向かっていったみたいになってますけど。
音楽に逃げる。ゲームに逃げる。睡眠に逃げる。何でもええです。とにかく、そんなやつらに、人生終わらされてたまるかっていう気持ちを持ってほしいですね。そんなやつらに合わせる必要もないし、そんな環境に合わせる必要も全くない。自分の好きなことを、本当にチャンスやと思って見つけてほしいですね。
当時、僕は学校休むことに罪悪感あったんですよ。だから休めなかった。でも、休んでいいし、休んでる間に、好きなこと見つけてやり続けていたら、今の僕と同じ26歳という年になったとき、絶対何者かにはなれると思います。10代っていうその年で、すべてを決めないでほしいです。
10代なんか、ほんまに好きなこと見つけるだけでいい。だから、いじめと闘うことないですよ。大事なこの人生の入り口で、できるだけ傷つかないでほしいですね。
――最後に。せいやさんにとって、お笑いとはどんな存在ですか
なんやろなあ。まあ、ずっと助け舟ですね。ほんまに。僕、昔からですけど、いわゆる関西の子どもにありがちな、人前に出て何かするタイプで、ずっとそれ以外取り柄がないっていう感じやったんで。今、ご飯食べてるのもお笑いのおかげですし。いろんな人に会えんのもお笑いのおかげやし。いじめから助けてくれたのもお笑いやし。もう、お笑いに助けられっぱなしですよね。本当にだから、すごいと思います。お笑いは。
1/8枚