話題
「アントニオ猪木はBARにいる」政界引退直前、伝説の人を探した夜
「会長に会いたければ、バーで待て」。この夏の参院選に不出馬を決めた参院議員のアントニオ猪木氏に、取材を申し込んだところ、全く連絡がつきません。いろんなツテをたどったところ、ある関係者にたどり着き、そう教えてもらいました。本当かな? 半信半疑で記者が指定されたバーを訪ねると……。
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「会長に会いたければ、バーで待て」。この夏の参院選に不出馬を決めた参院議員のアントニオ猪木氏に、取材を申し込んだところ、全く連絡がつきません。いろんなツテをたどったところ、ある関係者にたどり着き、そう教えてもらいました。本当かな? 半信半疑で記者が指定されたバーを訪ねると……。
「会長に会いたければ、バーで待て」
この夏の参院選に不出馬を決めた参院議員のアントニオ猪木氏に、取材を申し込んだところ、全く連絡がつきません。いろんなツテをたどったところ、ある関係者にたどり着き、そう教えてもらいました。本当かな? 半信半疑で記者が指定されたバーを訪ねると……。
アントニオ猪木氏といえば、言わずと知れた元プロレスラーにして参議院議員。議員在任中は、独自のパイプをつかって訪朝し、北朝鮮と「闘魂外交」を繰り広げたり、国会の委員会では「元気ですかっ」で始まる質問をして話題を集めたり。政党や業界団体などには頼らず、個人として旺盛に活動する議員というイメージでした。猪木氏の国会での発言が出色です。
このように猪木氏は委員会で、ほぼ毎回、時事ネタを交えたジョークから質問をスタートさせていました。
朝日新聞は今夏の参院選に合わせ、政治家が国会で何を語り、どこからお金を集めているのかを、公開情報を整理して〝見える化〟する特集ページ「ポリティペディア(政治家データ分析)」をつくり、朝日新聞デジタルで公開しました。
分析したのは改選を迎える現職参院議員118人(定数121、欠員3)の国会会議録と政治資金収支報告書です。その中で分析対象だった猪木氏の会議録を読み込むと、その個性は際立っていました。
猪木氏の会議録をグーグルが提供するテキスト分析サービス「Natural Language API」で抜き出した単語(名詞)を分析すると、他の議員より顕著に使われていた上位20単語は、日本▽北朝鮮▽話▽元気▽辺▽中国▽大統領▽アメリカ▽人▽ロシア▽世界▽問題▽中▽ブラジル▽次▽質問▽テレビ▽国連▽報道▽対話――でした。
【アントニオ猪木が国会で放った言葉たち】参院議員は国会で何を発言してきたのか。圧倒的に「元気」が多い猪木氏の理由は……。改選を迎える参院議員が国会で発言した延べ363万9174単語(名詞)をグーグルが提供するテキスト分析サービス「Natural Language API」利用して集計し、発言回数の上位100単語を回数に応じた円の大小で表した。<猪木氏らの発言分析はこちら>
猪木氏が政界を引退すると聞き、ぜひとも「ポリティペディア」の分析内容を見て、国会でのご自身の発言を振り返って欲しい、と取材依頼を出しました。
しかし、猪木氏が代表を務めるマネジメント会社にメールを出しても返信はなく、電話をすると「現在つかわれておりません」の音声。参院議員会館に電話をしても、ファクスを送っても、なしのつぶて。実際に議員会館に出向いて、ピンポンを押しても返事はありません。
連日、テレビCMなどでは猪木氏を見かけているのに、どうやったら本人に連絡がつくのだろうか。国会会期末まであと数日しかなく、焦りが募ります。手当たり次第、関係先にたずね回ったところ、猪木氏の立ち寄り先に関する情報が得られました。
・猪木氏は夕方、都内のあるバーに現れる
・そこで食事をしたりお酒を飲んだりするのが日課
この情報を得たとき、正直、疑心暗鬼でした。こんな広い東京で、こんな薄い情報に頼らざるを得ないなんて厳しいなあと感じたものの、他につてがありません。きれいなワイシャツを着て革靴を履き、バーに向かいました。
午後4時、バーに到着。まだ日が残るなか店先で待つには目立ちすぎるため、恐る恐るバーに入りました。
高級ウイスキー瓶が並ぶカウンター。重厚なソファが広い間隔でレイアウトさせたテーブル席。オールバックに固められた髪形のバーテンダー。薄暗い間接照明。まるで映画「007」のいち場面のようでした。
メニューを見ると一杯千円以上のドリンクが並びます。何も頼まないわけにはいかないので、「一杯くらいなら飲んでもいいよ」と上司の許可をもらい、飲んだことがない値段のモヒートを注文しました。杖をついた紳士がマイボトルでスコッチ・ウイスキーをたしなんでいるのを横目に見ながら、モヒートをちびちびなめながら猪木氏を待ちます。
1時間、2時間……。モヒートの氷はすべて溶け、だんだんバーテンダーの視線も気になります。
さすがに、来ないか。そんな気持ちが充満した午後7時前、席を立ちました。
バーを出るとき、通路でこっそりバーテンダーに「猪木さん、最近も来てますか」と声をかけてみると、「ん?」という表情を向けられ、通路のわきに寄るように促されました。「そうですねえ。ここによく来るというのは知られた話ですが、わたしは見かけませんね」と、苦笑いをしながら返答。通っていることは本当なんだな、言いにくいことを教えてくれてありがとうございますと、感謝しつつも、成果があったような、なかったような情報を仕入れ、駅に向かいました。
さて、どう報告しようか。困ったなあと思いながら、道の曲がり角でなんとなく最後に振り返ってバーの方向を見たところ……。
青いスーツに赤いマフラーをした猪木氏が、ゆっくりとした足取りで杖をつきながら、20メートルほど先の目線の前を通り過ぎていきました。
「あれ? 猪木氏だよな。うん、うん。絶対そうだった。やっぱりデカさが違うな。本当に赤いマフラーをしているんだなあ」
ほとんど諦めかけていたので、目の前に見たものが信じられないというか、びっくりしすぎて妙に冷静になりました。もう一度、バーに入るのは気まずいし、店内は話しかける雰囲気ではないことはわかっていたので、近くの目立たないところで待ちました。
およそ1時間半後。付け人を伴った猪木氏がゆっくりと出てきました。
「猪木先生。こんな場所まで押しかけてすみません。実は取材のお願いがありまして」
待っている間は、拒否されたらどうしよう、怒られたらどうしようと、ビクビクしていました。猪木氏を見た瞬間、「えいっ」という気持ちで、名刺を取り出して近づきました。
猪木氏はわたしをじっと見て「おう」と返事。付け人の方も、わたしを振り払う様子ではありません。
猪木氏は「そういえば取材が来ているって聞いているな。まだアポイントの連絡はいっていなかった? そうか。早いほうがいいよな。あした午後、議員会館に来なさい。取材を受けるから」。そのフレンドリーな受け答えに、拍子抜けしました。
「ありがとうございます」
気がつけばバーに来て5時間以上。黒塗りのワンボックスカーに乗り込む猪木氏を見送りながら頭の中をこだましていたのは、現役時代の名言でした。
【政界引退のアントニオ猪木氏インタビュー】猪木氏は政界引退後について、1998年のプロレス引退試合のスピーチで「人は歩みを止めた時に、そして挑戦を諦めた時に年老いてゆくのだと思います」と語ったことをふと思い出したといい「挑戦を続けたい」と宣言。世界的な問題の解決、具体的には水の浄化や食糧問題の解決を目指したいという。「あと何年お役に立てるかわからないが、やり続けたい」。最後に、燃える闘魂はまだまだ燃え尽きていないのですねと問うと、「燃え尽きそうだけどね」と笑った。<続きはこちら>
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