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連載

#20 現場から考える安保

なぜ「やまと」はない? 人名はダメ? 自衛艦命名の謎、海自に聞く

海上自衛隊で8隻目となるイージス護衛艦を「はぐろ」と名付ける防衛相の命名書。7月17日、横浜港での命名・進水式で読み上げられた
海上自衛隊で8隻目となるイージス護衛艦を「はぐろ」と名付ける防衛相の命名書。7月17日、横浜港での命名・進水式で読み上げられた 出典: 藤田撮影

目次

ミサイル防衛能力を持つ最新イージス護衛艦「はぐろ」の命名式があったので、いろんな種類の自衛艦の名付け方を調べてみました。前回の記事で「謎に迫る」と意気込んだものの疑問がもっとわいてきたので、海上自衛隊に聞いてみました。(朝日新聞編集委員・藤田直央)

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現場から考える安保
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【前編】自衛艦命名のいろいろを紹介した前回記事はこちら

「関連部隊でアンケート」

7月下旬、東京・市ケ谷にある防衛省の海上幕僚監部広報室を訪ねました。海幕広報(カイバクコウホウ)と呼ばれ、海上自衛隊のPRや報道対応を担当するところです。広報室でこの件に詳しい海上自衛官に質問をぶつけました。

東京・市ケ谷にある防衛省の海上幕僚監部広報室
東京・市ケ谷にある防衛省の海上幕僚監部広報室 出典: 藤田撮影

――自衛艦の命名については1960年の防衛庁長官(いまの防衛相)による訓令がありますが、「防衛相が行う」とだけ書かれています。その手前ではどのように検討されているのですか。

例えば護衛艦が新しくできる場合、既存の護衛艦が属する各地の海自主要部隊の隊員に海幕の総務課が命名案についてアンケートを採ります。「はぐろ」の場合、訓令では護衛艦の名称は「天気・気象、山岳、河川、地方の名」とされ、またイージス護衛艦だとこれまでの7隻に山の名がついているので、その前提でのアンケートです。

アンケートを元に海幕総務課が命名案を複数に絞りますが、希望が多いものとは限りません。語呂合わせで変な意味にとられたり、海上保安庁の船名にあったりするものは避けます。

防衛装備庁とも相談の上で、複数案を由来とともに大臣(防衛相)に示します。「はぐろ」なら出羽三山の一つで山形県鶴岡市の羽黒山からきている、といった具合です。複数案からどれを選ぶかは大臣の判断です。

(左)7月17日に横浜港で命名式があったイージス艦はぐろ=藤田撮影。(右)羽黒山での出羽三山神社の山伏修行「秋の峰入り」=2010年8月、山形県鶴岡市。朝日新聞社
(左)7月17日に横浜港で命名式があったイージス艦はぐろ=藤田撮影。(右)羽黒山での出羽三山神社の山伏修行「秋の峰入り」=2010年8月、山形県鶴岡市。朝日新聞社

――訓令では護衛艦は気象や山、川、地方の名、輸送艦は半島の名などとなっていますが、そもそもどうしてですか。

60年前に訓令ができたころの話で、調べたのですがよくわかりません。旧海軍の時の基準と同じというわけでもないですね。

なぜ人名は使えない?

――米国では空母ロナルド・レーガン、英国では空母クイーン・エリザベスなど軍艦に人名をつけることがあります。自衛艦にはなぜ人名をつけないのですか。

訓令に命名の基準として示されていないということで、やはりその理由はわかりません。人名を使わないのは旧海軍の時からですが、日本の文化ということでしょうか。

2016年8月、神奈川県の横須賀港に停泊中の米海軍原子力空母の甲板から。かつての大統領ロナルド・レーガンが艦名になっている。甲板の手前には艦載機のFA18戦闘機
2016年8月、神奈川県の横須賀港に停泊中の米海軍原子力空母の甲板から。かつての大統領ロナルド・レーガンが艦名になっている。甲板の手前には艦載機のFA18戦闘機 出典: 藤田撮影

――今の護衛艦につけられている「地方の名」は昔の日本各地の国名ですが、「いずも」や「いせ」は今の都市名でもあります。例えば「とうきょう」はだめですか。米国や中国の軍艦には今の都市名をつけたものがあります。

昔の国名しかだめという規則はありませんが、語感でしょうか。「地方の名」なのであまり狭い範囲の都市名はなじまないと思います。

――自衛艦には旧海軍の艦艇と同じ名のものも多いですが、有名な「大和」や「武蔵」は今はありません。なぜでしょう。

「長門」や「陸奥」もありませんね。みんな昔の国名なので訓令に照らせば護衛艦につけられますが……これらの船はかつての一艦決戦兵器として知られていますが、今の護衛艦はそういう戦い方を前提としないので、なじまないのかもしれません。

1944年10月、フィリピンのレイテ沖で米軍の攻撃を受ける旧海軍の戦艦「大和」
1944年10月、フィリピンのレイテ沖で米軍の攻撃を受ける旧海軍の戦艦「大和」
出典: 米海軍提供

軍事ジャーナリストの田岡俊次さんに聞くと、1960年代から朝日新聞で防衛担当記者を務めた頃の面白い話をしてくれました。

「海幕に各種の自衛艦の命名案を考える担当の幹部がいて、机の上に置いた万葉集や古今和歌集とにらめっこして言葉を探していた。政治家の防衛庁長官のご機嫌を取ろうと、長官の選挙区にある山や川の名を使う案も考えていたりしたよ」

先ほどの海幕広報の担当者によると、かつてのことはわからないけれど、最近はそうした防衛相への忖度はないとのことです。

2015年、米マイクロソフト共同創業者のポール・アレン氏がフィリピン沖の海底で旧海軍の戦艦「武蔵」を発見したとして公開した動画から。武蔵は1944年10月にフィリピン沖で米軍機の攻撃により沈没した。
2015年、米マイクロソフト共同創業者のポール・アレン氏がフィリピン沖の海底で旧海軍の戦艦「武蔵」を発見したとして公開した動画から。武蔵は1944年10月にフィリピン沖で米軍機の攻撃により沈没した。 出典: 朝日新聞社

実はあった自衛艦「ふじ」

そういえば護衛艦につく山の名で、今はあの「ふじ」がありません。調べると、別の種類の自衛艦ですでに退役した船にその名がありました。その薀蓄を紹介しておきます。

「ふじ」は1965年にできた砕氷艦で、戦後の政府の南極観測船として「宗谷」の任務を継ぎました。この命名はいつもと違って公募でした。「南極観測船ものがたり」(2005年、小島敏男著)によると、応募数は44万にのぼり、他の候補には「昭和」「極光」「白瀬」「オーロラ」「南極」などがあったそうです。

南極観測船として1983年まで使われた海自の砕氷艦ふじ。退役後は名古屋港に落ち着き、博物館になっている=2017年、名古屋市
南極観測船として1983年まで使われた海自の砕氷艦ふじ。退役後は名古屋港に落ち着き、博物館になっている=2017年、名古屋市 出典: 朝日新聞社

この南極観測船「ふじ」を1983年に継いだ砕氷艦「しらせ」の命名もやはり公募で、逸話があります。

応募数は6万2千を超え、「みずほ」「きょっこう」との最終選考から絞られました。「しらせ」はかつて「ふじ」を選ぶ際も候補になりましたが、1910~12年に日本人で初めて南極探検をしたことで知られる白瀬矗(のぶ)陸軍中尉であることは明らかでした。

そこに問題がありました。前に述べたように、訓令で自衛艦に人名は使えないからです。

(左)日本人初の南極探検家・白瀬矗(のぶ)陸軍中尉=白瀬南極探検隊記念館の提供。(右)白瀬さんの名を冠した南極の白瀬氷河=代表撮影
(左)日本人初の南極探検家・白瀬矗(のぶ)陸軍中尉=白瀬南極探検隊記念館の提供。(右)白瀬さんの名を冠した南極の白瀬氷河=代表撮影

当時の防衛庁長官の訓令では、砕氷艦につけられるのは「名所旧跡のうち主として山の名」だった。そこで、白瀬氏の功績をたたえて名付けられた「白瀬氷河」が南極にあることに目をつけ、訓令のこの部分を「名所旧跡のうち主として山または氷河の名」と変えて「しらせ」の命名が実現した――と同著にあります。

2017年4月、南極観測事業に協力した海自の砕氷艦しらせが帰国し、音楽隊(中央下)と乗員の家族らが迎えた=東京港の晴海埠頭
2017年4月、南極観測事業に協力した海自の砕氷艦しらせが帰国し、音楽隊(中央下)と乗員の家族らが迎えた=東京港の晴海埠頭 出典: 藤田撮影

将来驚きの名が公募で?

いまの訓令では、砕氷艦の命名は単に「名所旧跡の名」となっています。この「名所旧跡の名」からの命名は、海自の幹部候補生が遠洋航海をする練習艦や、燃料や武器弾薬を運ぶ補給艦、海中での情報収集を密かに仕掛ける敷設艦など、目立たずとも重い任務を担う他の艦艇も同じです。

ルールがあるような、ないような……ちなみに訓令では、最初に述べたように自衛艦の命名は「防衛相が行う」とあるだけで、その案を公募することは禁じていません。

将来また公募があって、「ええっ?」という名の自衛艦が現れるかもしれませんね。

5月、風雨の中を遠洋航海に出る練習艦かしま。甲板に海自の幹部候補生らが立っている=神奈川県の横須賀港
5月、風雨の中を遠洋航海に出る練習艦かしま。甲板に海自の幹部候補生らが立っている=神奈川県の横須賀港 出典: 藤田撮影
 

ミサイル防衛や最新鋭戦闘機など、自衛隊の訓練や兵器が報道陣に公開されることがあります。ふだん近づけない自衛隊の「現場」から見えてくるものとは――。時には自分で訓練を体験しながら、日本政治の焦点であり続ける自衛隊を追う記者が思いをつづります。

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